[0682] 脳卒中患者における歩行時の力学的仕事量と歩行速度の関係
Keywords:加速度計, 片麻痺, 動作分析
【はじめに】
脳卒中患者の歩行評価は,病態把握や効果判定などに用いられる。歩行を定量的に評価する方法の一つに,力学的エネルギーから算出した力学的仕事量の評価がある。脳卒中患者の歩行は,歩行速度を合わせた健常者に比べ力学的仕事量が高く,歩行時代謝コストの増加に関連していると報告されている(Stoquart et al,2012)。同報告にて,脳卒中患者は力学的仕事量と歩行速度は負の相関関係があると示されているが,健常者では正の相関関係にあると報告されている(Mian et al,2006)。したがって,歩行速度が速い脳卒中患者では健常者との相違が少なくなることが考えられる。しかしながら,脳卒中患者の歩行において,どの程度の速度になると健常者との差が減少するか,十分に検討されていない。本研究の目的は,脳卒中患者の歩行における力学的仕事量が健常者と比較して,歩行速度によりどのような違いがあるかを明らかにすることである。
【方法】
対象は,当院回復期病棟に入院した脳卒中片麻痺患者47名とした。年齢は65±8歳(平均±標準偏差)であった。採用基準は,50歳以上80歳未満の初発脳卒中患者,歩行能力が機能的自立度評価表で5点以上,研究参加の同意が得られる者とした。除外基準は,歩行に影響する整形外科疾患の既往,研究内容の理解が困難な者とした。対象者の発症後期間は97±50日であった。Brunnstrom-stageの下肢項目は,IIが2名,IIIが9名,IVが11名,Vが20名,VIが5名であった。また脳卒中患者と年齢を合わせた健常者12名(男性6名,女性6名,年齢62±4歳)を対照群とした。
課題は10m歩行とし,測定区間10mとその前後に予備路3mを加えて実施した。歩行補助具は,日常用いている補助具を使用した。脳卒中患者は至適速度,健常者は5段階の速度(低速,やや低速,至適,やや高速,高速)で測定した。なお,健常者の測定は低速から順に実施した。10m歩行より,歩行速度および力学的エネルギーを算出した。力学的エネルギーは体幹加速度から算出した。体幹加速度は,第3腰椎部に弾性ベルトで固定した小型無線加速度計を用いて,サンプリング周波数60Hzで記録した。前方加速度のピーク間隔として歩行周期を特定し,定常歩行10周期を加算平均した。運動エネルギーは,加速度を時間で積分した速度から算出した。位置エネルギーは,上下速度を時間で積分した上下変位から算出した。運動エネルギーと位置エネルギーの和として全エネルギーを算出した。力学的仕事量は,全仕事量,運動仕事量,位置仕事量を歩行周期中に生じる各エネルギーの増加量として算出した。なお,各仕事量は体重と重複歩幅で補正した。
統計解析は,健常者の歩行速度を独立変数,仕事量を従属変数とした回帰式を作成し,仕事量の実測値と推定値の差(残差)の平均を示すRoot mean square(RMS)を算出した。その後,健常者から得た回帰式に脳卒中患者の歩行速度を代入し残差を算出した。脳卒中患者の残差が,健常者における残差のRMS以上であれば,脳卒中患者の力学的仕事量は健常者よりも高いと判断した。
【説明と同意】
所属施設における倫理審査会の承認後,ヘルシンキ宣言に基づき研究内容を説明し書面にて同意を得て実施した。
【結果】
健常者の5段階における歩行速度(m/s)は1.11(0.23-1.94)(中央値(最小値-最大値))であり,脳卒中患者では,0.54(0.14-1.45)であった。健常者における各仕事量の実測値(J・kg-1・m-1)は,全仕事量0.42±0.25,運動仕事量0.55±0.24,位置仕事量0.60±0.17であり,脳卒中患者では,全仕事量0.54±0.31,運動仕事量0.46±0.11,位置仕事量0.83±0.33であった。健常者における残差のRMS(J・kg-1・m-1)は,全仕事量0.20,運動仕事量0.10,位置仕事量0.10であった。全ての力学的仕事量において脳卒中患者の残差は,歩行速度が速い対象者ほど低下する傾向にあった。歩行速度が全仕事量で0.75m/s,運動仕事量と位置仕事量で0.84m/sより大きい脳卒中患者全員は,健常者の残差のRMS以下となった。
【考察】
脳卒中患者において歩行速度が速くなると健常者の力学的仕事量と差異が減少することが確かめられた。全仕事量については0.75m/s以上,運動仕事量および位置仕事量については0.84m/s以上で差異が捉えられなくなることが示唆された。このことは歩行速度が速い脳卒中患者においては力学的仕事量については健常者と同様に近づくという可能性と加速度計を用いた力学的エネルギーの測定法に限界があるという2点が考えられる。今後,縦断的検討でも同様の結果が得られるか検証が必要である。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の知見は,脳卒中患者の歩行特性を力学的仕事量で評価できる歩行速度の上限を示し,理学療法における患者歩行評価に示唆を与えた点で意義がある。
脳卒中患者の歩行評価は,病態把握や効果判定などに用いられる。歩行を定量的に評価する方法の一つに,力学的エネルギーから算出した力学的仕事量の評価がある。脳卒中患者の歩行は,歩行速度を合わせた健常者に比べ力学的仕事量が高く,歩行時代謝コストの増加に関連していると報告されている(Stoquart et al,2012)。同報告にて,脳卒中患者は力学的仕事量と歩行速度は負の相関関係があると示されているが,健常者では正の相関関係にあると報告されている(Mian et al,2006)。したがって,歩行速度が速い脳卒中患者では健常者との相違が少なくなることが考えられる。しかしながら,脳卒中患者の歩行において,どの程度の速度になると健常者との差が減少するか,十分に検討されていない。本研究の目的は,脳卒中患者の歩行における力学的仕事量が健常者と比較して,歩行速度によりどのような違いがあるかを明らかにすることである。
【方法】
対象は,当院回復期病棟に入院した脳卒中片麻痺患者47名とした。年齢は65±8歳(平均±標準偏差)であった。採用基準は,50歳以上80歳未満の初発脳卒中患者,歩行能力が機能的自立度評価表で5点以上,研究参加の同意が得られる者とした。除外基準は,歩行に影響する整形外科疾患の既往,研究内容の理解が困難な者とした。対象者の発症後期間は97±50日であった。Brunnstrom-stageの下肢項目は,IIが2名,IIIが9名,IVが11名,Vが20名,VIが5名であった。また脳卒中患者と年齢を合わせた健常者12名(男性6名,女性6名,年齢62±4歳)を対照群とした。
課題は10m歩行とし,測定区間10mとその前後に予備路3mを加えて実施した。歩行補助具は,日常用いている補助具を使用した。脳卒中患者は至適速度,健常者は5段階の速度(低速,やや低速,至適,やや高速,高速)で測定した。なお,健常者の測定は低速から順に実施した。10m歩行より,歩行速度および力学的エネルギーを算出した。力学的エネルギーは体幹加速度から算出した。体幹加速度は,第3腰椎部に弾性ベルトで固定した小型無線加速度計を用いて,サンプリング周波数60Hzで記録した。前方加速度のピーク間隔として歩行周期を特定し,定常歩行10周期を加算平均した。運動エネルギーは,加速度を時間で積分した速度から算出した。位置エネルギーは,上下速度を時間で積分した上下変位から算出した。運動エネルギーと位置エネルギーの和として全エネルギーを算出した。力学的仕事量は,全仕事量,運動仕事量,位置仕事量を歩行周期中に生じる各エネルギーの増加量として算出した。なお,各仕事量は体重と重複歩幅で補正した。
統計解析は,健常者の歩行速度を独立変数,仕事量を従属変数とした回帰式を作成し,仕事量の実測値と推定値の差(残差)の平均を示すRoot mean square(RMS)を算出した。その後,健常者から得た回帰式に脳卒中患者の歩行速度を代入し残差を算出した。脳卒中患者の残差が,健常者における残差のRMS以上であれば,脳卒中患者の力学的仕事量は健常者よりも高いと判断した。
【説明と同意】
所属施設における倫理審査会の承認後,ヘルシンキ宣言に基づき研究内容を説明し書面にて同意を得て実施した。
【結果】
健常者の5段階における歩行速度(m/s)は1.11(0.23-1.94)(中央値(最小値-最大値))であり,脳卒中患者では,0.54(0.14-1.45)であった。健常者における各仕事量の実測値(J・kg-1・m-1)は,全仕事量0.42±0.25,運動仕事量0.55±0.24,位置仕事量0.60±0.17であり,脳卒中患者では,全仕事量0.54±0.31,運動仕事量0.46±0.11,位置仕事量0.83±0.33であった。健常者における残差のRMS(J・kg-1・m-1)は,全仕事量0.20,運動仕事量0.10,位置仕事量0.10であった。全ての力学的仕事量において脳卒中患者の残差は,歩行速度が速い対象者ほど低下する傾向にあった。歩行速度が全仕事量で0.75m/s,運動仕事量と位置仕事量で0.84m/sより大きい脳卒中患者全員は,健常者の残差のRMS以下となった。
【考察】
脳卒中患者において歩行速度が速くなると健常者の力学的仕事量と差異が減少することが確かめられた。全仕事量については0.75m/s以上,運動仕事量および位置仕事量については0.84m/s以上で差異が捉えられなくなることが示唆された。このことは歩行速度が速い脳卒中患者においては力学的仕事量については健常者と同様に近づくという可能性と加速度計を用いた力学的エネルギーの測定法に限界があるという2点が考えられる。今後,縦断的検討でも同様の結果が得られるか検証が必要である。
【理学療法学研究としての意義】
本研究の知見は,脳卒中患者の歩行特性を力学的仕事量で評価できる歩行速度の上限を示し,理学療法における患者歩行評価に示唆を与えた点で意義がある。