[0916] 腱振動刺激による運動錯覚が痛みの閾値へ与える影響 特性不安を考慮して
Keywords:振動刺激, 運動錯覚, 痛み
【はじめに,目的】
腱を振動刺激することで,運動錯覚が惹起することが報告されている(Goodwin 1972)。この腱振動刺激による運動錯覚とは,筋紡錘の発射活動を引き起こし,その求心性入力から刺激された筋が伸張されていると知覚し,あたかも自己運動が生じたような錯覚を惹起させることである。この腱振動刺激による運動錯覚により,慢性疼痛や急性疼痛の改善が報告されている(Gay 2010,今井2013)。さらに,我々はギプス固定期間中に,腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,ギプス固定除去後の痛みと関節可動域の改善を報告した(今井2013)。一方で,運動錯覚を惹起させず,振動刺激による感覚入力を行うことで慢性疼痛や不動による障害に対する効果が明らかにされている(Borja 2011,濱上2013)。しかし,振動刺激と痛みの改善には関連性がないことも報告されており(Muceil 2011),痛みの改善は運動錯覚による影響なのか,振動刺激による影響なのかは一定の見解を得ていない。他方,痛み刺激により島皮質や帯状回といった情動関連領域が賦活することが明らかにされており,痛みと情動との関連性は強い。痛みと不安度の相関関係(Kevin 2006)や,術後の特性不安が高値を示すと慢性疼痛を発生しやすいと報告されており(Dilek, 2012),健常者においても特性不安といった個人的因子が疼痛閾値に影響を与えている可能性がある。そこで今回,健常者を対象にillusion群と感覚入力のみのno illusion群に振り分け,疼痛閾値への影響および運動錯覚と痛み,特性不安(State Trait Anxiety Inventry;以下STAI)との関係性を検討した。
【方法】
対象は健常大学生30名である。利き手はEdinburgh inventoryにより全員右利きであった。振動刺激の周波数は80Hzとし,機器には振動刺激装置(旭製作所SL-0105 LP)を用いた。対象は閉眼安静座位にて,右手関節総指伸筋腱に振動刺激を与えられた。課題は安静10秒-振動刺激30秒で実施した。評価は課題前に疼痛閾値,STAIII(特性不安)を実施し,課題後に疼痛閾値,運動錯覚角度,運動錯覚強度を測定した。運動錯覚を経験した際の錯覚強度をVerbal Rating Scale(以下VRS)を用いて6段階評価し,錯覚角度は非術側で再現させ,その角度を画像解析ソフトimage jで測定した。また,課題後に運動錯覚の惹起の有無によりillusion群とno illusion群に群分けした。疼痛閾値は痛覚計(ユニークメディカル社製,UDH-105)により与えられる熱刺激を用いて測定した。疼痛閾値には3回測定した値の平均値を算出した。統計解析は,疼痛閾値の変化量,また群間による疼痛閾値の変化量において,対応のある二元配置分散分析(多重比較検定法Turkey)を用いた。また,疼痛閾値の変化量とSTAIIIの相関をSpearmanの順位相関係数を用いて算出した。その後,疼痛閾値の変化量を目的変数に,STAIII,錯覚強度のVRSを説明変数とした強制投入法による重回帰分析を行った。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は本大学倫理委員会の承認を得て行った(承認番号H25-25)。
【結果】
30名中18名がillusion群,12名がno illusion群に分けられた。二元配置分散分析では,両群ともに課題後の疼痛閾値は高かった(p<0.05)。しかし,群間比較では有意差がなかった。相関分析の結果,illusion群と疼痛閾値の変化量で有意差を認めず,no illusion群では有意な負の相関関係を示した(p<0.05,r=-0.78)。重回帰分析の結果,R=0.77,R2=0.60であり,錯覚強度(p<0.01)のみが選択された。
【考察】
両群ともに疼痛閾値が向上し,no illusion群に特性不安と疼痛閾値の変化量に有意な負の相関関係を認め,さらに,重回帰分析で錯覚強度が選択された。一次運動野の興奮は帯状回を正常に活性化させ,中脳中心灰白質を活動させる(Garcia-Larrea 2007)。これにより下行性疼痛抑制によるオピオイドシステムが作動し鎮痛効果が得られることが報告されている(Maarrawi 2013)。腱振動刺激による運動錯覚では運動野賦活が認められていることから(Naito 1999),下行性疼痛抑制系に関与したと考えられる。そのため,特性不安の高い人は,振動刺激による感覚入力だけではオピオイド系の下行性疼痛抑制は作用されない可能性があることを本研究は示唆した。
【理学療法学研究としての意義】
健常成人に対して,腱振動刺激による運動錯覚と感覚入力のみである振動刺激で痛みの閾値の向上がみられた。しかし,特性不安を考慮すると,腱振動刺激による運動錯覚が,痛みの閾値を向上させることを示した。臨床において,特性不安や痛みの情動的側面が大きい場合には,腱振動刺激による運動錯覚を用いることが効果的な可能性がある。
腱を振動刺激することで,運動錯覚が惹起することが報告されている(Goodwin 1972)。この腱振動刺激による運動錯覚とは,筋紡錘の発射活動を引き起こし,その求心性入力から刺激された筋が伸張されていると知覚し,あたかも自己運動が生じたような錯覚を惹起させることである。この腱振動刺激による運動錯覚により,慢性疼痛や急性疼痛の改善が報告されている(Gay 2010,今井2013)。さらに,我々はギプス固定期間中に,腱振動刺激による運動錯覚を惹起させることで,ギプス固定除去後の痛みと関節可動域の改善を報告した(今井2013)。一方で,運動錯覚を惹起させず,振動刺激による感覚入力を行うことで慢性疼痛や不動による障害に対する効果が明らかにされている(Borja 2011,濱上2013)。しかし,振動刺激と痛みの改善には関連性がないことも報告されており(Muceil 2011),痛みの改善は運動錯覚による影響なのか,振動刺激による影響なのかは一定の見解を得ていない。他方,痛み刺激により島皮質や帯状回といった情動関連領域が賦活することが明らかにされており,痛みと情動との関連性は強い。痛みと不安度の相関関係(Kevin 2006)や,術後の特性不安が高値を示すと慢性疼痛を発生しやすいと報告されており(Dilek, 2012),健常者においても特性不安といった個人的因子が疼痛閾値に影響を与えている可能性がある。そこで今回,健常者を対象にillusion群と感覚入力のみのno illusion群に振り分け,疼痛閾値への影響および運動錯覚と痛み,特性不安(State Trait Anxiety Inventry;以下STAI)との関係性を検討した。
【方法】
対象は健常大学生30名である。利き手はEdinburgh inventoryにより全員右利きであった。振動刺激の周波数は80Hzとし,機器には振動刺激装置(旭製作所SL-0105 LP)を用いた。対象は閉眼安静座位にて,右手関節総指伸筋腱に振動刺激を与えられた。課題は安静10秒-振動刺激30秒で実施した。評価は課題前に疼痛閾値,STAIII(特性不安)を実施し,課題後に疼痛閾値,運動錯覚角度,運動錯覚強度を測定した。運動錯覚を経験した際の錯覚強度をVerbal Rating Scale(以下VRS)を用いて6段階評価し,錯覚角度は非術側で再現させ,その角度を画像解析ソフトimage jで測定した。また,課題後に運動錯覚の惹起の有無によりillusion群とno illusion群に群分けした。疼痛閾値は痛覚計(ユニークメディカル社製,UDH-105)により与えられる熱刺激を用いて測定した。疼痛閾値には3回測定した値の平均値を算出した。統計解析は,疼痛閾値の変化量,また群間による疼痛閾値の変化量において,対応のある二元配置分散分析(多重比較検定法Turkey)を用いた。また,疼痛閾値の変化量とSTAIIIの相関をSpearmanの順位相関係数を用いて算出した。その後,疼痛閾値の変化量を目的変数に,STAIII,錯覚強度のVRSを説明変数とした強制投入法による重回帰分析を行った。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は本大学倫理委員会の承認を得て行った(承認番号H25-25)。
【結果】
30名中18名がillusion群,12名がno illusion群に分けられた。二元配置分散分析では,両群ともに課題後の疼痛閾値は高かった(p<0.05)。しかし,群間比較では有意差がなかった。相関分析の結果,illusion群と疼痛閾値の変化量で有意差を認めず,no illusion群では有意な負の相関関係を示した(p<0.05,r=-0.78)。重回帰分析の結果,R=0.77,R2=0.60であり,錯覚強度(p<0.01)のみが選択された。
【考察】
両群ともに疼痛閾値が向上し,no illusion群に特性不安と疼痛閾値の変化量に有意な負の相関関係を認め,さらに,重回帰分析で錯覚強度が選択された。一次運動野の興奮は帯状回を正常に活性化させ,中脳中心灰白質を活動させる(Garcia-Larrea 2007)。これにより下行性疼痛抑制によるオピオイドシステムが作動し鎮痛効果が得られることが報告されている(Maarrawi 2013)。腱振動刺激による運動錯覚では運動野賦活が認められていることから(Naito 1999),下行性疼痛抑制系に関与したと考えられる。そのため,特性不安の高い人は,振動刺激による感覚入力だけではオピオイド系の下行性疼痛抑制は作用されない可能性があることを本研究は示唆した。
【理学療法学研究としての意義】
健常成人に対して,腱振動刺激による運動錯覚と感覚入力のみである振動刺激で痛みの閾値の向上がみられた。しかし,特性不安を考慮すると,腱振動刺激による運動錯覚が,痛みの閾値を向上させることを示した。臨床において,特性不安や痛みの情動的側面が大きい場合には,腱振動刺激による運動錯覚を用いることが効果的な可能性がある。