第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 ポスター » 基礎理学療法 ポスター

人体構造・機能情報学3

2014年5月31日(土) 11:20 〜 12:10 ポスター会場 (基礎)

座長:中川浩(京都大学霊長類研究所統合脳システム分野)

基礎 ポスター

[0850] 末梢神経損傷モデルラットに対するバランス運動が神経栄養因子―細胞内増殖シグナル伝達系に与える影響

金村尚彦1, 国分貴徳1, 村田健児2, 武本秀徳3, 藤野努2, 前島洋4, 林弘之1, 高柳清美1 (1.埼玉県立大学保健医療福祉学部理学療法学科, 2.埼玉県立大学大学院保健医療福祉学研究科リハビリテーション学専修, 3.県立広島大学保健福祉学部理学療法学科, 4.帝京科学大学医療科学部東京理学療法学科)

キーワード:末梢神経損傷, 荷重運動, 神経再生

【はじめに,目的】
末梢神経損傷は,牽引,外傷,圧迫,打撲などの物理的作用によるものや 熱,電気,放射線などの様々な原因により,損傷を受け,運動。感覚麻痺などの機能的な障害が生じた状態である。支配領域にある骨格筋が部分的な除神経状態となり,退行性変成を生じる。末梢神経の効率的な再生には,神経栄養因子やサイトカインなど多くの因子が関与している事が重要であることが報告されている。末梢神経損傷に対する理学療法は,除神経によって生じる筋萎縮をできる限り予防するために,運動療法,物理療法を行う。理学療法により,損傷した末梢神経の再生にどのような影響を及ぼしているのか,不明な点も多い。本研究では,損傷した神経修復に関わる神経栄養因子やシグナ伝達系mRNA量の発現が,荷重運動介入により変化するか,運動療法の効果を基礎的観点から検証することを目的とした。
【方法】
Wistar系雄性ラット10週齢24匹を対象とした。①対照群(n=6),②坐骨神経挫滅後,外乱刺激装置にて運動を4週間負荷する群(損傷後運動群;n=6),③外乱刺激装置にて運動のみを4週間負荷する群(無処置運動群;n=6),④坐骨神経挫滅群(損傷後非運動群;n=6)とした。神経挫滅方法は,冷却したクリップで坐骨神経を3分間圧挫して損傷した。神経圧挫術後2日目から運動群には,運動方法は,外乱刺激装置(回転角度±7度,回転速度25rpmのプラットフォーム)を用い,期間は4週間,週に5日,1日1時間実施した。実験終了後,ラット坐骨神経を摘出し凍結保存した。坐骨神経をホモジナイザーにて粉砕後,total RNAを抽出した。cDNAの作成について,High Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)を使用した。逆転写反応により作成したcDNAを鋳型とし,最後に神経栄養因子Nerve Growth Factor(NGF)とその受容体Tyrosinene kinase A(TrkA),アポトーシスを阻害するphosphoinositide 3-kinase(PI3K),Serine/threonine-specific protein kinase(Akt)のプライマーを用い,リアルタイムPCR法にてmRNA発現量を検討した。それぞれ,beta-actin mRNA発現量で正規化し,⊿⊿CT法により算出した。結果は一元配置分散分析,および多重比較検定Tukey法をおこなった。
【倫理的配慮,説明と同意】
本実験は,大学動物実験倫理審査委員会の承認を得て行った。
【結果】
NGF mRNA発現量において対照群の発現量を1とすると無処置運動群1.5倍,損傷後非運動群3.1倍,損傷後運動群2.7倍となり無処置運動群が,対照群と比較した有意に低下した(p<0.05)。TrkA mRNA発現量は,対照群の発現量を1とすると無処置運動群0.5倍,損傷後非運動群5.2倍,損傷後運動群1.6倍となったが,有意差を認めなかった。PI3KmRNA発現量は,無処置運動群3.1倍,損傷後非運動群3.1倍,損傷後運動群2.7倍となり,損傷後非運動群が対照群より有意に増加した(p<0.05)。Akt mRNA発現量は,対照群の発現量を1とすると,無処置運動群1.2倍,損傷後非運動群3.1倍,損傷後運動群2.7倍となり,損傷後非運動群が対照群より有意に増加した(p<0.05)。
【考察】
ラットの運動機能を観察した結果,神経損傷後運動を行った群が足関節運動機能や,歩容の改善を認めた。組織観察からも髄鞘の増加が認めた。神経再生時にはグリアやSchwann細胞,標的組織より神経栄養因子が放出されるほか,神経細胞上の栄養因子受容体の発現も増加し,受容体の下流に位置する多くのの細胞内情報伝達系分子群の発現も増加する。神経細胞死を抑制する過程では,神経栄養因子,その受容体とPI3K-AktカスケードやMAPキナーゼカスケードが関与している事が明らかとなっている。本研究の結果から,NGF-TrkAとアポトーシスを阻害するPI3K-Akt経路が活性化され,神経生存維持がなされていることが示唆された。神経再生に関わる神経栄養因子やサイトカインがこの多くは,比較的な大きなポリペプチドで,神経実質内への移送系を持っていない。血行による移送は,血液神経関門によって阻まれている。神経周膜に存在する微少血管へ軸索再生に必要な物質を通過させる方法が試みられている。本研究で行った運動介入は,循環動態を改善させる効果があり,その結果運動機能が向上した可能性が示唆された。今後の課題として運動介入期間,運動負荷量,神経修復や運動機能の改善には他の因子のタンパクの解析が必要である。
【理学療法学研究としての意義】
末梢神経損傷に対する分子生物学的解析を行うことにより,運動療法の効果を明らかにできる可能性がある。