第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 口述 » 生活環境支援理学療法 口述

その他

Sat. May 31, 2014 1:00 PM - 1:50 PM 第6会場 (3F 304)

座長:羽崎完(大阪電気通信大学医療福祉工学部理学療法学科)

生活環境支援 口述

[0908] チェーンソーを用いた作業姿勢の筋電図学的解析

河原大陸1, 浦辺幸夫2, 前田慶明2, 篠原博3, 笹代純平3, 藤井絵里3, 森山信彰3, 事柴壮武3, 山本圭彦3, 岩田昌1 (1.広島大学医学部保健学科, 2.広島大学大学院医歯薬保健学研究院, 3.広島大学大学院医歯薬保健学研究科)

Keywords:腰痛, 産業保健, 林業

【はじめに,目的】チェーンソー(chain-saw)は,世界各国の林業労働者が用いる代表的な作業道具である。林業現場でのチェーンソーの使用は,労働能率を著しく飛躍させた。しかしながら,重量物であるチェーンソーの使用は,同時に腰痛の発生という問題をもたらした。厚生労働省は,重量物を取り扱う職業に対する腰痛予防対策として作業姿勢に注意を促している(2013)。そのため,チェーンソー作業での腰痛発生の機序を考えるためには,作業姿勢に配慮する必要がある。一般に,筋電図を用いて背筋群の筋活動量を測定し,腰痛発生の機序を解析しようとした報告は多い(藤村ら2004,波之平ら2011)。しかし,筋電図を用いて,チェーンソー作業の筋活動量を解析した研究はない。そこで本研究は,チェーンソー作業にみられる種々の姿勢における筋活動量の測定を行い,姿勢と脊柱起立筋の活動量の関係を明らかにする。仮説として,体幹前屈姿勢で脊柱起立筋の活動量が高くなるとした。
【方法】健常成人男性10名(年齢22.0±1.8歳,身長167.4±5.7cm,体重61.1±7.8kg)を対象とした。チェーンソー(Husqvarna社,重量7.0kg)の歯を直径30.0cmの丸太に当て,姿勢を10秒間保持するように指示した。その課題姿勢は,立川の方法(1992)を参考に,直立位,体幹前屈30°,体幹前屈90°,右膝関節を床面についたしゃがみ姿勢の4条件とした。直立位,体幹前屈30°,しゃがみ姿勢の3条件では,臍部の高さでチェーンソーを保持し,体幹前屈90°では,膝蓋骨の高さとするよう指示した。対象と丸太との距離は70.0cmとし,膝関節を軽度屈曲位におき,右下肢を後方に引いた。筋活動量の記録には,表面筋電図(Personal-EMG,追子電子機器社)を用いた。下野(2010)の方法を参考に,左右の脊柱起立筋,ならびに腹直筋に電極(blue sensor,AmbuA/S)を貼付した。得られた10秒間の筋活動量のうち,4から7秒間の活動量を面積積分値で処理したのち,最大等尺性収縮(MVC)で正規化し,%MVCを求めた。左右の%MVCの3回の平均値を代表値とした。統計学的解析には,反復測定分散分析を用いた。値が有意だったので,多重比較検定であるBonferroni法を行った。危険率5%未満を有意とした。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究は,広島大学大学院医歯薬保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号1328)。研究に先立ち,十分な説明を行い対象の同意を得た。
【結果】直立位,体幹前屈30°,体幹前屈90°,しゃがみ姿勢での脊柱起立筋の%MVCはそれぞれ,25.6±7.8,31.8±8.1,32.6±11.5,23.6±7.5だった。体幹前屈30°は,直立位としゃがみ姿勢と比較して,有意に高い活動量を示した(p<0.05)。最も%MVCの高かった体幹前屈90°ではSDが大きく,他の条件との間に有意差はなかった。直立位,体幹前屈30°,体幹前屈90°,しゃがみ姿勢での腹直筋の%MVCはそれぞれ,5.3±2.2,5.0±2.2,5.1±2.4,4.9±1.8だった。4条件での間に有意差は認められなかった。
【考察】本研究は,脊柱起立筋の活動量の低い作業姿勢が,チェーンソー作業での腰痛予防対策になると考えて実施した。手部に負荷を加えると,体幹前屈角度の増加により,腰部に作用するモーメントが増加すると立川(1990)は述べている。体幹前屈30°では,これと同様の機序が働き,脊柱起立筋の%MVCが高くなった可能性がある。体幹前屈30°では,脊柱起立筋の活動が高くなり,腰痛発生のリスクも高まると考えた。体幹前屈90°では,他の姿勢と有意差はないが,%MVCは最も高かった。Floydら(1955)は,Flexion-relaxation現象を提唱している。これは,体幹前屈角度の増加により,脊柱起立筋の活動量が高くなるが,一定以上の体幹前屈角度になると,活動量が減少するというものである。体幹前屈30°以上では,体幹前屈角度の増加にともない,脊柱起立筋の活動量が高まる対象とそうでない対象があったことが考えられる。体幹前屈90°の実施は対象により難易度が異なり,これがバラツキを増加させた原因かもしれない。腹筋群の収縮は,腹圧を高め,腰部の負担を分散させる働きがあるとされる(宇土2004)。しかしチェーンソー作業では,腹直筋の活動量が,どの姿勢でも極めて低値であったことは注意しておくべきであろう。直立位あるいはしゃがみ姿勢は,脊柱起立筋の活動の少ない姿勢であったことから,これらの姿勢はチェーンソー作業での腰痛予防に関係すると考えられる。脊柱起立筋の活動の高さが腰痛発生に直接関与するかどうかは不明であり,今後も引き続き,チェーンソー作業の動作解析を行う必要がある。
【理学療法学研究としての意義】理学療法士が産業保健の分野で,安全な作業を遂行するために必要な情報を提供することは意義がある。筆者らがチェーンソー作業での研究を進めることは,この分野に有益な情報を与えるものである。