[1355] 多発外傷後の創傷治癒遷延により足関節高度底屈拘縮を呈した一症例
キーワード:多発外傷, 拘縮, 関節可動域
【はじめに,目的】
多発外傷は,解剖学的再建の困難さや骨癒合不全,運動器以外の臓器損傷や感染症などの合併症により,十分な機能回復を図ることに難渋する例も存在する。本症例は,骨接合部のプレート露出による皮弁形成術を余儀なくされ,骨癒合不全や創傷治癒の遷延,合併症による複数回に渡る観血的治療により長期安静臥床を余儀なくされた為,足関節に高度な拘縮を呈することとなった。本症例に対する理学療法によって,足関節拘縮の改善とともに両松葉杖歩行の獲得に至った。本症例の経過と実施した理学療法を,特に足関節背屈可動域の改善と歩行獲得との関連に着目し,若干の考察を加えて報告する。
【方法】
症例は,運送業に従事する60歳代の男性である。診断名は右脛腓骨遠位端開放骨折,右大腿骨顆上骨折,深部静脈血栓症(以下DVT),右下腿潰瘍,右腸骨骨折,右恥坐骨骨折,左坐骨骨折,第1腰椎圧迫骨折,第2~4右横突起骨折,外傷性気胸,出血性ショックであった。現病歴は,仕事中に500kgの鉄板が右下肢へ落下して受傷し,他院にて創外固定術が施行された。受傷8日後に右大腿骨顆上骨折に対しプレート固定術,受傷18日後に右脛腓骨遠位端開放骨折に対しプレート固定術が施行された。受傷35日後に右総腸骨動脈のDVT発症し,受傷52日後に右下腿部の皮膚壊死を認め,固定部分よりプレート露出となったため,逆行性腓腹部島状皮弁形成術が施行された。理学療法は,受傷60日後に右膝関節可動域(以下ROM)練習開始され,受傷73日後に右足関節ROM練習開始,受傷78日後より10kg荷重開始となった。受傷123日後にリハビリテーション目的で当院入院となった。入院時の理学療法評価は,右膝関節屈曲70°,伸展0°,右足関節背屈-50°,底屈60°で右下腿の浮腫が残存し,皮弁形成部の生着が不十分で滲出液が認められた。歩行は,高度底屈拘縮によりtoe-touch荷重で,荷重時痛を認めた。積極的な荷重が困難な為,当院入院後よりPTB装具にて下腿への荷重を制御し,足関節ROM改善を優先した。
【倫理的配慮,説明と同意】
症例には,ヘルシンキ宣言に基づき本報告の趣旨を十分に説明し書面にて同意を得た。また,当院倫理委員会での承諾を得た。
【結果】
初期の理学療法は,右足関節可動域改善と浮腫軽減を目的に下肢全体のsoft dressingと患肢拳上,足趾の自動運動をベッドサイドより徹底した。足関節後方組織の拘縮が著しいため,長母趾屈筋(以下FHL)や長趾屈筋,後脛骨筋を中心とした下腿後面深層筋群への筋収縮と腱の滑走を促し,kager’s fat padの柔軟性改善操作を積極的に実施した。また,背屈操作に伴う遠位脛腓関節の離開ストレスに考慮しながら後方関節包へのストレッチングを実施した。理学療法介入(以下,介入)8週後に背屈-15°まで改善したが,背屈角度の変化が停滞した。また,同時にX-Pにて骨萎縮の進行を認めことから,主治医と協議の上でPTB装具を除去し,1/2荷重より再開した。荷重を2週毎に5kgずつ増大し,介入15週後に背屈-5°まで改善した。しかし,右足関節最大背屈時における母趾伸展不足を認め,FHLの滑走障害が残存していた為,踵補高を母趾側への荷重誘導を促す目的で実施した。介入18週後に背屈角度5°,介入21週後に両松葉杖歩行を獲得して自宅退院となった。
【考察】
本症例は,高エネルギー外傷による多発外傷を呈し,骨折部の不安定性や血行障害と感染症によって皮膚壊死を生じたため植皮を余儀なくされ,長期安静臥床ならびに固定を要したため足関節を中心とした著しい下肢機能障害が生じた。当院介入初期は,著しい足関節ROM制限と浮腫,自動運動が殆ど行えない状況から,関節構成体の拘縮形成と足関節周囲筋腱の癒着による滑走障害を呈していた。そのため浮腫の軽減ならびに積極的自動運動による滑走障害の改善に努めた。徐々に足関節背屈ROMの改善が得られたものの停滞する時期があり,評価からFHLの関与がうかがわれた。FHLは下腿深後側コンパートメント内の深層筋で,足関節の後方で距骨後突起内外結節間を通過する。FHLの拘縮によって足関節背屈時の距骨後方回転が制限され,足関節窩に入り込めずに背屈制限を生じる。そこで,FHLを中心とした足関節底屈筋群の選択的自動運動によるamplitudeとexcursionを促した結果,背屈角度が改善し両松葉杖歩行の獲得に至ったものと考えられる。このような長期経過を辿り,著しい拘縮を呈した症例においても,適切な病態把握と理学療法の実施において,良好な結果につながることを理解することができた。
【理学療法学研究としての意義】
多発外傷の症例において,長期経過を辿り著しい拘縮が生じても,適切な理学療法の実施により拘縮の改善にともなう歩行獲得や日常生活活動の改善につながることが示唆されたと考えられる。
多発外傷は,解剖学的再建の困難さや骨癒合不全,運動器以外の臓器損傷や感染症などの合併症により,十分な機能回復を図ることに難渋する例も存在する。本症例は,骨接合部のプレート露出による皮弁形成術を余儀なくされ,骨癒合不全や創傷治癒の遷延,合併症による複数回に渡る観血的治療により長期安静臥床を余儀なくされた為,足関節に高度な拘縮を呈することとなった。本症例に対する理学療法によって,足関節拘縮の改善とともに両松葉杖歩行の獲得に至った。本症例の経過と実施した理学療法を,特に足関節背屈可動域の改善と歩行獲得との関連に着目し,若干の考察を加えて報告する。
【方法】
症例は,運送業に従事する60歳代の男性である。診断名は右脛腓骨遠位端開放骨折,右大腿骨顆上骨折,深部静脈血栓症(以下DVT),右下腿潰瘍,右腸骨骨折,右恥坐骨骨折,左坐骨骨折,第1腰椎圧迫骨折,第2~4右横突起骨折,外傷性気胸,出血性ショックであった。現病歴は,仕事中に500kgの鉄板が右下肢へ落下して受傷し,他院にて創外固定術が施行された。受傷8日後に右大腿骨顆上骨折に対しプレート固定術,受傷18日後に右脛腓骨遠位端開放骨折に対しプレート固定術が施行された。受傷35日後に右総腸骨動脈のDVT発症し,受傷52日後に右下腿部の皮膚壊死を認め,固定部分よりプレート露出となったため,逆行性腓腹部島状皮弁形成術が施行された。理学療法は,受傷60日後に右膝関節可動域(以下ROM)練習開始され,受傷73日後に右足関節ROM練習開始,受傷78日後より10kg荷重開始となった。受傷123日後にリハビリテーション目的で当院入院となった。入院時の理学療法評価は,右膝関節屈曲70°,伸展0°,右足関節背屈-50°,底屈60°で右下腿の浮腫が残存し,皮弁形成部の生着が不十分で滲出液が認められた。歩行は,高度底屈拘縮によりtoe-touch荷重で,荷重時痛を認めた。積極的な荷重が困難な為,当院入院後よりPTB装具にて下腿への荷重を制御し,足関節ROM改善を優先した。
【倫理的配慮,説明と同意】
症例には,ヘルシンキ宣言に基づき本報告の趣旨を十分に説明し書面にて同意を得た。また,当院倫理委員会での承諾を得た。
【結果】
初期の理学療法は,右足関節可動域改善と浮腫軽減を目的に下肢全体のsoft dressingと患肢拳上,足趾の自動運動をベッドサイドより徹底した。足関節後方組織の拘縮が著しいため,長母趾屈筋(以下FHL)や長趾屈筋,後脛骨筋を中心とした下腿後面深層筋群への筋収縮と腱の滑走を促し,kager’s fat padの柔軟性改善操作を積極的に実施した。また,背屈操作に伴う遠位脛腓関節の離開ストレスに考慮しながら後方関節包へのストレッチングを実施した。理学療法介入(以下,介入)8週後に背屈-15°まで改善したが,背屈角度の変化が停滞した。また,同時にX-Pにて骨萎縮の進行を認めことから,主治医と協議の上でPTB装具を除去し,1/2荷重より再開した。荷重を2週毎に5kgずつ増大し,介入15週後に背屈-5°まで改善した。しかし,右足関節最大背屈時における母趾伸展不足を認め,FHLの滑走障害が残存していた為,踵補高を母趾側への荷重誘導を促す目的で実施した。介入18週後に背屈角度5°,介入21週後に両松葉杖歩行を獲得して自宅退院となった。
【考察】
本症例は,高エネルギー外傷による多発外傷を呈し,骨折部の不安定性や血行障害と感染症によって皮膚壊死を生じたため植皮を余儀なくされ,長期安静臥床ならびに固定を要したため足関節を中心とした著しい下肢機能障害が生じた。当院介入初期は,著しい足関節ROM制限と浮腫,自動運動が殆ど行えない状況から,関節構成体の拘縮形成と足関節周囲筋腱の癒着による滑走障害を呈していた。そのため浮腫の軽減ならびに積極的自動運動による滑走障害の改善に努めた。徐々に足関節背屈ROMの改善が得られたものの停滞する時期があり,評価からFHLの関与がうかがわれた。FHLは下腿深後側コンパートメント内の深層筋で,足関節の後方で距骨後突起内外結節間を通過する。FHLの拘縮によって足関節背屈時の距骨後方回転が制限され,足関節窩に入り込めずに背屈制限を生じる。そこで,FHLを中心とした足関節底屈筋群の選択的自動運動によるamplitudeとexcursionを促した結果,背屈角度が改善し両松葉杖歩行の獲得に至ったものと考えられる。このような長期経過を辿り,著しい拘縮を呈した症例においても,適切な病態把握と理学療法の実施において,良好な結果につながることを理解することができた。
【理学療法学研究としての意義】
多発外傷の症例において,長期経過を辿り著しい拘縮が生じても,適切な理学療法の実施により拘縮の改善にともなう歩行獲得や日常生活活動の改善につながることが示唆されたと考えられる。