[0788] 経頭蓋静磁場刺激と末梢神経刺激の組み合わせによる大脳皮質興奮性調整効果の検討
キーワード:静磁場刺激, 末梢神経刺激, 皮質可塑性
【はじめに,目的】Olivieroらが,1テスラ程度の小型ネオジム永久磁石を頭表に留置することでヒト一次運動野の興奮性を抑制できることを2011年に報告して以来,国際的に静磁場刺激に対する関心が高まっている。非侵襲的に大脳皮質の興奮性を調整する方法として,経頭蓋磁気刺激法(TMS)や経頭蓋直流電気刺激法(tDCS)が幅広く使用され,運動学習や記憶学習に対する促通効果が知られている。臨床への応用に関しては近年,複数の刺激パラメータを組み合わることで付加的な効果を生み出す戦略が模索されている。特にこの方法は,大脳皮質を刺激することによる包括的な下行性促通に末梢刺激を組み合わせることで限局した効果を導き出す手段として,臨床上有用な方法になる可能性がある。一方,TMSやtDCSは刺激部位に異常発火や皮膚障害を誘発するリスクが報告されており,長時間または頻回な使用には十分注意する必要がある。そこで今回,これらの代わりに安全性の高い静磁場刺激を用いて,末梢神経電気刺激との組み合わせによる局在効果について検討する。
【方法】
対象は神経学的障害を有していない右利きの健常成人13名(24.5±4.3歳,男性10名,女性3名)である。脳機能計測にはTMSを使用した。TMSでの刺激領域は左一次運動野(M1)とし,右短母指外転筋(APB)と右小指外転筋(ADM)より運動誘発電位(MEP)を表面筋電図にて導出した。運動域値は,安静時にAPBより10回中5回以上MEP振幅が50µVを越える最小の刺激強度とした。MEPは1.0mVとなる強度での刺激を介入前後で実施した。またM1への二連発刺激を用いて,皮質内抑制(SICI)と促通(ICF)も検討した。脳機能計測は,介入刺激前,直後,15分後,30分後に分けて経時的に測定した。
介入方法は静磁場刺激として表面磁束密度5.3MGOe(吸着力88kg)のネオジム磁石(直径45mm,幅30mm)に取手をつけて使用した。この刺激強度は,先行研究で有意な大脳皮質の抑制効果を認めた強度と同等である。被験者はリクライニング椅子上に半臥位となり,左一次運動野に器具で固定された磁石を5分間当てられた。磁石を当てる部位は,介入前にTMSにて右APBの筋収縮が最も出現しやすい部位であることを確認した。磁石はN極を頭皮上に当てた。末梢神経刺激は,右手関節部で正中神経に対して運動閾値レベルの刺激強度を,刺激頻度1Hzで実施した。介入条件は,①静磁場刺激+末梢神経刺激,②sham刺激+末梢神経刺激を任意の順序で実施した。そして各々の介入条件における一次運動野の機能を経時的に検討した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した。また,被験者は医師から口頭で実験内容を十分説明され,実験への参加は任意とした。
【結果】
静磁場刺激と末梢神経刺激による介入前後の皮質脊髄路の興奮性変化を以下に示す。MEPはAPBにおいて,介入前1046.3±156.3µV,介入0分後709.0±102.7µV,15分後874.7±124.4µV,30分後1104.2±121.8µV,ADMに関しては,介入前522.5±146.4µV,介入0分後396.2±82.7µV,15分後432.8±89.1µV,30分後488.4±109.2µVとなり,APBでのみ約20%程度の興奮性抑制効果が示された。二連発刺激を用いた皮質間機構の検討においては,SICIにおいてAPBで介入前0.60±0.08,介入0分後0.45±0.06,15分後0.49±0.04,30分後0.47±0.10,ADMで介入前0.55±0.10,介入0分後0.55±0.09,15分後0.69±0.17,30分後0.45±0.08となり,APBにおいてのみ有意なSICIの増大を認めた。一方ICFに関しては,どちらの介入においても有意差は認めなかった。一方,sham刺激と末梢神経電気刺激の刺激条件においては,MEP,SICI,ICF,rMTなどのTMSを用いた指標に有意な変化は見られなかった。
【考察】静磁場刺激が大脳皮質の興奮性を抑制する神経生理学的機序に関しては不明な点も多いが,二連発刺激の結果よりGABA系の抑制回路を介した抑制機構の関与が示唆されている。また正中神経刺激と組み合わせることで,正中神経支配のAPBを支配する脳領域に限局して抑制効果が見られたことは注目に値するものと考える。
【理学療法学研究としての意義】電気刺激を組み合わせることで,任意の筋または神経の興奮性を調整することができれば,疾患または症状に合わせた治療介入を提供する有効な手段になる可能性がある。今回は脳機能変化のみの検討であったが,今後は行動レベルへの影響についても検討し臨床応用を進めていく必要がある。
【方法】
対象は神経学的障害を有していない右利きの健常成人13名(24.5±4.3歳,男性10名,女性3名)である。脳機能計測にはTMSを使用した。TMSでの刺激領域は左一次運動野(M1)とし,右短母指外転筋(APB)と右小指外転筋(ADM)より運動誘発電位(MEP)を表面筋電図にて導出した。運動域値は,安静時にAPBより10回中5回以上MEP振幅が50µVを越える最小の刺激強度とした。MEPは1.0mVとなる強度での刺激を介入前後で実施した。またM1への二連発刺激を用いて,皮質内抑制(SICI)と促通(ICF)も検討した。脳機能計測は,介入刺激前,直後,15分後,30分後に分けて経時的に測定した。
介入方法は静磁場刺激として表面磁束密度5.3MGOe(吸着力88kg)のネオジム磁石(直径45mm,幅30mm)に取手をつけて使用した。この刺激強度は,先行研究で有意な大脳皮質の抑制効果を認めた強度と同等である。被験者はリクライニング椅子上に半臥位となり,左一次運動野に器具で固定された磁石を5分間当てられた。磁石を当てる部位は,介入前にTMSにて右APBの筋収縮が最も出現しやすい部位であることを確認した。磁石はN極を頭皮上に当てた。末梢神経刺激は,右手関節部で正中神経に対して運動閾値レベルの刺激強度を,刺激頻度1Hzで実施した。介入条件は,①静磁場刺激+末梢神経刺激,②sham刺激+末梢神経刺激を任意の順序で実施した。そして各々の介入条件における一次運動野の機能を経時的に検討した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は,大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した。また,被験者は医師から口頭で実験内容を十分説明され,実験への参加は任意とした。
【結果】
静磁場刺激と末梢神経刺激による介入前後の皮質脊髄路の興奮性変化を以下に示す。MEPはAPBにおいて,介入前1046.3±156.3µV,介入0分後709.0±102.7µV,15分後874.7±124.4µV,30分後1104.2±121.8µV,ADMに関しては,介入前522.5±146.4µV,介入0分後396.2±82.7µV,15分後432.8±89.1µV,30分後488.4±109.2µVとなり,APBでのみ約20%程度の興奮性抑制効果が示された。二連発刺激を用いた皮質間機構の検討においては,SICIにおいてAPBで介入前0.60±0.08,介入0分後0.45±0.06,15分後0.49±0.04,30分後0.47±0.10,ADMで介入前0.55±0.10,介入0分後0.55±0.09,15分後0.69±0.17,30分後0.45±0.08となり,APBにおいてのみ有意なSICIの増大を認めた。一方ICFに関しては,どちらの介入においても有意差は認めなかった。一方,sham刺激と末梢神経電気刺激の刺激条件においては,MEP,SICI,ICF,rMTなどのTMSを用いた指標に有意な変化は見られなかった。
【考察】静磁場刺激が大脳皮質の興奮性を抑制する神経生理学的機序に関しては不明な点も多いが,二連発刺激の結果よりGABA系の抑制回路を介した抑制機構の関与が示唆されている。また正中神経刺激と組み合わせることで,正中神経支配のAPBを支配する脳領域に限局して抑制効果が見られたことは注目に値するものと考える。
【理学療法学研究としての意義】電気刺激を組み合わせることで,任意の筋または神経の興奮性を調整することができれば,疾患または症状に合わせた治療介入を提供する有効な手段になる可能性がある。今回は脳機能変化のみの検討であったが,今後は行動レベルへの影響についても検討し臨床応用を進めていく必要がある。