第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 ポスター » 基礎理学療法 ポスター

人体構造・機能情報学1

Sat. May 31, 2014 9:30 AM - 10:20 AM ポスター会場 (基礎)

座長:中野治郎(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科)

基礎 ポスター

[0698] 亜鉛は筋芽細胞の増殖とインスリンによって生じる活性化を促進する

大橋和也1, 長田洋輔1, Zammit Peter2, 小松泰喜3, 松田良一1 (1.東京大学大学院総合文化研究科, 2.King’s College London, 3.東京工科大学医療保健学部理学療法学科)

Keywords:筋衛星細胞, 筋再生, 培養細胞

【はじめに,目的】
骨格筋の再生は,筋衛星細胞と呼ばれる骨格筋幹細胞によって行われる。筋衛星細胞は平静時には増殖能を発揮しない休眠状態であり,骨格筋損傷によって活性化される。活性化された筋衛星細胞は,増殖能を有し骨格筋損傷部位修復のため筋芽細胞を産生する。増殖した筋芽細胞は互いに融合し筋管を形成して成熟した筋線維へと再生される。
亜鉛はヒト体内に1.4-2.3g存在する必須ミネラルであり,その大半は骨格筋と骨に分布する。多くの細胞種でDNA合成や増殖・分化に影響を与えることが知られている。一方,骨格筋への影響は,筋張力や横断面積の推移など生理学的知見は数多く報告されているものの,筋衛星細胞に対する影響は不明である。本研究では亜鉛が筋衛星細胞,筋芽細胞に与える影響について検討した。
【方法】
細胞はマウス骨格筋筋芽細胞株であるC2C12細胞を使用し,筋衛星細胞活性化の評価は,休眠化した筋衛星細胞のモデルであるC2C12のリザーブ細胞を用いた。亜鉛は塩化亜鉛(以下,ZnCl2)を使用した。活性化と増殖の指標には,BrdU(またはEdU)とKi67を使用した。また,細胞分化の評価にはmyogenin,横紋筋型ミオシン重鎖(以下MyHC)を標識した。
筋分化の評価は,分化誘導時ZnCl2を分化培地に添加し行った。増殖の評価は,分化培地にZnCl2を添加し48時間培養した。培養終了2時間前にEdUを添加し,添加2時間におけるEdU取り込み率を評価した。活性化の評価はリザーブ細胞に,ZnCl2とBrdUを添加し,24時間培養後BrdUの取り込みとKi67の発現を評価した。
【倫理的配慮,説明と同意】
マウス由来細胞株使用のため該当しない。
【結果】
C2C12細胞分化に対する亜鉛の影響を調べるため,分化誘導時50µMのZnCl2を添加した。その結果,分化誘導3日目にZnCl2無添加の細胞では細胞の融合がみられ十分な筋管が形成されたのに対して,ZnCl2を添加した細胞では筋管形成が抑制された。次に筋管形成抑制の起因を調べるため,分化および増殖をそれぞれ評価した。分化の評価は分化誘導3日目におけるC2C12のmyogeninとMyHC発現の割合を比較した。その結果,ZnCl2添加時では無添加と比較し,myogenin陽性細胞とMyHC陽性細胞の割合が有意に減少したことが明らかとなった。一方細胞増殖についてはEdUの取り込みを比較し,ZnCl2添加時にはEdUの取り込みが有意に増加することが分かった。次に,亜鉛がリザーブ細胞活性化に及ぼす影響について調べた。その結果,ZnCl2添加時は無添加と比較し,ZnCl2濃度依存的にBrdU,Ki67陽性細胞の割合が増加した。亜鉛はインスリン受容体を介する情報伝達系に影響を与えることが先行研究によって明らかにされている。亜鉛によるリザーブ細胞活性化の機序を調べるため,インスリン情報伝達系のAktおよびERKについてそのリン酸化を調べた。その結果,リザーブ細胞へZnCl2を添加すると,両者にリン酸化が認められた。また,PI3K,Akt,ERKについて阻害剤を用いその関与を調べたところ,すべての阻害剤でリザーブ細胞活性化は阻害された。さらにZnCl2とインスリンを組み合わせて添加した時のリザーブ細胞活性化への影響を調べた。その結果,インスリン単独およびZnCl2単独によるリザーブ細胞活性化に比較して,両者を組み合わせた細胞では劇的にリザーブ細胞活性化が生じた。インスリンとZnCl2を組み合わせると,Aktのリン酸化は単独添加と比較し増加する傾向にあった。
【考察】
ZnCl2添加によってC2C12細胞の分化抑制が観察された。また分化の指標であるmyogenin陽性細胞とMyHC陽性細胞の割合も減少した。一方ZnCl2添加によって細胞増殖は促進された。これよりZnCl2は筋芽細胞分化よりも増殖促進に影響を与えることが示唆された。また,ZnCl2はリザーブ細胞活性化も促進することが分かった。リザーブ細胞へのZnCl2添加に伴いAktとERKのリン酸化が認められ,他の細胞種で行われた先行研究と一致した。阻害実験からもZnCl2によるリザーブ細胞活性化は,インスリン受容体下流のPI3K/AktカスケードとERKが担っていることが示唆された。さらに,インスリンと組み合わせると活性化はより促進され,Aktリン酸化の増加傾向が認められたことから,亜鉛はリザーブ細胞に対するインスリンの機能を促進させることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
筋衛星細胞は筋再生を担う細胞であり,その活性化・増殖を制御できれば,筋再生を促進することが可能であると考えている。本研究は亜鉛が,筋再生を担う筋芽細胞の増殖および,筋衛星細胞モデルのリザーブ細胞活性化を促進することを示した。よって亜鉛は筋再生を促進させることが考えられ,栄養管理や指導によって筋損傷後や術後の早期復帰に寄与できることが推察された。