[0911] 一次運動野に対する経頭蓋直流電気刺激は運動技能の定着を促進する
Keywords:経頭蓋直流電気刺激, 運動学習, 運動技能
【はじめに,目的】
近年,脳機能を簡便かつ安全に促進する手法として経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation;tDCS)が注目されている。tDCSは,頭蓋上に貼付した電極から微弱な直流電流を与えて大脳皮質の興奮性を修飾する手法である(Nitsche and Paulus.2000)。tDCSは,運動学習やリハビリテーション効果を促進する補助的な治療法として臨床応用が期待されている。一次運動野(primary motor cortex:M1)へのtDCSは,運動学習中の成績を促進出来ることがこれまで報告されている(Nitsche et al.,2001;Hummel et al.,2010)。しかし,運動技能の獲得において大切なのは,学習中の成績ではなく,むしろ学習した技能がしっかり獲得され,必要な場面で発揮されることである。技能獲得には,技能の定着化と呼ばれるプロセスが重要である(Robertson et al.,2004)。学習した運動技能は,学習後も無意識かつ自動的に脳内で処理され続け,学習直後の外部干渉を受けやすい状態から段々と干渉を受けにくい安定した状態に遷移すると考えられており,このプロセスが技能の定着化と呼ばれている。これまでの研究から,技能の定着化にはM1が重要な役割を担うことが示唆されている(Muellbacher et al., 2002)。本研究の目的は,M1へのtDCSが運動技能の定着を促進出来るか健常成人を対象とした実験で明らかにすることである。
【方法】
健常成人22名(平均年齢25.9±2.2歳,男性14名)を対象とした。研究はランダム化,単盲検化,群間比較デザインを用いた。被験者はtDCSの刺激条件によって2群に分けられ,運動技能の学習中にM1に対しtDCSを行うことにより,学習後の技能定着に促進効果があるかを検討した。被験者は連続する二日間の実験に参加した。被験者は初日に母指の屈曲運動技能(Muellbacher et al., 2002)を学習し,学習から1時間後また24時間後に再度同じ課題を実施した。母指の屈曲運動課題では,被験者はビープ音を合図に可能な限り速く母指の屈曲運動を行った。左母指指腹に貼付した1軸加速度計によって,母指の屈曲運動の加速度を計測し最大加速度を解析指標とした。被験者には試行ごとに最大加速度を視覚的にフィードバックした。被験者の左上肢は装具を用いて肘関節より遠位を母指を除いて固定した。固定肢位は,肘軽度屈曲位,前腕回内外中間位とした。課題は1セッション300試行とし,学習セッション,学習セッション終了から1時間後,24時間後の計3セッション行った。60試行毎に2分間の休憩を設けた。tDCSは,学習セッション中に実施した。刺激群の11名には刺激強度1mAで25分間刺激した。陽極電極は右半球M1の直上におき,陰極電極は左半球M1の直上に貼付した。他の11名は偽刺激群に参加した。偽刺激群では刺激群と同じ電極配置で最初の15秒間のみ1mAで刺激した。データ処理はセッションごとの中央値を算出し,tDCS実施前のベースラインにおける最大加速度によって標準化した。ベースラインからの各セッションの最大加速度の変化を二群間で比較した。統計学的解析は,Wilcoxonの符号順位検定を用い有意水準5%未満を有意差ありとした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究の実施手順および内容はヘルシンキ宣言に則り,当研究所倫理委員会の承諾を得た後に実験を行った。被験者には研究者が口頭および書面にて研究目的,方法,利益や不利益,プライバシー管理を説明の上,同意を得た後,同意書に署名を頂いた。
【結果】
tDCS実施前のベースラインでは,群間で最大加速度に有意差はなかった(p=0.38)。tDCS刺激時の最大加速度は刺激群(145.3%±18.3;mean±SE)と偽刺激群(112.6%±17.0)との間で有意差を認めなかった(p=0.09)。1時間後の最大加速度は刺激群(101.2%±14.5)と偽刺激群(118.3%±18.6)で有意差は認めなかった(p=0.13)。一方,24時間後の最大加速度は刺激群(145.8%±18.9)と偽刺激群(102.4%±10.8)で有意差を認めた(p<0.05)。
【考察】
運動学習中と学習1時間後は群間で母指屈曲の最大加速度に差を認めず,24時間後では群間で差を認めた。これはM1へのtDCSが24時間後の運動技能の定着を促進したと解釈される。この促進のメカニズムは不明であるが,tDCSが運動技能の定着に重要な長期増強などの神経可塑性を誘導した可能性がある(Nitsche et al.,2001;Fritsch et al.,2010)。今後は脳卒中患者を対象に母指の屈曲運動の再獲得にtDCSが有効であるかを検討する必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
本研究成果により,tDCSは母指の屈曲運動の技能定着を促進させることを示した。母指の屈曲運動は,脳卒中患者にとって再獲得が難しい課題である(Lang et al.,2007)。したがって,脳卒中患者のリハビリテーションにおいて,tDCSが母指の屈曲運動の再獲得に有効である可能性を示した点で意義がある。
近年,脳機能を簡便かつ安全に促進する手法として経頭蓋直流電気刺激(transcranial direct current stimulation;tDCS)が注目されている。tDCSは,頭蓋上に貼付した電極から微弱な直流電流を与えて大脳皮質の興奮性を修飾する手法である(Nitsche and Paulus.2000)。tDCSは,運動学習やリハビリテーション効果を促進する補助的な治療法として臨床応用が期待されている。一次運動野(primary motor cortex:M1)へのtDCSは,運動学習中の成績を促進出来ることがこれまで報告されている(Nitsche et al.,2001;Hummel et al.,2010)。しかし,運動技能の獲得において大切なのは,学習中の成績ではなく,むしろ学習した技能がしっかり獲得され,必要な場面で発揮されることである。技能獲得には,技能の定着化と呼ばれるプロセスが重要である(Robertson et al.,2004)。学習した運動技能は,学習後も無意識かつ自動的に脳内で処理され続け,学習直後の外部干渉を受けやすい状態から段々と干渉を受けにくい安定した状態に遷移すると考えられており,このプロセスが技能の定着化と呼ばれている。これまでの研究から,技能の定着化にはM1が重要な役割を担うことが示唆されている(Muellbacher et al., 2002)。本研究の目的は,M1へのtDCSが運動技能の定着を促進出来るか健常成人を対象とした実験で明らかにすることである。
【方法】
健常成人22名(平均年齢25.9±2.2歳,男性14名)を対象とした。研究はランダム化,単盲検化,群間比較デザインを用いた。被験者はtDCSの刺激条件によって2群に分けられ,運動技能の学習中にM1に対しtDCSを行うことにより,学習後の技能定着に促進効果があるかを検討した。被験者は連続する二日間の実験に参加した。被験者は初日に母指の屈曲運動技能(Muellbacher et al., 2002)を学習し,学習から1時間後また24時間後に再度同じ課題を実施した。母指の屈曲運動課題では,被験者はビープ音を合図に可能な限り速く母指の屈曲運動を行った。左母指指腹に貼付した1軸加速度計によって,母指の屈曲運動の加速度を計測し最大加速度を解析指標とした。被験者には試行ごとに最大加速度を視覚的にフィードバックした。被験者の左上肢は装具を用いて肘関節より遠位を母指を除いて固定した。固定肢位は,肘軽度屈曲位,前腕回内外中間位とした。課題は1セッション300試行とし,学習セッション,学習セッション終了から1時間後,24時間後の計3セッション行った。60試行毎に2分間の休憩を設けた。tDCSは,学習セッション中に実施した。刺激群の11名には刺激強度1mAで25分間刺激した。陽極電極は右半球M1の直上におき,陰極電極は左半球M1の直上に貼付した。他の11名は偽刺激群に参加した。偽刺激群では刺激群と同じ電極配置で最初の15秒間のみ1mAで刺激した。データ処理はセッションごとの中央値を算出し,tDCS実施前のベースラインにおける最大加速度によって標準化した。ベースラインからの各セッションの最大加速度の変化を二群間で比較した。統計学的解析は,Wilcoxonの符号順位検定を用い有意水準5%未満を有意差ありとした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究の実施手順および内容はヘルシンキ宣言に則り,当研究所倫理委員会の承諾を得た後に実験を行った。被験者には研究者が口頭および書面にて研究目的,方法,利益や不利益,プライバシー管理を説明の上,同意を得た後,同意書に署名を頂いた。
【結果】
tDCS実施前のベースラインでは,群間で最大加速度に有意差はなかった(p=0.38)。tDCS刺激時の最大加速度は刺激群(145.3%±18.3;mean±SE)と偽刺激群(112.6%±17.0)との間で有意差を認めなかった(p=0.09)。1時間後の最大加速度は刺激群(101.2%±14.5)と偽刺激群(118.3%±18.6)で有意差は認めなかった(p=0.13)。一方,24時間後の最大加速度は刺激群(145.8%±18.9)と偽刺激群(102.4%±10.8)で有意差を認めた(p<0.05)。
【考察】
運動学習中と学習1時間後は群間で母指屈曲の最大加速度に差を認めず,24時間後では群間で差を認めた。これはM1へのtDCSが24時間後の運動技能の定着を促進したと解釈される。この促進のメカニズムは不明であるが,tDCSが運動技能の定着に重要な長期増強などの神経可塑性を誘導した可能性がある(Nitsche et al.,2001;Fritsch et al.,2010)。今後は脳卒中患者を対象に母指の屈曲運動の再獲得にtDCSが有効であるかを検討する必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
本研究成果により,tDCSは母指の屈曲運動の技能定着を促進させることを示した。母指の屈曲運動は,脳卒中患者にとって再獲得が難しい課題である(Lang et al.,2007)。したがって,脳卒中患者のリハビリテーションにおいて,tDCSが母指の屈曲運動の再獲得に有効である可能性を示した点で意義がある。