[0806] 抗NMDA受容体脳炎に異所性骨化を合併した一症例
Keywords:抗NMDA受容体脳炎, 異所性骨化, アルカリフォスファターゼ
【はじめに,目的】
抗N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体脳炎は,卵巣奇形腫に随伴する傍腫瘍性脳炎として2007年Dalmauらによって報告がなされて以降,症例数が増えている疾患である。今回,抗NMDA受容体脳炎で入院加療中,膝の著しい可動域制限と疼痛により動作獲得が遅延し,5か月後,両膝関節異所性骨化と診断された症例を経験した。痙攣重積や四肢のアロディニアにより愛護的な関節運動しか行えなかったにも関わらず異所性骨化を合併した本症例の経過に,何らかの徴候や特徴が認められなかったかを検証し報告する。
【方法】
抗NMDA受容体脳炎に異所性骨化を合併した症例の経過を,生化学的検査データも含め後方視的に検討した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本発表についてはご本人及びご家族に説明し了承を得ている。
【結果】
20歳代女性。強い頭痛や精神症状出現し14病日精神科入院。19病日意識障害増悪にて当院転院。MRIでは異常所見なし。経過から抗NMDA受容体脳炎が疑われステロイドパルス,免疫グロブリン大量療法,血漿交換療法,左卵巣摘出術施行。呼吸状態悪化し23病日~131病日,人工呼吸器管理。入院直後から続く顔面も含む全身の痙攣により挿管チューブで歯が5本折れ,経鼻挿管を経て気管切開。NMDA抗体陽性にて確定診断。理学療法は20病日より開始したが,痙攣重積のため積極的な介入困難。80病日頃より下肢に強い痛みを訴え,100病日には両膝蓋骨上部に横長の腫瘤が出現,膝屈曲右25°/左30°と著しく制限された。下肢は軽い触刺激のみで痛み,痙攣を誘発するため積極的な理学療法は行えず,可動域確保を期待し102病日リクライニング車椅子への移乗開始。132病日起立練習開始。159病日平行棒内歩行練習開始。161病日単純X線画像で大腿直筋や内側広筋に骨化像を認め,異所性骨化の診断。165病日通常型車椅子への移乗可能となり,208病日歩行器での排泄自立。234病日膝屈曲右50°/左65°,一側ロフストランド杖での病棟内活動自立。自宅内独歩可能となり259病日退院。退院後は定期的に経過観察し,将来的に骨化切除術施行予定。人工呼吸器管理中の水素イオン指数(以下pH)は7.371~7.545,中央値7.457とアルカローシスの状態。またアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(以下AST)及びアラニンアミノトランスフェラーゼ(以下ALT)は37病日で基準値内に改善したが,アルカリフォスファターゼ(以下ALP)は27病日から基準外へと上昇し,89~107病日には608~854IU/Lと最も高い値を示した。
【考察】
抗NMDA受容体脳炎は昏睡や痙攣重積,呼吸抑制が数か月~1年にも及び,長期に人工呼吸器管理を必要としながらも,完全回復やほぼ回復例が75%と言われる特異的な疾患である。本症例も約4か月間の人工呼吸器管理を必要とし,意識障害や痙攣重積により長期臥床を強いられたが,最終的には歩行獲得し自宅退院となった。疾患そのものは順調に回復したにも関わらず,両膝関節異所性骨化に伴う著しい可動域制限や痛みにより,歩行獲得が遅延し,在院日数が大幅に延長,復職も先送りになるなど悪影響を大きく受けることとなった。異所性骨化は整形疾患のみならず頭部外傷若年例,長期の昏睡,痙性肢なども危険因子としてあげられる。長期の人工呼吸器管理や頭蓋内圧調整を必要とする症例の場合,アルカローシスに伴うpHの変化が過剰な仮骨形成を招くとの報告もあるが,全例に発生するわけではなく詳細は明らかになっていない。本症例は4か月に及ぶ人工呼吸器管理中アルカローシスの状態にあったことに加え,痙攣重積で起こる局所の強度な筋収縮が軟部組織損傷や血流低下を招き,異所性骨化を発症したと考えられた。骨疾患の診断に有用とされるAST・ALT異常値を伴わないALP値の上昇は,強い痛みや腫瘤などの明瞭な臨床症状出現の6~7週前から起こり,症状の強い時期に一致して最高値を示した。本症例の経過から,危険因子が重複し,かつ痙攣重積による局所の強度な筋収縮が長期的に出現する抗NMDA受容体脳炎重症例は,非愛護的な関節運動が行われなくても異所性骨化発生の危険性を有することが示唆された。発生の詳細が明らかでない異所性骨化の予防策を検討することは困難だが,臨床症状に先行して起こるALP値の上昇が出現した場合,異所性骨化に有効とされるContinuous Passive Motion(CPM)を速やかに導入するなどの対策を講じる必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
抗NMDA受容体脳炎による長期の人工呼吸器管理や痙攣重積が異所性骨化の危険因子と考えられ,理学療法を行う際には合併症発生のリスクにも配慮する必要がある。本疾患に対する理学療法の報告は少なく,異所性骨化を合併した症例の報告はないため,本報告が今後の理学療法の一助となることが期待できる。
抗N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体脳炎は,卵巣奇形腫に随伴する傍腫瘍性脳炎として2007年Dalmauらによって報告がなされて以降,症例数が増えている疾患である。今回,抗NMDA受容体脳炎で入院加療中,膝の著しい可動域制限と疼痛により動作獲得が遅延し,5か月後,両膝関節異所性骨化と診断された症例を経験した。痙攣重積や四肢のアロディニアにより愛護的な関節運動しか行えなかったにも関わらず異所性骨化を合併した本症例の経過に,何らかの徴候や特徴が認められなかったかを検証し報告する。
【方法】
抗NMDA受容体脳炎に異所性骨化を合併した症例の経過を,生化学的検査データも含め後方視的に検討した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本発表についてはご本人及びご家族に説明し了承を得ている。
【結果】
20歳代女性。強い頭痛や精神症状出現し14病日精神科入院。19病日意識障害増悪にて当院転院。MRIでは異常所見なし。経過から抗NMDA受容体脳炎が疑われステロイドパルス,免疫グロブリン大量療法,血漿交換療法,左卵巣摘出術施行。呼吸状態悪化し23病日~131病日,人工呼吸器管理。入院直後から続く顔面も含む全身の痙攣により挿管チューブで歯が5本折れ,経鼻挿管を経て気管切開。NMDA抗体陽性にて確定診断。理学療法は20病日より開始したが,痙攣重積のため積極的な介入困難。80病日頃より下肢に強い痛みを訴え,100病日には両膝蓋骨上部に横長の腫瘤が出現,膝屈曲右25°/左30°と著しく制限された。下肢は軽い触刺激のみで痛み,痙攣を誘発するため積極的な理学療法は行えず,可動域確保を期待し102病日リクライニング車椅子への移乗開始。132病日起立練習開始。159病日平行棒内歩行練習開始。161病日単純X線画像で大腿直筋や内側広筋に骨化像を認め,異所性骨化の診断。165病日通常型車椅子への移乗可能となり,208病日歩行器での排泄自立。234病日膝屈曲右50°/左65°,一側ロフストランド杖での病棟内活動自立。自宅内独歩可能となり259病日退院。退院後は定期的に経過観察し,将来的に骨化切除術施行予定。人工呼吸器管理中の水素イオン指数(以下pH)は7.371~7.545,中央値7.457とアルカローシスの状態。またアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(以下AST)及びアラニンアミノトランスフェラーゼ(以下ALT)は37病日で基準値内に改善したが,アルカリフォスファターゼ(以下ALP)は27病日から基準外へと上昇し,89~107病日には608~854IU/Lと最も高い値を示した。
【考察】
抗NMDA受容体脳炎は昏睡や痙攣重積,呼吸抑制が数か月~1年にも及び,長期に人工呼吸器管理を必要としながらも,完全回復やほぼ回復例が75%と言われる特異的な疾患である。本症例も約4か月間の人工呼吸器管理を必要とし,意識障害や痙攣重積により長期臥床を強いられたが,最終的には歩行獲得し自宅退院となった。疾患そのものは順調に回復したにも関わらず,両膝関節異所性骨化に伴う著しい可動域制限や痛みにより,歩行獲得が遅延し,在院日数が大幅に延長,復職も先送りになるなど悪影響を大きく受けることとなった。異所性骨化は整形疾患のみならず頭部外傷若年例,長期の昏睡,痙性肢なども危険因子としてあげられる。長期の人工呼吸器管理や頭蓋内圧調整を必要とする症例の場合,アルカローシスに伴うpHの変化が過剰な仮骨形成を招くとの報告もあるが,全例に発生するわけではなく詳細は明らかになっていない。本症例は4か月に及ぶ人工呼吸器管理中アルカローシスの状態にあったことに加え,痙攣重積で起こる局所の強度な筋収縮が軟部組織損傷や血流低下を招き,異所性骨化を発症したと考えられた。骨疾患の診断に有用とされるAST・ALT異常値を伴わないALP値の上昇は,強い痛みや腫瘤などの明瞭な臨床症状出現の6~7週前から起こり,症状の強い時期に一致して最高値を示した。本症例の経過から,危険因子が重複し,かつ痙攣重積による局所の強度な筋収縮が長期的に出現する抗NMDA受容体脳炎重症例は,非愛護的な関節運動が行われなくても異所性骨化発生の危険性を有することが示唆された。発生の詳細が明らかでない異所性骨化の予防策を検討することは困難だが,臨床症状に先行して起こるALP値の上昇が出現した場合,異所性骨化に有効とされるContinuous Passive Motion(CPM)を速やかに導入するなどの対策を講じる必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
抗NMDA受容体脳炎による長期の人工呼吸器管理や痙攣重積が異所性骨化の危険因子と考えられ,理学療法を行う際には合併症発生のリスクにも配慮する必要がある。本疾患に対する理学療法の報告は少なく,異所性骨化を合併した症例の報告はないため,本報告が今後の理学療法の一助となることが期待できる。