[1097] 垂直姿勢制御への加齢の影響
キーワード:加齢, 姿勢制御, 筋活動
【はじめに】日常生活動作を行うためにバランス能力は不可欠であり,理学療法の重要なテーマである。ヒトの姿勢制御の研究は前後あるいは左右への随意的な重心移動や外乱刺激への応答について調べているものが多く,起立や歩行動作にみられる上下方向の姿勢制御に関する研究は少ない。一方,スクワット動作は代表的な上下方向の運動であり,理学療法のみならず高齢者の健康増進プログラム(大江ら)の一つとして取り入れられている。しかしながら,スクワット動作,つまり,垂直方向への姿勢制御への加齢の影響はほとんど明らかにされていない。また,スクワット動作時の筋活動量の大きさの研究から大腿四頭筋群はスクワット動作において重要であることが報告されているが,下肢筋群の協調性についても明らかにされていない。本研究では,垂直方向への姿勢制御の加齢の影響を明らかにするため,高齢者のスクワット動作時の重心運動と下肢筋活動について調べた。
【方法】健康高齢者18名(平均年齢70.7±3.7歳)を対象とした。過去1年以内に転倒歴の無い者であった。スクワット動作は安静直立位から開始し,「音の合図後,出来るだけ早く,しゃがみ込んで下さい。踵やつま先を浮かせてはいけません。また,胸の前で組んだ腕が太ももに当たらないようにして下さい。」と指示し,音刺激後に開始させた。解析は安静立位から重心最大下方位までとし,5回実施した。試行間に十分な休息を与えた。重心位置を測定するためWinterら(1995)の方法に従い,反射マーカーを設置し,3次元動作解析装置を用いて記録した(100Hz)。筋電計を用いて,大腿直筋,大腿二頭筋外側頭,前脛骨筋,腓腹筋の筋活動を記録した(1kHz)。重心座標信号は10 Hz,筋活動信号は整流化後,3 Hzのローパスフィルタによる平滑化信号処理を行った。運動開始の音刺激の合図を基準として各データを再配列し,5試行の加算平均を各被験者のデータとした。運動評価は音刺激に対する下方への重心反応時間,重心最大下方位(%:身長で正規化),下方への最大重心速度を算出めた。スクワット動作時の下肢筋活動の解析は開始時刻及び抑制時刻を計測した。さらに,本研究では加齢の影響の推移を調べるために対象を60代と70代に分け,統計解析を用いて比較検討した。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究は本学に設置されている倫理委員会の承認を得ており,同意を得たものが実験に参加した(11-3)。
【結 果】重心反応時間は全体で331.1±122.6[標準偏差]msec,70代で374.4±115.5 msec,60代で396.5±110.5 msecで年代間に差はなかった。下方への重心移動は全体で17.3±5.8%,70代で14.6±4.8%,60代で20.7±5.4%,70代は有意に浅いスクワット動作であった(p<0.05)。下方への最大重心速度は全体で-43.6±1.7 cm/sec,70代(-35.3±15.2 cm/sec)は60代(-54.0±13.8 cm/sec)に比べ有意に遅い速度であった。音刺激後,背側の大腿二頭筋(200.1±153.0 msec),腓腹筋(232.9±193.8 msec)の抑制と腹側の前脛骨筋(194.4±133.3 msec)の活動がほぼ同時に観察された。その後,全ての筋群で活動が観察され,大腿二頭筋(350.0±133.3 msec),大腿四頭筋(360.2±230.1 msec),腓腹筋(519.5±379.9 msec)の順であった。さらに,70代の腓腹筋の抑制開始時刻(343.8±199.3 msec)が60代(94.3±32.3msec)に比べて有意に遅延していた。
【考察】一般的に,高齢者の姿勢制御の特徴は反応時間の遅れである。反応の遅れ及び反応速度の低下は中枢神経での処理過程の影響が大きいとされている。吉永らは,単純なジャンプ課題では高齢者と若年者の反応時間に差を認めず,計算問題を負荷したジャンプ課題で差を認めたと報告している。今回の反応時間の結果は課題の難易度に依存していたと考えらえられる。70代高齢者は60代高齢者に比べて遅く浅いスクワット動作であったことは,転倒防止のための防御姿勢(重心を低くした姿勢)を取ることを困難にさせ,より転倒のリスクが高くなる可能性を示唆する。本研究はスクワット動作時の筋活動を経時的に調べ,音刺激後に前脛骨筋の活動開始と拮抗筋の腓腹筋の抑制がほぼ同時にみられることが明らかになった。さらに,70代での腓腹筋の活動抑制の遅れは前脛骨筋の働きを低下させ,円滑な下方への重心移動や足関節による姿勢戦略の制限となっている可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】本研究は垂直方向への姿勢制御の加齢の影響を調べるために,理学療法で幅広く用いられているスクワット動作を用いて高齢者を対象に実験を行った。本研究結果は高齢者に対する健康増進への理学療法および介護予防プログラムに知見を与え,国民の健康増進の一助と成る。
【方法】健康高齢者18名(平均年齢70.7±3.7歳)を対象とした。過去1年以内に転倒歴の無い者であった。スクワット動作は安静直立位から開始し,「音の合図後,出来るだけ早く,しゃがみ込んで下さい。踵やつま先を浮かせてはいけません。また,胸の前で組んだ腕が太ももに当たらないようにして下さい。」と指示し,音刺激後に開始させた。解析は安静立位から重心最大下方位までとし,5回実施した。試行間に十分な休息を与えた。重心位置を測定するためWinterら(1995)の方法に従い,反射マーカーを設置し,3次元動作解析装置を用いて記録した(100Hz)。筋電計を用いて,大腿直筋,大腿二頭筋外側頭,前脛骨筋,腓腹筋の筋活動を記録した(1kHz)。重心座標信号は10 Hz,筋活動信号は整流化後,3 Hzのローパスフィルタによる平滑化信号処理を行った。運動開始の音刺激の合図を基準として各データを再配列し,5試行の加算平均を各被験者のデータとした。運動評価は音刺激に対する下方への重心反応時間,重心最大下方位(%:身長で正規化),下方への最大重心速度を算出めた。スクワット動作時の下肢筋活動の解析は開始時刻及び抑制時刻を計測した。さらに,本研究では加齢の影響の推移を調べるために対象を60代と70代に分け,統計解析を用いて比較検討した。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究は本学に設置されている倫理委員会の承認を得ており,同意を得たものが実験に参加した(11-3)。
【結 果】重心反応時間は全体で331.1±122.6[標準偏差]msec,70代で374.4±115.5 msec,60代で396.5±110.5 msecで年代間に差はなかった。下方への重心移動は全体で17.3±5.8%,70代で14.6±4.8%,60代で20.7±5.4%,70代は有意に浅いスクワット動作であった(p<0.05)。下方への最大重心速度は全体で-43.6±1.7 cm/sec,70代(-35.3±15.2 cm/sec)は60代(-54.0±13.8 cm/sec)に比べ有意に遅い速度であった。音刺激後,背側の大腿二頭筋(200.1±153.0 msec),腓腹筋(232.9±193.8 msec)の抑制と腹側の前脛骨筋(194.4±133.3 msec)の活動がほぼ同時に観察された。その後,全ての筋群で活動が観察され,大腿二頭筋(350.0±133.3 msec),大腿四頭筋(360.2±230.1 msec),腓腹筋(519.5±379.9 msec)の順であった。さらに,70代の腓腹筋の抑制開始時刻(343.8±199.3 msec)が60代(94.3±32.3msec)に比べて有意に遅延していた。
【考察】一般的に,高齢者の姿勢制御の特徴は反応時間の遅れである。反応の遅れ及び反応速度の低下は中枢神経での処理過程の影響が大きいとされている。吉永らは,単純なジャンプ課題では高齢者と若年者の反応時間に差を認めず,計算問題を負荷したジャンプ課題で差を認めたと報告している。今回の反応時間の結果は課題の難易度に依存していたと考えらえられる。70代高齢者は60代高齢者に比べて遅く浅いスクワット動作であったことは,転倒防止のための防御姿勢(重心を低くした姿勢)を取ることを困難にさせ,より転倒のリスクが高くなる可能性を示唆する。本研究はスクワット動作時の筋活動を経時的に調べ,音刺激後に前脛骨筋の活動開始と拮抗筋の腓腹筋の抑制がほぼ同時にみられることが明らかになった。さらに,70代での腓腹筋の活動抑制の遅れは前脛骨筋の働きを低下させ,円滑な下方への重心移動や足関節による姿勢戦略の制限となっている可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】本研究は垂直方向への姿勢制御の加齢の影響を調べるために,理学療法で幅広く用いられているスクワット動作を用いて高齢者を対象に実験を行った。本研究結果は高齢者に対する健康増進への理学療法および介護予防プログラムに知見を与え,国民の健康増進の一助と成る。