[0617] 定常運動負荷試験における運動開始時の運動―呼吸リズム同調の誘発が酸素動態に及ぼす影響
キーワード:Locomotor Respiratory Coupling, ペダリング運動, τon
【はじめに,目的】
Locomotor Respiratory Coupling(LRC)は,ヒトや動物がリズミカルな運動をしている時に呼吸リズムが四肢の運動リズムに同調する現象である。LRC発生により得られる効果として,酸素消費量の減少や呼吸困難感の軽減等が報告されている。換気需要が十分に高まっていない運動開始時からのLRC誘発は過換気をもたらすが,それが酸素動態に良好な影響を与えることも期待される。本研究の目的は,運動開始時のLRCの誘発が酸素動態に及ぼす影響について検討することである。
【方法】
対象は,健常成人16名(男性12名,女性4名)とした。始めに,全ての参加者を対象として呼気ガス分析装置AE-310sと自転車エルゴメータ75XL2を用いたRamp負荷様式での心肺運動負荷試験を行い,各参加者の嫌気性代謝閾値(AT)と最大酸素摂取量を算出した。その後,全ての参加者に2分間の安静に続く7分間の定常運動負荷での下肢ペダリング運動をLRC誘発下(LRC on)と自由呼吸下(LRC off)の2条件で行わせた。その負荷強度としてはATの1分前の仕事率を採用し,運動中のペダル回転数は50~60rpmに規定した。LRC onの運動中にのみ,LRC誘発装置を用いて呼吸とペダリングの比率を2:1としたLRCの誘発を行った。参加者には,事前に下肢ペダリング運動を行いながらLRC誘発装置の信号に呼吸を合わせる練習を行わせた。心肺運動負荷試験と2条件の下肢ペダリング運動の各間には,12時間以上の休憩を設けた。運動中は,自転車エルゴメータに設置した磁気通過センサーを用いてペダリングのタイミングを計測した。また,呼気ガス分析装置を用いて呼気のタイミングを計測するとともに,各種呼気ガス指標をbreath by breath法で測定した。これらの装置から得たペダリングと呼気のタイミングから,LRC発生率を算出した。LRC発生の判定基準は,ペダリングと呼吸の比率が一定であり,かつ呼吸時間の変動が0.1秒以内という状況が4呼吸以上続いた場合とした。τonは,呼気ガス分析装置のAT解析ソフトAT for Windowsを用いて算出した。全ての検定の統計学的有意水準は,両側検定でのp=0.05とした。全ての統計解析は,統計ソフトR version 3.0.2を用いて行った。統計学的検定は,τonとLRC発生率についてはWilcoxon検定を用いた。τonとLRC発生率との相関については,LRC onはPearsonの積率相関係数を,LRC offはSpearmanの順位相関係数を用いた。各種呼気ガス指標については対応のあるt検定及びWilcoxon検定を用いた。
【倫理的配慮,説明と同意】
ヘルシンキ宣言を遵守し,研究内容を記載した同意書を作成して研究開始前に対象者に説明し,書面による同意を得た。
【結果】
τonは,LRC onで44.9±13.1秒,LRC offで48.3±9.0秒であり,LRC onが有意に低値であった(p=0.03)。運動開始から3分時点までの比2:1のLRC発生率は,LRC onでは66.3±25.8%,LRC offでは4.4±11.5%であり,LRC onが有意に高値であった(p=0.001)。その他の比のLRC発生は,全ての参加者において両条件共に0%だった。τonと比2:1のLRC発生率との相関については,LRC onではp=0.63,r=-0.13,LRC offではp=0.56,ρ=-0.15であり,いずれも有意な相関を認めなかった。運動開始後3分時点の各種呼気ガス指標では,分時換気量(VE),呼吸数(RR),換気当量(VE/VO2とVE/VCO2)は,LRC onが有意に高値であった(VEはp=0.05,その他はp=0.001)。呼気終末二酸化炭素濃度(ETCO2)は,LRC onが有意に低値であった(p=0.001)。酸素摂取量,体重あたりの酸素摂取量,二酸化炭素排出量,ガス交換比,心拍数は,条件間の有意差を認めなかった。
【考察】
下肢ペダリング運動の開始時からのLRC誘発により,τonの短縮が認められた。一般的にτonは運動開始時の心拍出量の増加を反映し,それは主に末梢の血管拡張に依存すると考えられている。LRCの発生が末梢の血管拡張に直接影響を及ぼしたとは考えにくく,τonの短縮はそれとは異なる機序で起きたものと考えられる。Chin LMらは過換気による呼吸性アルカローシスの存在が運動時のτonを延長させることを報告しているが,今回の結果はその影響を上回る末梢の血管拡張作用が得られたことを示唆するものと考えられる。運動開始後3分時点ではVE,RR,VE/VO2,VE/VCO2が高値かつETCO2は低値で,過換気所見がみられた。この結果は,LRC誘発下の運動においてRRを規定する要因となるペダル回転数が多かったために起きたものと考えられる。今後は,2:1以外のリズム比のLRC誘発あるいはより少ないペダル回転数設定でのLRC誘発下ペダリング運動の効果について検証していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
運動開始時のLRC誘発によるτon改善効果が明らかになれば,LRC誘発はリズミカルな運動を行う際の運動開始時における運動効率を向上させるための戦略として利用できる。
Locomotor Respiratory Coupling(LRC)は,ヒトや動物がリズミカルな運動をしている時に呼吸リズムが四肢の運動リズムに同調する現象である。LRC発生により得られる効果として,酸素消費量の減少や呼吸困難感の軽減等が報告されている。換気需要が十分に高まっていない運動開始時からのLRC誘発は過換気をもたらすが,それが酸素動態に良好な影響を与えることも期待される。本研究の目的は,運動開始時のLRCの誘発が酸素動態に及ぼす影響について検討することである。
【方法】
対象は,健常成人16名(男性12名,女性4名)とした。始めに,全ての参加者を対象として呼気ガス分析装置AE-310sと自転車エルゴメータ75XL2を用いたRamp負荷様式での心肺運動負荷試験を行い,各参加者の嫌気性代謝閾値(AT)と最大酸素摂取量を算出した。その後,全ての参加者に2分間の安静に続く7分間の定常運動負荷での下肢ペダリング運動をLRC誘発下(LRC on)と自由呼吸下(LRC off)の2条件で行わせた。その負荷強度としてはATの1分前の仕事率を採用し,運動中のペダル回転数は50~60rpmに規定した。LRC onの運動中にのみ,LRC誘発装置を用いて呼吸とペダリングの比率を2:1としたLRCの誘発を行った。参加者には,事前に下肢ペダリング運動を行いながらLRC誘発装置の信号に呼吸を合わせる練習を行わせた。心肺運動負荷試験と2条件の下肢ペダリング運動の各間には,12時間以上の休憩を設けた。運動中は,自転車エルゴメータに設置した磁気通過センサーを用いてペダリングのタイミングを計測した。また,呼気ガス分析装置を用いて呼気のタイミングを計測するとともに,各種呼気ガス指標をbreath by breath法で測定した。これらの装置から得たペダリングと呼気のタイミングから,LRC発生率を算出した。LRC発生の判定基準は,ペダリングと呼吸の比率が一定であり,かつ呼吸時間の変動が0.1秒以内という状況が4呼吸以上続いた場合とした。τonは,呼気ガス分析装置のAT解析ソフトAT for Windowsを用いて算出した。全ての検定の統計学的有意水準は,両側検定でのp=0.05とした。全ての統計解析は,統計ソフトR version 3.0.2を用いて行った。統計学的検定は,τonとLRC発生率についてはWilcoxon検定を用いた。τonとLRC発生率との相関については,LRC onはPearsonの積率相関係数を,LRC offはSpearmanの順位相関係数を用いた。各種呼気ガス指標については対応のあるt検定及びWilcoxon検定を用いた。
【倫理的配慮,説明と同意】
ヘルシンキ宣言を遵守し,研究内容を記載した同意書を作成して研究開始前に対象者に説明し,書面による同意を得た。
【結果】
τonは,LRC onで44.9±13.1秒,LRC offで48.3±9.0秒であり,LRC onが有意に低値であった(p=0.03)。運動開始から3分時点までの比2:1のLRC発生率は,LRC onでは66.3±25.8%,LRC offでは4.4±11.5%であり,LRC onが有意に高値であった(p=0.001)。その他の比のLRC発生は,全ての参加者において両条件共に0%だった。τonと比2:1のLRC発生率との相関については,LRC onではp=0.63,r=-0.13,LRC offではp=0.56,ρ=-0.15であり,いずれも有意な相関を認めなかった。運動開始後3分時点の各種呼気ガス指標では,分時換気量(VE),呼吸数(RR),換気当量(VE/VO2とVE/VCO2)は,LRC onが有意に高値であった(VEはp=0.05,その他はp=0.001)。呼気終末二酸化炭素濃度(ETCO2)は,LRC onが有意に低値であった(p=0.001)。酸素摂取量,体重あたりの酸素摂取量,二酸化炭素排出量,ガス交換比,心拍数は,条件間の有意差を認めなかった。
【考察】
下肢ペダリング運動の開始時からのLRC誘発により,τonの短縮が認められた。一般的にτonは運動開始時の心拍出量の増加を反映し,それは主に末梢の血管拡張に依存すると考えられている。LRCの発生が末梢の血管拡張に直接影響を及ぼしたとは考えにくく,τonの短縮はそれとは異なる機序で起きたものと考えられる。Chin LMらは過換気による呼吸性アルカローシスの存在が運動時のτonを延長させることを報告しているが,今回の結果はその影響を上回る末梢の血管拡張作用が得られたことを示唆するものと考えられる。運動開始後3分時点ではVE,RR,VE/VO2,VE/VCO2が高値かつETCO2は低値で,過換気所見がみられた。この結果は,LRC誘発下の運動においてRRを規定する要因となるペダル回転数が多かったために起きたものと考えられる。今後は,2:1以外のリズム比のLRC誘発あるいはより少ないペダル回転数設定でのLRC誘発下ペダリング運動の効果について検証していく必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
運動開始時のLRC誘発によるτon改善効果が明らかになれば,LRC誘発はリズミカルな運動を行う際の運動開始時における運動効率を向上させるための戦略として利用できる。