[0901] 糖尿病による筋力低下は速筋優位に生じる
キーワード:糖尿病, 筋張力, 速筋
【はじめに,目的】
近年,糖尿病によって筋力低下が生じることが報告がされるようになり,臨床的にも注目を集めている。しかし,糖尿病による筋の収縮特性の変化については不明な点が多く,特にラットを対象とした研究では筋の遅筋化が観察されている反面,ヒトを対象とした研究では筋の速筋化が生じるという報告がみられ,一定の見解が得られていない。このような相違が生じる原因として,糖尿病の病期が研究によって大きく異なっていることが挙げられる。糖尿病は病期が長くなるにつれて高血糖の影響だけではなく,運動ニューロン障害や微小血管の梗塞による虚血といった種々の合併症の影響が筋に現れる。また,ラットを対象とした研究では病期が数週間に留まるが,ヒトを対象とした研究では病期が数十年にも及び,研究対象によって病期が大きく異なっていることから,両研究結果の差異には合併症の有無やその程度が影響を及ぼしている可能性が考えられる。特に,運動神経損傷後に筋線維タイプの変化が惹起されることが明らかになっていることから,運動神経損傷の有無によって病期を分類し,筋の収縮特性の変化を検討する必要がある。
そこで今回,先行研究によって運動神経系の障害が生じないとされている糖尿病の病期12週ラットを対象に内側腓腹筋(速筋)とヒラメ筋(遅筋)の収縮特性を調べ,糖尿病による運動神経障害が生じない時期に筋の収縮特性に与える影響を検討した。
【方法】
実験には25週齢の雄のWistar系ラット10匹を用いた。5匹には生理食塩水に溶解させた30%streptozotocin以下STZ(100mg/kg)を腹腔内投与し,1型糖尿病を発症させた。残りの5匹には生理食塩水のみを投与して対照群とした。その後各群のラットを12週間通常飼育した後,ハロタン吸入麻酔下にて,末梢神経の電気刺激によって生じる筋の収縮特性を調べた。まず膝窩部の皮膚を切開して脛骨神経に刺激用のカフ電極を設置し,下腿骨をビスで固定した。アキレス腱を切断して内側腓腹筋とヒラメ筋を張力トランスデューサーに接続した後,最大張力が得られる筋長にて固定し,持続時間500μsecの矩形波にて脛骨神経を最大の筋力が得られる強度で電気刺激し,各筋の単収縮(刺激頻度:1Hz)と完全強縮(刺激頻度:100Hz)の張力曲線を記録した。全ての計測が終了後,各筋を摘出し湿重量を計測した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は健康科学大学動物実験倫理委員会の承認を経て行われた。
【結果】
単収縮によって生じる糖尿病群の内側腓腹筋最大筋張力は,対照群に比べ平均43%低下した(p<0.05)。これに対しヒラメ筋の最大筋張力の低下は平均24%で対照群に比べ有意差は認められなかった。強縮によって生じる糖尿病群の内側腓腹筋最大筋張力は対照群に比べ平均44%低下し(p<0.05),ヒラメ筋で42%低下した。糖尿病群の最大筋張力値は個体によるばらつきが大きく,特にヒラメ筋でその傾向が強く認められた。筋重量は糖尿病群の内側腓腹筋が対照群に比べ75%低下し(p<0.05),ヒラメ筋で平均43%低下した(p<0.05)。内側腓腹筋,ヒラメ筋ともに糖尿病群で筋重量当たりの最大筋張力が対象群より高い傾向があった。
【考察】
本研究結果は,病期12週の糖尿病発症初期のSTZラットの筋力低下が速筋に優位に生じることを示唆するものである。このような速筋に優位な筋力低下は筋小胞体の機能障害や,ミトコンドリア代謝障害などの影響が関与していると考えられるが,その詳細は不明である。一般的に速筋はダイナミックな運動を行う多関節筋に多く,遅筋は姿勢保持に関わる単関節筋に多いとされているが,糖尿病の発症による転倒率の上昇には本研究で示された速筋の筋力低下が一部関与している可能性が考えられる。また,対照群に比べ糖尿病群の筋重量あたりの筋張力が高い傾向がみられた。これは,1型糖尿病によって身体の脂肪量が著しく減少するために,単位重量当たりに含まれる筋実質の割合が増加することに起因するものと考えられる。本研究で得られた筋の収縮特性の変化は高血糖負荷による初期の筋の収縮特性の変化を反映しているものであると考えられるが,病期がさらに進行し運動ニューロン障害や虚血が生じることで,新たな筋の収縮特性の変化が生じるものと推察される。今後は,運動ニューロン障害が始まった後の筋の生理学的特性の変化を調査する必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,糖尿病の比較的早期に生じる筋力低下の特性を検討したものである。本研究によって示唆された糖尿病による筋の生理学的特性の変化は,糖尿病が運動機能に及ぼす影響の一側面ではあるが,糖尿病に対する運動療法開発の基礎的な知見になる可能性がある点に意義がある。
近年,糖尿病によって筋力低下が生じることが報告がされるようになり,臨床的にも注目を集めている。しかし,糖尿病による筋の収縮特性の変化については不明な点が多く,特にラットを対象とした研究では筋の遅筋化が観察されている反面,ヒトを対象とした研究では筋の速筋化が生じるという報告がみられ,一定の見解が得られていない。このような相違が生じる原因として,糖尿病の病期が研究によって大きく異なっていることが挙げられる。糖尿病は病期が長くなるにつれて高血糖の影響だけではなく,運動ニューロン障害や微小血管の梗塞による虚血といった種々の合併症の影響が筋に現れる。また,ラットを対象とした研究では病期が数週間に留まるが,ヒトを対象とした研究では病期が数十年にも及び,研究対象によって病期が大きく異なっていることから,両研究結果の差異には合併症の有無やその程度が影響を及ぼしている可能性が考えられる。特に,運動神経損傷後に筋線維タイプの変化が惹起されることが明らかになっていることから,運動神経損傷の有無によって病期を分類し,筋の収縮特性の変化を検討する必要がある。
そこで今回,先行研究によって運動神経系の障害が生じないとされている糖尿病の病期12週ラットを対象に内側腓腹筋(速筋)とヒラメ筋(遅筋)の収縮特性を調べ,糖尿病による運動神経障害が生じない時期に筋の収縮特性に与える影響を検討した。
【方法】
実験には25週齢の雄のWistar系ラット10匹を用いた。5匹には生理食塩水に溶解させた30%streptozotocin以下STZ(100mg/kg)を腹腔内投与し,1型糖尿病を発症させた。残りの5匹には生理食塩水のみを投与して対照群とした。その後各群のラットを12週間通常飼育した後,ハロタン吸入麻酔下にて,末梢神経の電気刺激によって生じる筋の収縮特性を調べた。まず膝窩部の皮膚を切開して脛骨神経に刺激用のカフ電極を設置し,下腿骨をビスで固定した。アキレス腱を切断して内側腓腹筋とヒラメ筋を張力トランスデューサーに接続した後,最大張力が得られる筋長にて固定し,持続時間500μsecの矩形波にて脛骨神経を最大の筋力が得られる強度で電気刺激し,各筋の単収縮(刺激頻度:1Hz)と完全強縮(刺激頻度:100Hz)の張力曲線を記録した。全ての計測が終了後,各筋を摘出し湿重量を計測した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は健康科学大学動物実験倫理委員会の承認を経て行われた。
【結果】
単収縮によって生じる糖尿病群の内側腓腹筋最大筋張力は,対照群に比べ平均43%低下した(p<0.05)。これに対しヒラメ筋の最大筋張力の低下は平均24%で対照群に比べ有意差は認められなかった。強縮によって生じる糖尿病群の内側腓腹筋最大筋張力は対照群に比べ平均44%低下し(p<0.05),ヒラメ筋で42%低下した。糖尿病群の最大筋張力値は個体によるばらつきが大きく,特にヒラメ筋でその傾向が強く認められた。筋重量は糖尿病群の内側腓腹筋が対照群に比べ75%低下し(p<0.05),ヒラメ筋で平均43%低下した(p<0.05)。内側腓腹筋,ヒラメ筋ともに糖尿病群で筋重量当たりの最大筋張力が対象群より高い傾向があった。
【考察】
本研究結果は,病期12週の糖尿病発症初期のSTZラットの筋力低下が速筋に優位に生じることを示唆するものである。このような速筋に優位な筋力低下は筋小胞体の機能障害や,ミトコンドリア代謝障害などの影響が関与していると考えられるが,その詳細は不明である。一般的に速筋はダイナミックな運動を行う多関節筋に多く,遅筋は姿勢保持に関わる単関節筋に多いとされているが,糖尿病の発症による転倒率の上昇には本研究で示された速筋の筋力低下が一部関与している可能性が考えられる。また,対照群に比べ糖尿病群の筋重量あたりの筋張力が高い傾向がみられた。これは,1型糖尿病によって身体の脂肪量が著しく減少するために,単位重量当たりに含まれる筋実質の割合が増加することに起因するものと考えられる。本研究で得られた筋の収縮特性の変化は高血糖負荷による初期の筋の収縮特性の変化を反映しているものであると考えられるが,病期がさらに進行し運動ニューロン障害や虚血が生じることで,新たな筋の収縮特性の変化が生じるものと推察される。今後は,運動ニューロン障害が始まった後の筋の生理学的特性の変化を調査する必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,糖尿病の比較的早期に生じる筋力低下の特性を検討したものである。本研究によって示唆された糖尿病による筋の生理学的特性の変化は,糖尿病が運動機能に及ぼす影響の一側面ではあるが,糖尿病に対する運動療法開発の基礎的な知見になる可能性がある点に意義がある。