[0620] 呼吸補助筋の筋活動は無酸素性作業閾値を算出するうえで有効か
Keywords:筋電図, 呼気ガス分析, 無酸素性作業閾値
【目的】呼吸,循環器疾患やスポーツ医学分野において呼気ガス分析を使用した無酸素性作業閾値(anaerobic threshold:以下,AT)の評価がしばしば行われている。しかしながら,呼気ガス分析装置は非常に高価であることや,高齢者に対しガスマスクを使用することで身体的,精神的な負担をかける可能性もある。一方で,表面筋電図の筋活動からATを算出する試みがなされている。表面筋電図から算出された積分値は運動負荷に比例して増加するが,積分値と運動負荷強度の間にも呼気ガス分析から算出されたATと同様に2相性の勾配を認める報告がある。先行研究では外側広筋の積分値が非直線的に増加する点を求め,その時点の酸素摂取量とATが高い相関関係にあるとしている。これらの研究結果は筋電図を用いてATを算出する方法が有効である可能性を示唆している。このように下肢筋を対象とした研究はあるが,運動時の呼吸機能に関与する呼吸補助筋の状態も適切に評価する必要がある。しかしながら,呼吸補助筋を被験筋とした研究は渉猟した限り見当たらない。そこで本研究は呼吸補助筋の筋活動がAT算出の指標となり得るかを検討することである。
【方法】対象は健康成人男性7名(年齢24.0±1.7歳,身長169.6±8.4cm,体重60.3±7.2kg)とした。運動負荷を自転車エルゴメータ(COMBI社製)にて実施し,呼気ガスパラメータと筋活動を記録した。運動負荷は安静5分の後,ウォーミングアップを10Wで4分行い,1分に10Wずつ漸増させた。毎分60回転の一定回転数で駆動するように指示し,このペースが継続できなくなるまで運動を実施させた。また,運動負荷の中止は,原則としてアメリカ・スポーツ医学協会の運動負荷試験中止基準に従い,息切れ,下肢疲労によりエルゴメータの駆動回転数が維持困難になった時点においても中止要件とした。呼気ガスパラメータは呼気ガス分析装置(ミナト医科学社製)にてbreath-by-breath法にて測定し,V-slope法にてATを決定した。筋活動の記録にはテレメータシステム(日本光電社製)を用いた。導出筋は右側の胸鎖乳突筋,斜角筋とした。データ解析にはEMG研究用プログラム(キッセイコムテック社製)を使用し筋活動の10秒毎,前後1秒間の平均積分値を算出した。平均積分値が非直線的に増加する点は,最小二乗法により2つの回帰直線でフィッティングし,その標準推定誤差の和が最小となるポイントで分割した領域の回帰直線の交点とした。これを筋電積分値より算出した作業閾値(integrated electromyogram threshold:以下,IEMGT)とした。ATと各筋のIEMGTの統計学的検討にはSpearmanの順位相関係数を用いた。さらにATと各筋のIEMGTの平均時間の統計学的検討にはKruskal-wallis検定を用いた。それぞれ危険率5%未満を有意とした。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者には倫理的な配慮を行い,本研究の目的と内容を説明し書面にて同意を得たうえで実施された。
【結果】ATと胸鎖乳突筋のIEMGTの間には有意な相関はなかった。ATと斜角筋のIEMGTの間に有意な正の相関を認めた(r=0.76,p<0.05)。呼気ガス分析から推定したATは平均520.4±108.8sec,胸鎖乳突筋のIEMGTは409.0±75.4sec,斜角筋のIEMGTは448.3±84.5secであった。それぞれの群に統計学的な有意差はなかった。
【考察】AT付近では換気需要が急激に増大し,横隔膜などの呼吸筋の働きのみでは供給が賄えず,呼吸補助筋の活動量が増加したものと推測される。また,筋に乳酸などの疲労物質が蓄積すると水素イオン濃度が上昇し,筋の興奮収縮連関を阻害するが,筋張力の維持による運動単位の発火頻度の増加が筋電積分値の上昇をもたらしたと考える。しかしながら,ATと有意な相関関係を認めたのは斜角筋のみであった。これは,斜角筋は呼吸筋としての活動が最も高く,胸鎖乳突筋の活動はそれより低いとされているため,斜角筋の方が運動に対する関与が強く,ATとの相関関係を認めたものと考えた。次に,3群間の平均値の比較において統計学的な有意差はなかったことから,ATとIEMGTはほぼ同等の時間であると言える。しかしながら,IEMGTはATよりも早い時間で推定される傾向にあった。これは筋内の乳酸は直接的に筋電図の振幅の増加を引きおこすが,血液中に放出された乳酸による二酸化炭素排出量の増加は体内循環を経るため時間的な遅れが出現するためとされている。
【理学療法学研究としての意義】本研究の結果より,特に斜角筋のIEMGTがATの決定因子として妥当である可能性が示唆された。呼吸補助筋は運動負荷に対する換気応答能を把握するのに重要な指標であり,筋電図を用いたATの推定が運動処方を行ううえで有効な一助となる。
【方法】対象は健康成人男性7名(年齢24.0±1.7歳,身長169.6±8.4cm,体重60.3±7.2kg)とした。運動負荷を自転車エルゴメータ(COMBI社製)にて実施し,呼気ガスパラメータと筋活動を記録した。運動負荷は安静5分の後,ウォーミングアップを10Wで4分行い,1分に10Wずつ漸増させた。毎分60回転の一定回転数で駆動するように指示し,このペースが継続できなくなるまで運動を実施させた。また,運動負荷の中止は,原則としてアメリカ・スポーツ医学協会の運動負荷試験中止基準に従い,息切れ,下肢疲労によりエルゴメータの駆動回転数が維持困難になった時点においても中止要件とした。呼気ガスパラメータは呼気ガス分析装置(ミナト医科学社製)にてbreath-by-breath法にて測定し,V-slope法にてATを決定した。筋活動の記録にはテレメータシステム(日本光電社製)を用いた。導出筋は右側の胸鎖乳突筋,斜角筋とした。データ解析にはEMG研究用プログラム(キッセイコムテック社製)を使用し筋活動の10秒毎,前後1秒間の平均積分値を算出した。平均積分値が非直線的に増加する点は,最小二乗法により2つの回帰直線でフィッティングし,その標準推定誤差の和が最小となるポイントで分割した領域の回帰直線の交点とした。これを筋電積分値より算出した作業閾値(integrated electromyogram threshold:以下,IEMGT)とした。ATと各筋のIEMGTの統計学的検討にはSpearmanの順位相関係数を用いた。さらにATと各筋のIEMGTの平均時間の統計学的検討にはKruskal-wallis検定を用いた。それぞれ危険率5%未満を有意とした。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者には倫理的な配慮を行い,本研究の目的と内容を説明し書面にて同意を得たうえで実施された。
【結果】ATと胸鎖乳突筋のIEMGTの間には有意な相関はなかった。ATと斜角筋のIEMGTの間に有意な正の相関を認めた(r=0.76,p<0.05)。呼気ガス分析から推定したATは平均520.4±108.8sec,胸鎖乳突筋のIEMGTは409.0±75.4sec,斜角筋のIEMGTは448.3±84.5secであった。それぞれの群に統計学的な有意差はなかった。
【考察】AT付近では換気需要が急激に増大し,横隔膜などの呼吸筋の働きのみでは供給が賄えず,呼吸補助筋の活動量が増加したものと推測される。また,筋に乳酸などの疲労物質が蓄積すると水素イオン濃度が上昇し,筋の興奮収縮連関を阻害するが,筋張力の維持による運動単位の発火頻度の増加が筋電積分値の上昇をもたらしたと考える。しかしながら,ATと有意な相関関係を認めたのは斜角筋のみであった。これは,斜角筋は呼吸筋としての活動が最も高く,胸鎖乳突筋の活動はそれより低いとされているため,斜角筋の方が運動に対する関与が強く,ATとの相関関係を認めたものと考えた。次に,3群間の平均値の比較において統計学的な有意差はなかったことから,ATとIEMGTはほぼ同等の時間であると言える。しかしながら,IEMGTはATよりも早い時間で推定される傾向にあった。これは筋内の乳酸は直接的に筋電図の振幅の増加を引きおこすが,血液中に放出された乳酸による二酸化炭素排出量の増加は体内循環を経るため時間的な遅れが出現するためとされている。
【理学療法学研究としての意義】本研究の結果より,特に斜角筋のIEMGTがATの決定因子として妥当である可能性が示唆された。呼吸補助筋は運動負荷に対する換気応答能を把握するのに重要な指標であり,筋電図を用いたATの推定が運動処方を行ううえで有効な一助となる。