[1262] 特発性正常圧水頭症患者の歩行障害に対する歩行距離負荷の影響
キーワード:正常圧水頭症, 歩行障害, 6分間歩行試験
【はじめに,目的】
特発性正常圧水頭症(iNPH)患者は歩幅の減少,足部の挙上不良,開脚歩行など特徴的な歩行障害を呈する。そのためiNPHガイドラインでは診断補助や治療の効果判定方法のひとつとして3m Timed Up and Go(TUG)による歩行評価が推奨されている。しかし,TUGで歩行障害が軽度と判定されても,歩行距離が延びると歩行障害が増悪する患者が少なからずいる。また,これまでiNPH患者の歩行持久性を調査した研究は少なく,歩行距離負荷が歩行能力に与える影響は明らかではない。本研究では,歩行障害が軽度のiNPH患者にTUGと6分間歩行試験(6MWT)を行い,歩行距離負荷がiNPH患者の歩行能力に与える影響を検討した。また,髄液シャント術前後でのTUGと6MWTを比較し,iNPH患者の診断における6MWT・歩行距離負荷の有用性について検討した。
【方法】
iNPH grading scale改訂版の歩行障害で2以下かつ,屋外活動可能の指標となるTUGが術前20秒以内のiNPH患者14名を対象とし,iNPH以外の神経疾患や歩行に影響する運動器疾患,ならびに内部障害を合併する患者は除外した。事前に患者あるいは家族に5分程度の歩行で歩行障害が増悪するか否かを問い,「増悪する」と答えた増悪群7名(男性6名,女性1名,平均年齢76.0±3.0歳,iNPH grading scale改訂版の歩行障害(中央値)2)と「増悪しない」と答えた非増悪群7名(男性5名,女性2名,平均年齢75.1±5.3歳,歩行障害2)の2群に分け,髄液シャント術前および術後1週時にTUG,6MWT,下肢筋力を測定した。TUG,下肢筋力(徒手筋力測定器を用いた両側膝関節伸展筋力)は3回の測定値を平均し,6MWTは総距離に加えて1分ごとの距離と歩数,脈拍数を測定し歩幅と歩行率を算出した。統計はTUG,6MWT総距離,下肢筋力の群間比較は対応のないt検定を用い,術前後比較には対応のあるt検定を用いた。6MWTでの1分ごとの歩幅,歩行率,脈拍数は群間と時系列間を要因とした二元配置分散分析を行い,相互作用に有意差があった場合に単純主効果の検定と多重比較検定を実施した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は倫理委員会の承認後,患者と家族に研究の主旨を口頭と書面を用いて説明し,文書にて同意を得た上で実施した。
【結果】
増悪群,非増悪群の患者背景に差はなかった。下肢筋力は群間,術前後間ともに有意差はなかった。TUG(秒)は増悪群で術前13.9±2.3,術後13.3±2.2,非増悪群で術前12.9±2.1,術後12.4±2.1であり,群間,術前後間ともに有意差はなかった。6MWTの総距離(m)は増悪群で術前236±34,術後303±32,非増悪群で術前320±21,術後327±22であり,術前の群間および増悪群の術前後間の比較で有意差を認めたが,術後の群間および非増悪群の術前後間では有意差はなかった。さらに,時系列間の比較では,増悪群の術前6MWTでの歩幅が開始1分と比較して3分以降6分終了時まで減少し,歩行率は開始1分と比較して3分以降6分終了時まで増大したが,脈拍数は群間,時系列間で変化を認めなかった。また,術後6MWTの歩幅,歩行率,脈拍数は群間,時系列間で有意差はなかった。
【考察】
増悪群では,術前6MWTの歩幅と歩行率において,時系列群間比較での悪化,術後6MWTの総距離の伸びを認めたが,髄液シャント術前後でのTUGは増悪群,非増悪群とも有意な変化を認めなかった。また,増悪群の術後6MWTでは,術前に認めた歩行負荷時の歩幅,歩行率の悪化はなかった。一方,髄液シャント術前後で6MWTの歩行距離負荷時の歩行障害は改善したが,群間,術前後間で下肢筋力や6MWT中の脈拍数に変化はなかった。よって,増悪群術後の歩行距離負荷時の歩幅と歩行率の変化に,全身持久力などが影響を与えた可能性は低く,歩行距離負荷時の歩行障害増悪はiNPHに起因した中枢神経系の異常であると考えられる。また,iNPHは緩徐進行性であるので,歩行障害が軽度なiNPH患者の6MWTの3分以降の歩幅,歩行率の変化は,歩行障害重症化の前段階を捉えている可能性がある。以上より,iNPH患者の歩行障害の重症化を早期に診断するためには6MWTにおける歩行距離負荷が有用な評価になり得ると考える。
【理学療法学研究としての意義】
iNPHでは早期診断,早期治療が重要であり,歩行障害が重症化する前に適切な歩行評価を行う必要がある。そのため,理学療法士が果たす役割は大きい。今回,6MWTがその有用な評価法となる可能性が示された。
特発性正常圧水頭症(iNPH)患者は歩幅の減少,足部の挙上不良,開脚歩行など特徴的な歩行障害を呈する。そのためiNPHガイドラインでは診断補助や治療の効果判定方法のひとつとして3m Timed Up and Go(TUG)による歩行評価が推奨されている。しかし,TUGで歩行障害が軽度と判定されても,歩行距離が延びると歩行障害が増悪する患者が少なからずいる。また,これまでiNPH患者の歩行持久性を調査した研究は少なく,歩行距離負荷が歩行能力に与える影響は明らかではない。本研究では,歩行障害が軽度のiNPH患者にTUGと6分間歩行試験(6MWT)を行い,歩行距離負荷がiNPH患者の歩行能力に与える影響を検討した。また,髄液シャント術前後でのTUGと6MWTを比較し,iNPH患者の診断における6MWT・歩行距離負荷の有用性について検討した。
【方法】
iNPH grading scale改訂版の歩行障害で2以下かつ,屋外活動可能の指標となるTUGが術前20秒以内のiNPH患者14名を対象とし,iNPH以外の神経疾患や歩行に影響する運動器疾患,ならびに内部障害を合併する患者は除外した。事前に患者あるいは家族に5分程度の歩行で歩行障害が増悪するか否かを問い,「増悪する」と答えた増悪群7名(男性6名,女性1名,平均年齢76.0±3.0歳,iNPH grading scale改訂版の歩行障害(中央値)2)と「増悪しない」と答えた非増悪群7名(男性5名,女性2名,平均年齢75.1±5.3歳,歩行障害2)の2群に分け,髄液シャント術前および術後1週時にTUG,6MWT,下肢筋力を測定した。TUG,下肢筋力(徒手筋力測定器を用いた両側膝関節伸展筋力)は3回の測定値を平均し,6MWTは総距離に加えて1分ごとの距離と歩数,脈拍数を測定し歩幅と歩行率を算出した。統計はTUG,6MWT総距離,下肢筋力の群間比較は対応のないt検定を用い,術前後比較には対応のあるt検定を用いた。6MWTでの1分ごとの歩幅,歩行率,脈拍数は群間と時系列間を要因とした二元配置分散分析を行い,相互作用に有意差があった場合に単純主効果の検定と多重比較検定を実施した。有意水準は5%とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は倫理委員会の承認後,患者と家族に研究の主旨を口頭と書面を用いて説明し,文書にて同意を得た上で実施した。
【結果】
増悪群,非増悪群の患者背景に差はなかった。下肢筋力は群間,術前後間ともに有意差はなかった。TUG(秒)は増悪群で術前13.9±2.3,術後13.3±2.2,非増悪群で術前12.9±2.1,術後12.4±2.1であり,群間,術前後間ともに有意差はなかった。6MWTの総距離(m)は増悪群で術前236±34,術後303±32,非増悪群で術前320±21,術後327±22であり,術前の群間および増悪群の術前後間の比較で有意差を認めたが,術後の群間および非増悪群の術前後間では有意差はなかった。さらに,時系列間の比較では,増悪群の術前6MWTでの歩幅が開始1分と比較して3分以降6分終了時まで減少し,歩行率は開始1分と比較して3分以降6分終了時まで増大したが,脈拍数は群間,時系列間で変化を認めなかった。また,術後6MWTの歩幅,歩行率,脈拍数は群間,時系列間で有意差はなかった。
【考察】
増悪群では,術前6MWTの歩幅と歩行率において,時系列群間比較での悪化,術後6MWTの総距離の伸びを認めたが,髄液シャント術前後でのTUGは増悪群,非増悪群とも有意な変化を認めなかった。また,増悪群の術後6MWTでは,術前に認めた歩行負荷時の歩幅,歩行率の悪化はなかった。一方,髄液シャント術前後で6MWTの歩行距離負荷時の歩行障害は改善したが,群間,術前後間で下肢筋力や6MWT中の脈拍数に変化はなかった。よって,増悪群術後の歩行距離負荷時の歩幅と歩行率の変化に,全身持久力などが影響を与えた可能性は低く,歩行距離負荷時の歩行障害増悪はiNPHに起因した中枢神経系の異常であると考えられる。また,iNPHは緩徐進行性であるので,歩行障害が軽度なiNPH患者の6MWTの3分以降の歩幅,歩行率の変化は,歩行障害重症化の前段階を捉えている可能性がある。以上より,iNPH患者の歩行障害の重症化を早期に診断するためには6MWTにおける歩行距離負荷が有用な評価になり得ると考える。
【理学療法学研究としての意義】
iNPHでは早期診断,早期治療が重要であり,歩行障害が重症化する前に適切な歩行評価を行う必要がある。そのため,理学療法士が果たす役割は大きい。今回,6MWTがその有用な評価法となる可能性が示された。