[0692] 若年健常成人における歩幅調節方法と時間制約が安定性へ与える影響の検討
Keywords:障害物回避, 歩幅調節, 安定性
【はじめに,目的】
高齢者における転倒の多くが歩行中に障害物へ接触することによって発生している。さらに,高齢者では直前で障害物を認識した場合に障害物への接触頻度が高い。これは会話をしながら歩行をしていて,障害物の存在に直前まで気づかない状況に相当する。このような状況において障害物への接触頻度が高い要因として安定性の制御が関係している可能性がある。しかし,時間制約下で障害物回避動作を遂行した際の安定性に関する検討は少ない。歩行中に障害物を回避するためには歩幅の拡大と縮小が頻繁に用いられる。そこで,本研究では歩幅調節方法と時間制約が歩幅調節時の安定性へ与える影響を明らかにすることを目的として,若年成人を対象とした研究を実施した。
【方法】
平均年齢25.6±4.6歳の健常成人12名を対象とした。測定には液晶モニタを埋め込んだ長さ5.4mの直線歩行路を使用した。液晶モニタ上には強化ガラスを設置し,踏みつけての歩行が可能である。液晶モニタ中央に幅39cm,奥行き10cmの仮想の障害物を映しだした。左足から歩行を開始し,4歩目の右足が障害物中央に位置するように歩行開始位置を調節した。3歩目の左足踵接地位置にマットスイッチを設置し,マットスイッチを踏みつけることで液晶モニタ上に障害物が出現するようにした。歩幅調節方法は拡大(Long)と縮小(Short)の2条件である。Long条件では4歩目の右足を障害物の奥側へ,Short条件では障害物の手前へ移動させて障害物を避けることが課題である。歩幅調節方法は障害物とともに矢印で液晶モニタ上に提示した。時間制約がない場合(Free)では歩行開始前から障害物と遂行すべき歩幅調節方法を液晶モニタ上に投影した。そのため,対象者は障害物へ到達するまでに自由に歩幅調節が可能であった。一方,時間制約がある場合(Constraint)では歩行開始から3歩目の左足踵接地で障害物と遂行すべき歩幅調節方法が液晶モニタ上に出現するため,1歩のみで歩幅を調節し,障害物を回避しなければならない。従って,測定条件は歩幅調節方法と時間制約を組み合わせた4条件である。それぞれLF(Long-Free),LC(Long-Constraint),SF(Short-Free),SC(Short-Constraint)とし,5試行ずつ実施した。障害物の出現を予測することを避けるためにダミー試行を10試行含め,計30試行をランダムに配置した。対象者の頭頂,胸骨上縁と両側耳珠中点,肩峰,肘関節中心,手関節中心,第3中手指節関節,大転子,膝関節中心,外果,踵骨隆起,つま先に直径9.5mmの反射マーカーを添付した。8台の赤外線カメラと三次元動作解析装置VICON Nexusを用い,サンプリング周波数100Hzで測定を行った。測定したマーカーから身体重心(COM)を計算した。3歩目の初期接地から4歩目の初期接地までのCOMの側方移動距離(COM ROM)及び側方最大速度(COM Speed)を側方への安定性の指標とした。COM位置と支持基底面との関係は安定性の指標として用いられる。本研究ではHofらの式を用いて4歩目の踵接地時点のCOM位置を推定した。推定したCOM位置と4歩目右足のつま先マーカーとの距離をMDS(Margin of dynamic stability)A/Pとし,前方への安定性の指標とした。COM ROM,COM Speed,MDS A/Pの各変数に対して,歩幅調節方法と時間制約の2要因を被験者内要因とする分散分析を実施し,多重比較にはBonferroni法を用いた。統計処理にはSPSS20.0を用い,危険率5%未満を有意とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は著者が所属する施設の倫理委員会の承認を得て実施した。対象者には十分な説明を行い,同意を得た。
【結果】
3変数ともに,歩幅調節方法と時間制約の有意な交互作用が認められた。COM ROM及びCOM SpeedはLC条件で側方移動距離及び速度が最大であった(順にF(1,11)=10.18,p<0.01,F(1,11)=31.89,p<0.01)。MDS A/PはSC条件で前方への安定性が最も低下した(F(1,11)=30.79,p<0.01)。SC条件を除く3条件は推定したCOMが支持基底面内に位置したのに対して,SC条件では支持基底面より前方であった。
【考察】
障害物跨ぎ動作におけるCOMの側方移動距離及び側方への最大速度は安定性を示す指標として用いられている。本研究ではLC条件で側方への安定性が低下した。一方で,SC条件では前方への安定性が最も低下した。従って,本研究結果より,突然に障害物を避けるために歩幅を拡大することで側方への不安定性が生じ,歩幅を縮小することで前方への不安定性が生じると判断することができる。
【理学療法学研究としての意義】
時間制約下での障害物回避は高齢者が遂行することが困難な課題である。本研究では若年成人を対象として,課題の特性について明らかにした。本研究は今後高齢者を対象とした研究をする上での基礎資料として有用である。
高齢者における転倒の多くが歩行中に障害物へ接触することによって発生している。さらに,高齢者では直前で障害物を認識した場合に障害物への接触頻度が高い。これは会話をしながら歩行をしていて,障害物の存在に直前まで気づかない状況に相当する。このような状況において障害物への接触頻度が高い要因として安定性の制御が関係している可能性がある。しかし,時間制約下で障害物回避動作を遂行した際の安定性に関する検討は少ない。歩行中に障害物を回避するためには歩幅の拡大と縮小が頻繁に用いられる。そこで,本研究では歩幅調節方法と時間制約が歩幅調節時の安定性へ与える影響を明らかにすることを目的として,若年成人を対象とした研究を実施した。
【方法】
平均年齢25.6±4.6歳の健常成人12名を対象とした。測定には液晶モニタを埋め込んだ長さ5.4mの直線歩行路を使用した。液晶モニタ上には強化ガラスを設置し,踏みつけての歩行が可能である。液晶モニタ中央に幅39cm,奥行き10cmの仮想の障害物を映しだした。左足から歩行を開始し,4歩目の右足が障害物中央に位置するように歩行開始位置を調節した。3歩目の左足踵接地位置にマットスイッチを設置し,マットスイッチを踏みつけることで液晶モニタ上に障害物が出現するようにした。歩幅調節方法は拡大(Long)と縮小(Short)の2条件である。Long条件では4歩目の右足を障害物の奥側へ,Short条件では障害物の手前へ移動させて障害物を避けることが課題である。歩幅調節方法は障害物とともに矢印で液晶モニタ上に提示した。時間制約がない場合(Free)では歩行開始前から障害物と遂行すべき歩幅調節方法を液晶モニタ上に投影した。そのため,対象者は障害物へ到達するまでに自由に歩幅調節が可能であった。一方,時間制約がある場合(Constraint)では歩行開始から3歩目の左足踵接地で障害物と遂行すべき歩幅調節方法が液晶モニタ上に出現するため,1歩のみで歩幅を調節し,障害物を回避しなければならない。従って,測定条件は歩幅調節方法と時間制約を組み合わせた4条件である。それぞれLF(Long-Free),LC(Long-Constraint),SF(Short-Free),SC(Short-Constraint)とし,5試行ずつ実施した。障害物の出現を予測することを避けるためにダミー試行を10試行含め,計30試行をランダムに配置した。対象者の頭頂,胸骨上縁と両側耳珠中点,肩峰,肘関節中心,手関節中心,第3中手指節関節,大転子,膝関節中心,外果,踵骨隆起,つま先に直径9.5mmの反射マーカーを添付した。8台の赤外線カメラと三次元動作解析装置VICON Nexusを用い,サンプリング周波数100Hzで測定を行った。測定したマーカーから身体重心(COM)を計算した。3歩目の初期接地から4歩目の初期接地までのCOMの側方移動距離(COM ROM)及び側方最大速度(COM Speed)を側方への安定性の指標とした。COM位置と支持基底面との関係は安定性の指標として用いられる。本研究ではHofらの式を用いて4歩目の踵接地時点のCOM位置を推定した。推定したCOM位置と4歩目右足のつま先マーカーとの距離をMDS(Margin of dynamic stability)A/Pとし,前方への安定性の指標とした。COM ROM,COM Speed,MDS A/Pの各変数に対して,歩幅調節方法と時間制約の2要因を被験者内要因とする分散分析を実施し,多重比較にはBonferroni法を用いた。統計処理にはSPSS20.0を用い,危険率5%未満を有意とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は著者が所属する施設の倫理委員会の承認を得て実施した。対象者には十分な説明を行い,同意を得た。
【結果】
3変数ともに,歩幅調節方法と時間制約の有意な交互作用が認められた。COM ROM及びCOM SpeedはLC条件で側方移動距離及び速度が最大であった(順にF(1,11)=10.18,p<0.01,F(1,11)=31.89,p<0.01)。MDS A/PはSC条件で前方への安定性が最も低下した(F(1,11)=30.79,p<0.01)。SC条件を除く3条件は推定したCOMが支持基底面内に位置したのに対して,SC条件では支持基底面より前方であった。
【考察】
障害物跨ぎ動作におけるCOMの側方移動距離及び側方への最大速度は安定性を示す指標として用いられている。本研究ではLC条件で側方への安定性が低下した。一方で,SC条件では前方への安定性が最も低下した。従って,本研究結果より,突然に障害物を避けるために歩幅を拡大することで側方への不安定性が生じ,歩幅を縮小することで前方への不安定性が生じると判断することができる。
【理学療法学研究としての意義】
時間制約下での障害物回避は高齢者が遂行することが困難な課題である。本研究では若年成人を対象として,課題の特性について明らかにした。本研究は今後高齢者を対象とした研究をする上での基礎資料として有用である。