[1061] 物体の持ち上げ動作が高齢者の腰部負担に及ぼす影響
キーワード:持ち上げ動作, 腰部負担, 動作分析
【はじめに,目的】
我が国では各事業所で定年退職年齢が引き上げられるなど,労働する高齢者は増加傾向にある。近年,バイオメカニクス的手法により,物体の持ち上げ動作時の腰部負担の指標となる腰部椎間板圧縮力を計測する試みがなされているが,高齢者が行う持ち上げ動作を分析し,腰部負担を検討した報告は見当たらない。そこで本研究では健常若年者と健常高齢者を対象とし,加齢による身体特性の変化が,持ち上げ動作時の腰部や下肢関節への負担に影響を及ぼすのか検討すること,また,腰部負担が軽減するとされる骨盤を前傾させる戦略を指示することで動作の変化が生じるのか検討することを目的とした。
【方法】
対象は腰部・下肢に既往のない健常若年男性10名(年齢20.9±0.5歳 身長174.9±4.3cm 体重64.1±4.8kg)と,健常高齢男性10名(年齢67.6±2.1歳 身長168.7±4.8cm 体重63±7.2kg)とした。対象者には①squat法とよばれる股関節と膝関節を屈曲して持ち上げる方法②squat法で,より骨盤を前傾させて腰椎を重量物に近づけるように指示した方法の2つの条件で,11.3kgに設定された重量物の持ち上げ動作を行った。
測定機器は三次元動作解析装置VICON MX(VICON社製),床反力計(AMTI社製)4枚,赤外線カメラ(周波数100Hz)10台を用いた。被験者には45個の赤外線反射マーカーを貼付し,動作中の椎間板圧縮力・剪断力,腰部側屈・伸展・回旋モーメント,骨盤前傾角度,体幹前傾角度,下肢関節モーメント,腰部関節中心と重量物の重心・体幹重心との距離,床反力を算出した。椎間板圧縮力・剪断力,関節モーメント,床反力は体重で除して正規化した値で比較・検討を行った。
統計処理は年齢と動作方法を要因とした二元配置分散分析反復測定法を用いた。また,各要因内での差を判定するために,年齢を要因とした各水準の比較には対応のないT検定,動作方法を要因とした各水準の比較には対応のあるT検定を用いた。なお危険率は5%未満をもって有意とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
研究の実施に先立ち,国際医療福祉大学の倫理委員会にて承認を得た。なお,全ての被験者には予め本研究の目的・内容・リスクを十分に説明し,書面による同意を得た後に計測を行った。
【結果】
椎間板圧縮力に関して年齢層の違いには主効果はみられず,条件の違いには主効果がみられた。また,squat条件では若年群よりも高齢者で有意に小さい値を示すが,骨盤前傾指示条件では両群間に有意差はみられなかった。腰部関節中心と重量物の重心との距離に関しては交互作用がみられ,若年群は骨盤前傾指示条件で有意に小さくなり,高齢群では有意差はみられなかった。腰部関節中心と体幹重心との距離に交互作用はみられず,両群において骨盤前傾指示で有意に小さくなった。骨盤前傾角度に関しては交互作用がみられ,若年群は骨盤前傾指示によって骨盤前傾角度が有意に増加するが,高齢群では骨盤前傾指示によって有意に減少した。体幹角度に交互作用はみられなかったが,高齢群では骨盤前傾指示で有意に体幹が伸展し,若年群では骨盤前傾指示による有意な変化はみられなかった。膝関節モーメントについて交互作用はみられなかったが,高齢群のみ骨盤前傾指示によって膝関節伸展モーメントが有意に増加し,若年群では有意差はみられなかった。
【考察】
持ち上げ動作時に骨盤前傾させるように指示をすると若年群では椎間板圧縮力が有意に小さくなり,高齢群では同様の傾向がみられた。若年群では骨盤前傾を指示すると骨盤が前傾し,腰部関節中心を体幹重心や重量物の重心に近づけていくことができるため,椎間板圧縮力が減少したと考える。高齢群の場合は骨盤前傾指示によって腰椎と重量物との距離が変化せず,体幹前傾角度が有意に小さくなり,体幹重心を腰部関節中心に近づけることで椎間板圧縮力が減少したと考える。若年群と比べて高齢群の戦略では,腰部負担を軽減させる効果は小さく,また,体幹重心が後方に移動し,膝関節中心から離れることで膝関節伸展モーメントが有意に増加したと考える。以上のことから,若年者では骨盤を前傾させて腰椎を重量物に近づけるように意識させることは腰部負担を軽減させることに有効であり,高齢者の場合は,膝関節に疾患がない場合に推奨される動作であるといえる。
【理学療法学研究としての意義】
若年者と高齢者では持ち上げ動作時の椎間板圧縮力が変化しないこと,高齢者の場合,若年者に有効な骨盤を前傾させる戦略によって得られる腰部負担の軽減効果が小さいことがわかった。今回得られた知見は高齢者が労働する際の動作指導や,事業所での労働条件を設定する際に有用な情報であると考えられる。
我が国では各事業所で定年退職年齢が引き上げられるなど,労働する高齢者は増加傾向にある。近年,バイオメカニクス的手法により,物体の持ち上げ動作時の腰部負担の指標となる腰部椎間板圧縮力を計測する試みがなされているが,高齢者が行う持ち上げ動作を分析し,腰部負担を検討した報告は見当たらない。そこで本研究では健常若年者と健常高齢者を対象とし,加齢による身体特性の変化が,持ち上げ動作時の腰部や下肢関節への負担に影響を及ぼすのか検討すること,また,腰部負担が軽減するとされる骨盤を前傾させる戦略を指示することで動作の変化が生じるのか検討することを目的とした。
【方法】
対象は腰部・下肢に既往のない健常若年男性10名(年齢20.9±0.5歳 身長174.9±4.3cm 体重64.1±4.8kg)と,健常高齢男性10名(年齢67.6±2.1歳 身長168.7±4.8cm 体重63±7.2kg)とした。対象者には①squat法とよばれる股関節と膝関節を屈曲して持ち上げる方法②squat法で,より骨盤を前傾させて腰椎を重量物に近づけるように指示した方法の2つの条件で,11.3kgに設定された重量物の持ち上げ動作を行った。
測定機器は三次元動作解析装置VICON MX(VICON社製),床反力計(AMTI社製)4枚,赤外線カメラ(周波数100Hz)10台を用いた。被験者には45個の赤外線反射マーカーを貼付し,動作中の椎間板圧縮力・剪断力,腰部側屈・伸展・回旋モーメント,骨盤前傾角度,体幹前傾角度,下肢関節モーメント,腰部関節中心と重量物の重心・体幹重心との距離,床反力を算出した。椎間板圧縮力・剪断力,関節モーメント,床反力は体重で除して正規化した値で比較・検討を行った。
統計処理は年齢と動作方法を要因とした二元配置分散分析反復測定法を用いた。また,各要因内での差を判定するために,年齢を要因とした各水準の比較には対応のないT検定,動作方法を要因とした各水準の比較には対応のあるT検定を用いた。なお危険率は5%未満をもって有意とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
研究の実施に先立ち,国際医療福祉大学の倫理委員会にて承認を得た。なお,全ての被験者には予め本研究の目的・内容・リスクを十分に説明し,書面による同意を得た後に計測を行った。
【結果】
椎間板圧縮力に関して年齢層の違いには主効果はみられず,条件の違いには主効果がみられた。また,squat条件では若年群よりも高齢者で有意に小さい値を示すが,骨盤前傾指示条件では両群間に有意差はみられなかった。腰部関節中心と重量物の重心との距離に関しては交互作用がみられ,若年群は骨盤前傾指示条件で有意に小さくなり,高齢群では有意差はみられなかった。腰部関節中心と体幹重心との距離に交互作用はみられず,両群において骨盤前傾指示で有意に小さくなった。骨盤前傾角度に関しては交互作用がみられ,若年群は骨盤前傾指示によって骨盤前傾角度が有意に増加するが,高齢群では骨盤前傾指示によって有意に減少した。体幹角度に交互作用はみられなかったが,高齢群では骨盤前傾指示で有意に体幹が伸展し,若年群では骨盤前傾指示による有意な変化はみられなかった。膝関節モーメントについて交互作用はみられなかったが,高齢群のみ骨盤前傾指示によって膝関節伸展モーメントが有意に増加し,若年群では有意差はみられなかった。
【考察】
持ち上げ動作時に骨盤前傾させるように指示をすると若年群では椎間板圧縮力が有意に小さくなり,高齢群では同様の傾向がみられた。若年群では骨盤前傾を指示すると骨盤が前傾し,腰部関節中心を体幹重心や重量物の重心に近づけていくことができるため,椎間板圧縮力が減少したと考える。高齢群の場合は骨盤前傾指示によって腰椎と重量物との距離が変化せず,体幹前傾角度が有意に小さくなり,体幹重心を腰部関節中心に近づけることで椎間板圧縮力が減少したと考える。若年群と比べて高齢群の戦略では,腰部負担を軽減させる効果は小さく,また,体幹重心が後方に移動し,膝関節中心から離れることで膝関節伸展モーメントが有意に増加したと考える。以上のことから,若年者では骨盤を前傾させて腰椎を重量物に近づけるように意識させることは腰部負担を軽減させることに有効であり,高齢者の場合は,膝関節に疾患がない場合に推奨される動作であるといえる。
【理学療法学研究としての意義】
若年者と高齢者では持ち上げ動作時の椎間板圧縮力が変化しないこと,高齢者の場合,若年者に有効な骨盤を前傾させる戦略によって得られる腰部負担の軽減効果が小さいことがわかった。今回得られた知見は高齢者が労働する際の動作指導や,事業所での労働条件を設定する際に有用な情報であると考えられる。