第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 ポスター » 物理療法 ポスター

その他

Sat. May 31, 2014 9:30 AM - 10:20 AM ポスター会場 (物理療法)

座長:森下勝行(郡山健康科学専門学校応用理学療法学科)

物理療法 ポスター

[0714] 気相中の高濃度炭酸ガスが褥瘡治癒に与える影響

前川美幸1,3, 中村友貴2, 矢代梓3, 野中紘士4, 森潤一5, 秋山純一3,5 (1.独立行政法人国立病院機構福山医療センター, 2.社会医療法人清風会日本原病院, 3.吉備国際大学保健医療福祉学部理学療法学科, 4.大阪府立大学総合リハビリテーション学部理学療法学科, 5.吉備国際大学大学院保健科学研究科)

Keywords:気相, 炭酸ガス, 褥瘡治癒

【はじめに,目的】
一般的に褥瘡は,持続的圧迫による血行障害などで生じることが知られている。褥瘡のある患者に対し,理学療法を行う上での問題点は,褥瘡があるとおのずと動きが少なくなり,またセラピスト側からも積極的な運動療法が行えず,関節拘縮などの二次的合併症を引き起こし,悪循環となる。したがって,理学療法の治療を行う上でも褥瘡に対しては,より早い治癒が望まれている。
これまで人工炭酸泉浴に関する先行研究では,血行促進効果や組織代謝亢進作用による難治性創傷治癒の促進効果など種々の効能が報告され,その有用性が知られている。しかし,気相中の高濃度炭酸ガスが褥瘡治癒に与える影響についての基礎的な研究は,ほとんど見られない。本研究では,この点に着目し,気相中の高濃度炭酸ガスが難治性創傷モデルに与える影響について実験的に検討した。
【方法】
本実験は,生後11~18週齢のWistar系雄性ラット30匹を使用した。ラットを無作為に3群に分け,それぞれ10匹ずつの①コントロール群(無処置群),②0.5%炭酸ガス濃度群(以下0.5%CO2群),③2%炭酸ガス濃度群(以下2%CO2群)とした。腹腔内麻酔投与を行った全ラットの後頸部周囲を剃毛し,後頸部に直径約1cmの筋膜上に及ぶ皮膚欠損創を作成した。直後,マイトマイシンC水溶液を含ませた濾紙を創面に10分間載せ,難治性創傷とした。その後,痂皮形成を防ぐため,連日,白色ワセリンを創面に塗布した。実験開始日より,0.5%CO2群,2%CO2群に対し,1日1回40分,週5回の頻度で8週間,高濃度炭酸ガスを充満させたチャンバー内にて暴露を行った。一定期間毎に創傷面の長径・短径をノギスで計測し,平均値を直径とし,創傷面の面積を求めた。また高濃度炭酸ガス暴露から4日,10日,及び17日目に麻酔下にて各群それぞれ3匹ずつ屠殺し,血液と皮膚組織の採取を行った。ELISA法による血清中のTGF-β1(Transforming Growth Factor-β1)濃度の測定,及び皮膚標本のHE染色,アザン染色,VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor)免疫染色による組織形態的検査にて評価を行い,気相中の高濃度炭酸ガス暴露が難治性創傷モデルに与える影響を比較検討した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本実験は,吉備国際大学動物実験委員会の承認を得て行った。(承認番号A-11-01)
【結果】
実験開始から4日目,10日目では,各群において創傷面積率に有意差はみられなかった。17日目においてコントロール群と2%CO2群を比較すると創傷面積率は,明らかな有意差がみられ,2%CO2群で治癒の促進が認められた。17日目以降の創傷面積率は,コントロール群と比較し,炭酸ガス曝露群において,減少する傾向がみられた。また各群に対し,4日,10日,及び17日目におけるTGF-β1濃度の測定では,2%CO2群4日目において高い値を示した。HE染色,アザン染色,VEGF免疫染色を行った薄切標本の観察における各群の比較から,HE染色では2% CO2群17日目において,表皮細胞の中心部に向かうより多くの伸展がみられ,治癒の促進が確認された。一方,アザン染色では,2%CO2群17日目に青色に染まるより太い膠原繊維の占める割合が多く,真皮結合組織の形成促進がみられた。VEGF免疫染色では,創傷面辺縁の表皮直下にVEGF陽性細胞が多数確認されたが,群間での明らかな差はみられなかった。
【考察】
炎症期に分泌されるTGF-β1は,線維芽細胞の増殖作用があり,特に4日目にTGF-β1濃度が高値を示した2% CO2群に,膠原繊維がより多く産生されたと考えられる。炎症細胞が減少し始めると角化細胞,線維芽細胞,血管内皮細胞といった組織を再生する細胞の増殖因子の合成が活発になり,早期にTGF-β1濃度の上昇がみられた2% CO2群で治癒が促進したと考えられる。VEGFは各群で表皮直下にみられ,創傷後の血管新生に働くが,炭酸ガス吸収による影響は少ないと考えられた。本実験では,炭酸ガスを充満させたチャンバー内にラットを入れるという全身的な治療方法で行った。その為,肺および皮膚から炭酸ガスが吸収されたと考えられる。炭酸ガスを用いた治療は,従来では人工炭酸泉浴が一般的であったが,気相中においても炭酸ガス吸収による血行促進効果や組織代謝亢進作用などが生じることが明らかとなった。
【理学療法学研究としての意義】
本実験より,難治性創傷モデルにおいて,気相中の高濃度炭酸ガス曝露には創傷後,早期のTGF-β1濃度の上昇作用と表皮及び真皮組織の再生促進作用があった。このことから,優れた褥瘡治癒促進効果を有することが示唆された。従来の人工炭酸泉浴では,水浴で行う為,入浴設備の運用や維持・管理に負担がかかり,また感染の危険性がある。そのため,気相中の炭酸ガスを用いることで,より簡便に安全な褥瘡治療を行うことができると考えられる。