[1347] 変形性股関節症患者の歩行時股関節モーメントの推定に有用な運動学的変数は何か?
Keywords:変形性股関節症, 歩行, 関節モーメント
【はじめに,目的】
変形性股関節症(以下,股OA)は,関節可動域制限や疼痛,筋力低下を生じるため,歩行動作に著しい障害を認める。股OA患者の歩行の特徴としては,歩行速度や歩幅の減少,股関節角度の減少に加え,股関節モーメントの減少が挙げられる。関節モーメントは動作時の筋力発揮を意味し,歩行障害の運動力学的側面の評価として重要な指標である。しかし,関節モーメントは,3次元動作解析装置や床反力計などの機器を用いなければ測定が困難であり,臨床における視覚的な歩行分析では評価が困難である。そこで我々は,関節モーメントと関連する変数を視覚的に観察が可能な関節角度などの運動学的変数の中から抽出することができれば,臨床における歩行分析に有用と考えた。しかし,渉猟しうる範囲ではそのような研究は存在しない。本研究の目的は,股OA患者の歩行時の股関節モーメントと関連する運動学的変数(下肢関節,骨盤,体幹の角度・変位など)を明らかにすることである。
【方法】
対象は,股OAの女性患者21名(年齢59.5±5.8歳)とした。股OA患者の病期は全例末期であり,Harris hip scoreは61.9±13.4点であった。歩行動作の測定は,約7mの歩行路における自然歩行を,3次元動作解析装置(Vicon Motion Systems社製:200Hz)と床反力計(Kistler社製:1000Hz)を用いて記録した。数回の練習の後に,安定して行えた自然歩行を3試行記録した。測定時には,Tシャツとスパッツを着用し,plug-in-gaitモデルに準じて両下肢,骨盤,体幹に反射マーカーを貼付した。歩行は杖無しでの独歩で測定した。得られたデータから,歩行速度,歩行中の内的股関節伸展・屈曲・外転モーメントの最大値とともに,運動学的変数として,股関節屈曲・伸展,外転・内転,膝関節伸展・屈曲,足関節背屈・底屈の各角度,骨盤・体幹の3平面の各角度について,最大値と接地時,離地時の角度を求めた。また,骨盤に対する体幹の前後・左右方向の変位として,左右上後腸骨棘のマーカーの中点に対するC7マーカーの前後・左右方向の変位量を測定し,最大値と接地時,離地時の値を求めた。なお,関節モーメントは体重と下肢長で,骨盤に対する体幹の変位量は身長でそれぞれ標準化した。各変数について,3試行の平均値を解析に用いた。股関節モーメントと運動学的変数との関連性について,歩行速度を制御変数とした偏相関分析を行った。
【倫理的配慮,説明と同意】
所属施設の倫理委員会の承認を得て,対象者には本研究の主旨を書面及び口頭で説明し参加への同意を書面で得た。
【結果】
歩行速度は1.0±0.1 m/秒であった。偏相関分析において,股関節屈曲モーメントは,股関節伸展角度と正の相関(r=0.66,p<0.01),骨盤前傾角度の最大値と負の相関(r=-0.60,p<0.01)を認めた。股関節伸展モーメントについては,股関節角度および骨盤・体幹の角度や変位量とは有意な相関を認めず,離地時の膝関節角度および遊脚期の最大膝関節屈曲角度と有意な正の相関を認めた(r=0.65,p<0.01;r=0.57,p<0.01)。股関節外転モーメントについては,体幹の患側への側屈角度と負の相関(r=-0.46,p<0.05)を認めたが,股関節および骨盤の角度とは有意な相関関係を認めなかった。
【考察】
股関節屈曲モーメントについては,立脚期後半の股関節伸展制限やその代償として生じる骨盤前傾角度の増加に着目することの重要性が示された。また,患側への体幹側屈が大きくなるとモーメントアームが減少し股関節外転モーメントは低下する関係にあり,股関節外転モーメントについては股関節や骨盤の動きよりも体幹の傾斜に着目することが重要であると考えられる。一方,立脚期前半に生じる股関節伸展モーメントは,離地時および遊脚期の膝関節屈曲角度と関連した。離地時や遊脚期の膝関節屈曲角度は,下肢の前方への振り出しの速度と関連することが報告されている。膝関節屈曲角度が大きいことは振り出しの速度が大きいことを意味し,接地時の衝撃も大きくなるため,その緩衝のために股関節伸展モーメントが増加するのではないかと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究により,股関節伸展モーメントについては股伸展角度と骨盤前傾角度,股関節屈曲モーメントについては離地時および遊脚期の膝屈曲角度,股関節外転モーメントについては体幹側屈角度に着目することが有用であることが示唆された。本研究は,多様な代償歩行を呈する股OA患者を対象とした臨床における視覚的な歩行分析にとって,重要な知見を提供するものと考える。
変形性股関節症(以下,股OA)は,関節可動域制限や疼痛,筋力低下を生じるため,歩行動作に著しい障害を認める。股OA患者の歩行の特徴としては,歩行速度や歩幅の減少,股関節角度の減少に加え,股関節モーメントの減少が挙げられる。関節モーメントは動作時の筋力発揮を意味し,歩行障害の運動力学的側面の評価として重要な指標である。しかし,関節モーメントは,3次元動作解析装置や床反力計などの機器を用いなければ測定が困難であり,臨床における視覚的な歩行分析では評価が困難である。そこで我々は,関節モーメントと関連する変数を視覚的に観察が可能な関節角度などの運動学的変数の中から抽出することができれば,臨床における歩行分析に有用と考えた。しかし,渉猟しうる範囲ではそのような研究は存在しない。本研究の目的は,股OA患者の歩行時の股関節モーメントと関連する運動学的変数(下肢関節,骨盤,体幹の角度・変位など)を明らかにすることである。
【方法】
対象は,股OAの女性患者21名(年齢59.5±5.8歳)とした。股OA患者の病期は全例末期であり,Harris hip scoreは61.9±13.4点であった。歩行動作の測定は,約7mの歩行路における自然歩行を,3次元動作解析装置(Vicon Motion Systems社製:200Hz)と床反力計(Kistler社製:1000Hz)を用いて記録した。数回の練習の後に,安定して行えた自然歩行を3試行記録した。測定時には,Tシャツとスパッツを着用し,plug-in-gaitモデルに準じて両下肢,骨盤,体幹に反射マーカーを貼付した。歩行は杖無しでの独歩で測定した。得られたデータから,歩行速度,歩行中の内的股関節伸展・屈曲・外転モーメントの最大値とともに,運動学的変数として,股関節屈曲・伸展,外転・内転,膝関節伸展・屈曲,足関節背屈・底屈の各角度,骨盤・体幹の3平面の各角度について,最大値と接地時,離地時の角度を求めた。また,骨盤に対する体幹の前後・左右方向の変位として,左右上後腸骨棘のマーカーの中点に対するC7マーカーの前後・左右方向の変位量を測定し,最大値と接地時,離地時の値を求めた。なお,関節モーメントは体重と下肢長で,骨盤に対する体幹の変位量は身長でそれぞれ標準化した。各変数について,3試行の平均値を解析に用いた。股関節モーメントと運動学的変数との関連性について,歩行速度を制御変数とした偏相関分析を行った。
【倫理的配慮,説明と同意】
所属施設の倫理委員会の承認を得て,対象者には本研究の主旨を書面及び口頭で説明し参加への同意を書面で得た。
【結果】
歩行速度は1.0±0.1 m/秒であった。偏相関分析において,股関節屈曲モーメントは,股関節伸展角度と正の相関(r=0.66,p<0.01),骨盤前傾角度の最大値と負の相関(r=-0.60,p<0.01)を認めた。股関節伸展モーメントについては,股関節角度および骨盤・体幹の角度や変位量とは有意な相関を認めず,離地時の膝関節角度および遊脚期の最大膝関節屈曲角度と有意な正の相関を認めた(r=0.65,p<0.01;r=0.57,p<0.01)。股関節外転モーメントについては,体幹の患側への側屈角度と負の相関(r=-0.46,p<0.05)を認めたが,股関節および骨盤の角度とは有意な相関関係を認めなかった。
【考察】
股関節屈曲モーメントについては,立脚期後半の股関節伸展制限やその代償として生じる骨盤前傾角度の増加に着目することの重要性が示された。また,患側への体幹側屈が大きくなるとモーメントアームが減少し股関節外転モーメントは低下する関係にあり,股関節外転モーメントについては股関節や骨盤の動きよりも体幹の傾斜に着目することが重要であると考えられる。一方,立脚期前半に生じる股関節伸展モーメントは,離地時および遊脚期の膝関節屈曲角度と関連した。離地時や遊脚期の膝関節屈曲角度は,下肢の前方への振り出しの速度と関連することが報告されている。膝関節屈曲角度が大きいことは振り出しの速度が大きいことを意味し,接地時の衝撃も大きくなるため,その緩衝のために股関節伸展モーメントが増加するのではないかと考えられる。
【理学療法学研究としての意義】
本研究により,股関節伸展モーメントについては股伸展角度と骨盤前傾角度,股関節屈曲モーメントについては離地時および遊脚期の膝屈曲角度,股関節外転モーメントについては体幹側屈角度に着目することが有用であることが示唆された。本研究は,多様な代償歩行を呈する股OA患者を対象とした臨床における視覚的な歩行分析にとって,重要な知見を提供するものと考える。