第49回日本理学療法学術大会

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脳損傷理学療法8

2014年5月31日(土) 13:00 〜 13:50 第13会場 (5F 503)

座長:大槻利夫(上伊那生協病院リハビリテーション課)

神経 口述

[0930] 片麻痺患者が起立動作に失敗する運動学的・運動力学的特徴

長田悠路, 大田瑞穂, 田辺紗織, 渕雅子 (誠愛リハビリテーション病院)

キーワード:起立, 片麻痺, 三次元動作解析

【はじめに,目的】姿勢制御能力や筋出力の低下した片麻痺患者は離殿後の伸展相で失敗し,後方へ倒れることがある。この原因はほとんど研究されておらず,理学療法介入に迷うことがある。今まではこのような動作時のバランス制御を力学的に分析する際,支持面(BOS)と質量中心(COM)の位置関係による静力学的分析しか行うことができなかった。しかし,実際の動作では慣性力が加わっているため,COMがBOS内に入っていなくても動的に安定していることは多々ある。近年Hof(2005)らが提唱した推定質量中心(Xcom)による解析を行うことで,COMの移動速度を加味した動力学的な分析が可能となった。今回,このXcomなどを用い,片麻痺患者の起立成功時と起立失敗時の比較から片麻痺患者が起立動作で失敗する原因を調べ,起立時の転倒予防に対する治療的着眼点を調べることが本研究の目的である。
【方法】三次元動作解析装置(カメラ14台)および,床反力計(4枚)で下腿長に合わせた高さの木製台からの起立の計測を行った片麻痺患者136人中,1試行目で起立に失敗したものの,その後の試行では起立に成功した片麻痺患者7名を対象とした。7人の内,左麻痺は5人,右麻痺は2人,平均年齢は67.0±15.1歳,発症期間は3.6±2.9年であった。解析は臨床歩行分析研究会の提唱するDIFFマーカーセット(10点マーカー)で行った。両側足関節を結んだ中点(C-Ankle)を基準とし,離殿時のCOMまでの進行方向距離,Xcomまでの進行方向距離を抽出した。また,下肢関節モーメントのピーク値,関節パワーについても分析を行った。距離因子は身長で,関節モーメントは身長・体重で正規化を行った。Xcomは,倒立振子モデルを基にし,速度因子(COM速度)を倒立振子の振動係数(ω0)で除したものをCOM位置に足した値である。つまり,これによってCOMが向かおうとしている場所がわかり,BOS上にXcomがあれば,COMが外にあっても動作は動的に安定していることを示す。統計学的処理は,起立が成功した試行(試行S)と起立に失敗した試行(試行F)の各解析指標について,ウィルコクソン符号付順位和検定にて比較した(有意水準5%)。
【倫理的配慮,説明と同意】承認された倫理審査に従って,インフォームドコンセントが得られた患者に対してのみ動作の計測を行った。
【結果】離殿時のCOMの位置については,試行間に有意な差はなかった。離殿時Xcom進行方向位置は試行S(0.019±0.019 m/身長)が試行F(0.003±0.019 m/身長)より,前方に移動しており,C-Ankleよりも前方へ移動していた(p<0.05)。また,非麻痺側股関節伸展モーメントピーク値は試行S(0.431±0.163Nm/身長/体重)が試行F(0.360±0.171 Nm/身長/体重)より大きかった(p<0.05)。また,試行Fの離殿の特徴として,Xcomよりも足圧中心(COP)が前方に位置していることや,麻痺側の股関節・膝関節の伸展モーメントが過度に働いていた。関節パワーは,試行F時に離殿前の股関節伸展の遠心性パワーのピーク値の出現するタイミングが麻痺側・非麻痺側でズレており,試行F時には7名中5名が,麻痺側の遠心性パワーのピーク値が非麻痺側よりも早く出現していた。試行S時にそのようなズレが観察されたものは7名中1名のみであった。
【考察】今回,離殿時のCOM位置に大きな差がなかったが,試行FではXcomがC-Anklよりも前方に移動していないことが多かったため,起立失敗の原因としてCOMの前方移動速度の不足が挙げられる。今回,片麻痺患者にとって,遠心性収縮などの制御が難しい麻痺側下肢筋が過剰な伸展活動を行うことで,COPが前方へ移動し,COMの前方移動を過度に制動することが後方への転倒を引き起こしたと考えた。試行Sでは,他の関節モーメントが減少していた一方で,非麻痺側股関節伸展モーメントの値のみが増大しており,これが大きく前方に移動したXcomを制動し,上方への移動へと変換する調節機能を担っていると考えた。離殿に重要なCOMの前方加速をコントロールするのは,股関節伸展筋群の遠心性収縮である。その両股関節の遠心性収縮のタイミングがずれ,遠心性収縮を行うべきである離殿直前に,麻痺側伸展筋の求心性収縮が生じると麻痺側骨盤帯が後退して止められた姿勢になる。これがCOMの前方移動を著しく阻害し,離殿に必要な前方加速が得られなかった結果,失速して後方へ着殿したと考える。
【理学療法学研究としての意義】今回のような離殿に失敗するような症例に対して転倒対策を目的とした理学療法を行う場合,COMの前方移動速度を上げるような体幹の前傾方法を指導すること,COMの前方移動を阻害しないような両側股関節伸展筋群の活動を再学習させることが必要であることが示唆された。