第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 ポスター » 基礎理学療法 ポスター

人体構造・機能情報学3

Sat. May 31, 2014 11:20 AM - 12:10 PM ポスター会場 (基礎)

座長:中川浩(京都大学霊長類研究所統合脳システム分野)

基礎 ポスター

[0852] 走運動は損傷坐骨神経におけるマクロファージの極性を変化させ神経障害性疼痛の緩和を誘導する

田口聖, 上勝也, 仙波恵美子 (和歌山県立医科大学医学部第二解剖学教室)

Keywords:末梢神経, 疼痛, 運動

【はじめに,目的】
末梢神経損傷により発症する神経障害性疼痛は長期間持続する難治性の痛みであり,NSAIDsやオピオイドなどの効果は低いとされている。最近,理学療法の一つである運動療法が,神経障害性疼痛を軽減させることが動物実験において示され,注目されている。しかし,そのメカニズムの詳細は不明である。神経障害性疼痛の発症には,末梢神経損傷に伴いマクロファージなどにより産生された炎症性サイトカイン(TNF-α,IL-1β)が関与すると考えられている。活性化マクロファージはそれらの機能に基づきM1とM2に分類され,M1マクロファージは炎症性サイトカインを産生して炎症を促進するのに対して,M2マクロファージは抗炎症性サイトカインの産生やM1マクロファージの機能抑制を介して組織修復に貢献する。これらの結果は,神経損傷部におけるマクロファージの極性の変化は神経障害性疼痛に影響を及ぼすことを示唆している。本研究は,神経障害性疼痛モデルマウスの損傷坐骨神経におけるM1とM2マクロファージの分布を特徴づけ,走運動によるそれらの変化と疼痛との関係を検討した。
【方法】
神経障害性疼痛モデルマウスは,坐骨神経部分損傷(PSL)により作製した。マウスはPSL術後に走運動を負荷する「ランナー群(R群)」(PSL術後2日目から6日目までの5日間,7m/minの走速度で60分間の走運動)に加えて,PSLだけを施し走運動を負荷しない「コントロール群(C群)」とPSL術も走運動も行わない「ナイーブ群(N群)」を設けた。機械的アロディニアは「von Freyテスト」により,熱痛覚過敏は「Plantarテスト」により評価した。各群のマウスはPSL術後7日目に4%パラフォルムアルデヒド-0.1MPBSによる潅流固定後に坐骨神経を摘出し分析に供した。損傷坐骨神経におけるマクロファージ・サブタイプの変化は免疫組織化学染色により検出し,坐骨神経の結紮部から中枢側と末梢側に区分し,それぞれ1mm以内(さらに250μmごとに4区画に分割)に認められたマクロファージをイメージ分析により定量化した。
【倫理的配慮,説明と同意】
全ての動物実験は和歌山県立医科大学動物実験規程を遵守し,動物の個体数や苦痛は最小限にとどめ,和歌山県立医科大学動物実験委員会の承認のもとで行った(承認番号:642)
【結果】
走運動が神経障害性疼痛の主症状である機械的アロディニアと熱痛覚過敏を軽減するかどうかについて検討した。R群の機械的アロディニアと熱痛覚過敏を示す閾値は,PSL術後の走運動により有意に上昇したのに対し,C群の閾値は低値を維持し疼痛の持続が観察された。
坐骨神経のマクロファージの分布は,F4/80抗体を用いて検討し,C群,R群ともに結紮部周辺の中枢側に多い傾向を示した。さらに走運動が損傷坐骨神経におけるマクロファージ・サブタイプに及ぼす影響についてマクロファージをM1(CD68+),M2(CD206+),M1/M2(CD68+/CD206+)に分類し検討した。N群の坐骨神経に検出されたマクロファージのほとんどはM1/M2(93%)であったが,C群では中枢側及び末梢側のM1/M2マクロファージが減少し,その代わりM1マクロファージの増加が認められた。R群は結紮部周辺の中枢側でのM2マクロファージ数(4 x 104μm2当たり約12個)がC群と比較して有意な増加を示したが,末梢側ではC群と比較してM1/M2マクロファージが減少し,M1マクロファージは増加する傾向を示した。
【考察】
IL-1βやTNF-α遺伝子欠損マウスを用いた研究において,神経障害性疼痛が緩和されることが明らかにされていることから,M1マクロファージが産生するIL-1βやTNF-αなどの炎症性サイトカインは神経障害性疼痛を悪化させると考えられる。従って,正常坐骨神経においてM1/M2型を示したマクロファージは,神経損傷に伴いその極性をM1型に移行させて神経障害性疼痛を増強させると考えられる。一方,運動を負荷したR群では損傷坐骨神経の中枢側においてM2マクロファージの有意な増加が観察されたが,末梢側では大きな極性の変化は見られなかった。これらの結果から損傷部より中枢側でのM2マクロファージの増加が神経障害性疼痛の緩和に関与している可能性が示唆された。そのメカニズムは不明であるが,例えば運動により筋細胞のIL-4の産生が増加することが明らかにされていることから,運動がIL-4からSTAT6を介した経路を活性化させ,M1マクロファージの機能の抑制とM2マクロファージへの極性変化を介して,神経障害性疼痛の緩和に貢献するという可能性などが考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,走運動が損傷坐骨神経におけるマクロファージの極性をM2へ変化させ,神経障害性疼痛を緩和することができる可能性を示唆した。これらの成果は,理学療法学研究における痛みの運動療法の発展に貢献できると考えられる。