[0849] GABA受容体活性制御下の運動による皮質運動関連領野における神経栄養因子発現の修飾
Keywords:大脳皮質, 神経栄養因子, GABA受容体
【はじめに,目的】中枢神経系における神経活動は,グルタミン酸受容体を中心とする興奮性シナプス後電位(EPSC)とGABA受容体やグリシン受容体による抑制性シナプス後電位(IPSC)により調整されている。最新の報告において,老化およびアルツハイマー病モデルマウスにおけるGABAA受容体の活性阻害による適度の中枢神経系の興奮性の増強は,マウスの迷路学習を促通し,グルタミン酸受容体を取り巻く可塑的修飾を海馬にて促進している。また,脳損傷モデルマウスを対象とする実験においても,脳損傷後のGABAA受容体の発現減少を伴うGABAA受容体活性低下がその後の機能回復に極めて重要であることが報告されている。これらの報告も踏まえ,GABA系活性の適切な抑制は運動機能を含む学習促進に対して広く効果を有する可能性が期待される。一方,中枢神経系のシナプス可塑性において神経栄養因子BDNFはその受容体であるTrk受容体群を介した細胞内シグナルを通して記憶・学習の促進に深く関与している。BDNFは神経細胞の活動に依存して発現が増強されるが,更に運動によっても中枢神経系におけるBDNF発現が増強される。そこで,本研究では,GABAA受容体のアンタゴニストであるpicrotoxin(PTX)投与による軽度のGABAA受容体活性低下時の運動負荷が大脳皮質運動関連領野における神経活動とその受容体の発現に与える影響について実験動物学的に精査することを目的とした。
【方法】実験動物として15週齢の成体雄性ICRマウス18匹を対照群とPTX群の2群(各群9匹)に群分けした。両群ともトレッドミル歩行への適応期間の後,10日間の実験介入期間を設定した。対照群においては毎日1時間の15m/minのトレッドミル運動のみを10日間課した。一方,GABAA受容体活性低下を目的とするPTX群においては1mg/kgのPTXを腹腔内投与の後,同様のトレッドミル運動を行った。介入終了後,全脳を摘出の後,大脳皮質運動関連領野を採取し凍結保存した。採取した大脳皮質を破砕してmRNAを精製し,reverse transcription-PCRのサンプルとしてcDNAを作成した。作成したcDNAを用いてリアルタイムPCR法を用いたターゲット遺伝子発現量の定量を行った。ターゲット遺伝子として,神経活動の指標となるc-fos,神経栄養因子BDNF,NT-4,両神経栄養因子の共通の受容体であるTrkBおよびp75の発現をβ-actinを内部標準遺伝子とする比較Ct法により定量した。統計解析として対応のあるt検定(p<0.05)を用いて,PTX投与の影響について検証した。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究は帝京科学大学実験動物委員会の承認のもとで行われ,同委員会の指針に基づき実験動物は取り扱われた。
【結果】10日間の介入により,BDNF,NT-4の発現は対照群と比較してPTX群において有意に少なかった(p<0.01)。また,c-fos発現量もPTX群において対照群よりも少ない傾向が認められた。受容体TrkBおよびp75の発現における両群間の有意な差は認められなかった。
【考察】本研究のPTX投与条件において,PTX投与による運動時における軽度のGABAA受容体の抑制は運動関連領野における神経活動を低下させ,神経栄養因子の発現を減少させていた。疾病モデルマウスにおけるGABA系の抑制制御を通した中枢神経系興奮性の向上による記憶・学習,及び機能回復の促進という上記の促通的効果の報告には反駁する結果であった。その一因として,本研究においては正常マウスを対象としているのに対し,上記のGABA系の抑制制御の促通的効果の報告においては疾患モデル動物を対象としていることが挙げられる。疾患モデル動物における中枢神経系全体の興奮性低下に対してGABA系の抑制における興奮性の譜活が図られる場合に促通的な神経活動と可塑的効果が期待される可能性が示唆された。このことは,単に軽度のGABA系の軽度の抑制に留まらず,EPSCとIPSCの正常バランスへの回帰がTrk系を通したシナプス可塑性においても重要であることを示唆している。
【理学療法学研究としての意義】本研究は運動療法実施時における運動学習に適した脳内コンディショニングとは何か,その基礎研究として資することを目的とする実験動物学的研究である。
【方法】実験動物として15週齢の成体雄性ICRマウス18匹を対照群とPTX群の2群(各群9匹)に群分けした。両群ともトレッドミル歩行への適応期間の後,10日間の実験介入期間を設定した。対照群においては毎日1時間の15m/minのトレッドミル運動のみを10日間課した。一方,GABAA受容体活性低下を目的とするPTX群においては1mg/kgのPTXを腹腔内投与の後,同様のトレッドミル運動を行った。介入終了後,全脳を摘出の後,大脳皮質運動関連領野を採取し凍結保存した。採取した大脳皮質を破砕してmRNAを精製し,reverse transcription-PCRのサンプルとしてcDNAを作成した。作成したcDNAを用いてリアルタイムPCR法を用いたターゲット遺伝子発現量の定量を行った。ターゲット遺伝子として,神経活動の指標となるc-fos,神経栄養因子BDNF,NT-4,両神経栄養因子の共通の受容体であるTrkBおよびp75の発現をβ-actinを内部標準遺伝子とする比較Ct法により定量した。統計解析として対応のあるt検定(p<0.05)を用いて,PTX投与の影響について検証した。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究は帝京科学大学実験動物委員会の承認のもとで行われ,同委員会の指針に基づき実験動物は取り扱われた。
【結果】10日間の介入により,BDNF,NT-4の発現は対照群と比較してPTX群において有意に少なかった(p<0.01)。また,c-fos発現量もPTX群において対照群よりも少ない傾向が認められた。受容体TrkBおよびp75の発現における両群間の有意な差は認められなかった。
【考察】本研究のPTX投与条件において,PTX投与による運動時における軽度のGABAA受容体の抑制は運動関連領野における神経活動を低下させ,神経栄養因子の発現を減少させていた。疾病モデルマウスにおけるGABA系の抑制制御を通した中枢神経系興奮性の向上による記憶・学習,及び機能回復の促進という上記の促通的効果の報告には反駁する結果であった。その一因として,本研究においては正常マウスを対象としているのに対し,上記のGABA系の抑制制御の促通的効果の報告においては疾患モデル動物を対象としていることが挙げられる。疾患モデル動物における中枢神経系全体の興奮性低下に対してGABA系の抑制における興奮性の譜活が図られる場合に促通的な神経活動と可塑的効果が期待される可能性が示唆された。このことは,単に軽度のGABA系の軽度の抑制に留まらず,EPSCとIPSCの正常バランスへの回帰がTrk系を通したシナプス可塑性においても重要であることを示唆している。
【理学療法学研究としての意義】本研究は運動療法実施時における運動学習に適した脳内コンディショニングとは何か,その基礎研究として資することを目的とする実験動物学的研究である。