第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 セレクション » 基礎理学療法 セレクション

人体構造・機能情報学

Fri. May 30, 2014 5:10 PM - 6:55 PM 第4会場 (3F 302)

座長:石田和人(名古屋大学大学院医学系研究科リハビリテーション療法学専攻), 沖田実(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科運動障害リハビリテーション学分野)

基礎 セレクション

[0575] マカクサル第一次運動野損傷後の運動機能回復に伴う神経回路の変化

山本竜也1,2,3, 村田弓2, 林隆司1, 肥後範行2,4 (1.つくば国際大学医療保健学部理学療法学科, 2.産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門, 3.(独)日本学術振興会特別研究員, 4.科学技術振興機構さきがけ)

Keywords:脳損傷, 動物モデル, 小脳

【はじめに,目的】
第一次運動野は大脳皮質と脊髄とを結ぶ皮質脊髄路ニューロンを豊富に含む領域である。この領域に損傷を受けると運動麻痺が生じる。しかし,このような麻痺は回復することがある。マカクサルを用いた行動学および脳機能画像解析により,第一次運動野を損傷した後に手指の把握運動が回復すること,その背景に大脳皮質運動関連領域(特に損傷同側腹側運動前野)による機能代償があることが明らかにされてきた。すなわち,損傷を受けた経路自体が再生しなくても,直接的な損傷の影響を免れた大脳皮質運動関連領域が代償的に機能することにより,運動機能が回復すると考えられている。しかし,このような機能代償がどのような神経回路基盤により制御されているのかは不明である。そこで本研究では,組織学的手法を用いて,損傷同側腹側運動前野を起源とするニューロンの投射先を運動機能回復後の損傷マカクサルと健常マカクサルとの間で比較することにより,第一次運動野損傷後の運動機能回復に伴う神経回路の変化を検証した。
【方法】
健常マカクサル2頭(Macaca mulatta,体重:5.0-5.5 kg,性別:オス)と第一次運動野(手領域)損傷マカクサル3頭(Macaca mulatta,体重:7.0-8.0 kg,性別:オス)を用いた。皮質内微小刺激及びイボテン酸を用いて,第一次運動野(手領域)に不可逆的な損傷を作成した。手指の把握運動機能を評価するために,目の前にある小さな餌をつまみ取る行動課題をマカクサルに学習させた。餌を落とさずに食べることを課題成功の条件とした。損傷前と同程度な機能回復レベルに達した損傷マカクサル(損傷後3ヵ月以上)に解剖学的トレーサー(Biotinylated Dextran Amine)を損傷同側腹側運動前野へ注入し,その約1か月後に還流固定を行った。凍結切片作成後,トレーサー陽性軸索を可視化するために免疫組織化学を行った。
【倫理的配慮,説明と同意】
本実験は独立行政法人産業技術総合研究所の動物実験委員会による承認を得て行われた。産業技術総合研究所が規定する動物実験要項はアメリカ国立衛生研究所により制定された動物実験の倫理基準に準拠する。北米神経科学学会により承認されたPolicies on the Use of Animals and Humans in Neuroscience Researchに従い,実験により与える苦痛を最小限にするなど生命倫理に対して十分な対策を講じた。
【結果】
健常・損傷マカクサル共にトレーサー陽性軸索は,様々な中枢神経系領域において存在していたが,小脳核においては両者の間に顕著な違いが見られた。すなわち,小脳核(特に損傷同側室頂核)におけるトレーサー陽性軸索は,健常マカクサルでは観察されなかったが,損傷マカクサルでは観察された。損傷同側室頂核におけるトレーサー陽性軸索は,3頭の損傷マカクサルともに存在し,室頂核の中央部で顕著に観察された。
【考察】
本研究結果は,第一次運動野(手領域)損傷後に形成された損傷同側腹側運動前野から損傷同側室頂核へと向かう皮質下投射ニューロンが損傷後の運動機能回復に寄与することを示唆する。室頂核の中央部には室頂核から脊髄へ投射するニューロンが豊富に存在することが知られている。したがって,皮質から脊髄へと直接投射する皮質脊髄路が損傷による影響を受けたとしても,皮質から小脳核を介して脊髄へと向かう間接経路を新たに構築することにより,失われた脳機能の一部が代償されると推察される。
【理学療法学研究としての意義】
本研究成果は,ヒトに近い脳と身体の構造・機能を有するマカクサルを用いて,脳損傷後の運動機能回復に伴う神経回路の変化(特に機能代償領域を起源とする皮質下投射ニューロンの変化)を世界で初めて示したものである。本研究成果とこれまでの行動・脳領域レベルでの検証から得られた知見とを統合することにより,損傷後の可塑的な変化に対するレベル縦断的な理解につながる。このような知見は,リハビリテーションにおけるエビデンスを確立するうえで重要な基礎的資料になる。さらに本研究成果の発展により,脳損傷後の機能回復を促進させる新たな手法の開発が期待される。