第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 セレクション » 基礎理学療法 セレクション

身体運動学

Fri. May 30, 2014 5:10 PM - 6:55 PM 第3会場 (3F 301)

座長:市橋則明(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻), 藤澤宏幸(東北文化学園大学医療福祉学部)

基礎 セレクション

[0572] 軽度認知障害高齢者では注意負荷を伴うステップ反応動作において予測的姿勢調節の時間および潜在的エラーが増加する

上村一貴1,2, 東口大樹1, 高橋秀平1, 島田裕之3, 内山靖1 (1.名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻, 2.日本学術振興会, 3.国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター自立支援開発研究部自立支援システム開発室)

Keywords:転倒予防, 認知機能障害, 姿勢制御

【はじめに,目的】
軽度認知障害(mild cognitive impairment;MCI)は記憶機能や注意機能の低下を特徴とし,アルツハイマー病の前段階として位置づけられる。MCIを有する高齢者は転倒リスクが高く,その予防のために特異的な評価や介入が必要であると考えられるが,MCIのバランスや姿勢調節機能に関する報告は少ない。本研究では,MCIの姿勢調節機能の特徴を明らかにするため,注意機能との関連も報告されている,ステップ動作開始時の予測的姿勢調節(Anticipatory Postural Adjustment[APA])の正確性および動作時間の分析に着目した。我々は,若年健常者においてもAPAの潜在的エラーは動作開始時に注意負荷が加わることによって増加することを報告しており,認知機能の低下したMCIでは注意負荷を伴う反応課題でAPAの潜在的エラーの増加や動作時間の遅延がより顕著に生じやすいのではないかという仮説を立てた。本研究の目的は,軽度認知障害が注意負荷を伴うステップ反応動作時の姿勢調節に及ぼす影響を明らかにすることである。
【方法】
対象は2011年8月~2012年2月に実施されたObu Study of Health Promotion for the Elderly(OSHPE)に参加した65歳以上の地域在住高齢者5,104名のうち,Petersonの定義によりMCIと判定される41名(平均65.8歳)と,年齢・性別をマッチングさせた認知健常高齢者41名(平均65.6歳)とした。その他の神経学的疾患を有する場合は除外した。測定課題は,前方のモニターに表示される視覚刺激(矢印)の示す方の足をできるだけ早く30cm前方に踏み出すこととした。視覚刺激は選択的注意課題であるFlanker taskを用い,5つの矢印(→→→→→;一致または→→←→→;不一致)の表示に対して中央の矢印の示す方向の足を踏み出すよう指示した。2枚の重心動揺計(Anima社製)で測定した床反力垂直成分のデータから,ステップ動作時間(開始合図から遊脚側接地まで)を求め,(a)反応相:開始合図から,一側への体重移動開始(体重の5%以上の移動)まで,(b)APA相:体重移動開始から遊脚側離地まで,(c)遊脚相:遊脚側離地から接地まで,の三つに細分化した。指示とは逆の足を出した場合をステップエラー,APA開始時に通常とは逆に立脚側への体重移動が生じた場合をAPAの潜在エラーと定義した。一致と不一致の各条件について5試行の平均値を求めた。また,運動機能評価として歩行速度,5 chair stand test,一般認知機能評価としてMini-Mental State Examination(MMSE),注意機能としてTrail Making Test(TMT)-A,Bを測定した。統計解析は,ステップ動作の時間因子については,群(MCI,健常)と条件(一致,不一致)を2要因とした二元配置分散分析を用いて検討した。その他の変数については,対応のないt検定により,群間比較を行った。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
対象者には本研究の主旨および目的を口頭と書面にて説明し,同意を得た。実施主体施設の倫理・利益相反委員会の承認を受けて実施した。
【結果】
年齢,性別,歩行速度,5 chair stand test,MMSEには群間で有意な差はみられなかった。TMT-A,Bの遂行に要する時間はMCI群で遅延していた(p=0.03,p=0.001)。ステップ動作時間およびAPAの潜在エラーは群と条件の交互作用がみられ(p=0.043,p=0.027),MCI群では,不一致条件で注意負荷が加わることにより増加しやすいという結果を示した。相ごとの分析では,APA相でのみ有意な交互作用がみられ(p=0.003),不一致条件において健常群(0.51s)に比較してMCI群(0.57s)で遅延していた(p=0.04)。また,ステップエラー,反応相および遊脚相には群間差はみられなかった。
【考察】
MCI高齢者は,歩行速度などの一般的な運動機能評価に低下はみられなかったが,注意負荷を加え,動作開始時の認知的過程を強調した評価を行うことで,特異的な姿勢調節能力低下が顕在化した。MCIは注意負荷が加わる動作場面で,潜在的な判断ミスを生じ,動作時間が増加しやすいことが示された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究はMCIの姿勢調節機能の低下を明らかにすることにより,転倒予防のための評価や介入に注意負荷を伴う反応課題を取り入れることの有用性を示唆し,効果的な理学療法プログラムの開発に寄与すると考える。