[1365] 高齢者におけるうつ症状と認知機能
Keywords:脳由来神経栄養因子, GDS, 高齢者
【はじめに,目的】
高齢期におけるうつ症状やうつ病は,認知機能の低下や認知症の危険性を上昇させることが明らかとされている。うつを有する高齢者の認知症予防戦略を企画するためには,どのような認知機能が低下し,その低下の介在因子を明らかにする必要がある。本研究では,地域在住高齢者を対象として,うつ病の診断を受けた者,うつ症状が認められた者,それ以外の者との間で認知機能に差があるかを検討するとともに,神経栄養因子や脳容量の差を検定し,これらがうつと認知機能低下との介在因子となるかを検討した。
【方法】
分析に用いたデータは,国立長寿医療研究センターが2011年8月~2012年2月に実施した高齢者健康増進のための大府研究(OSHPE)によるものである。アルツハイマー病,パーキンソン病,脳卒中の既往歴を有する者,要介護認定を受けていた者,基本的日常生活動作が自立していない者を除外した65歳以上の地域在住高齢者4352名(平均年齢:71.7±5.3歳,65から97歳,男性2085名,女性2267名)を対象とした。調査項目は,対象者を分割するためにうつ病の有無を聴取し,うつ症状を把握するためにgeriatric depression scale-15項目版(GDS-15)を用いて,6点以上の対象者をうつ症状ありとした。また,うつ病の診断を受けたものをうつ病ありとして,それ以外の対象者を症状なしとした。認知機能検査は,National Center for Geriatrics and Gerontology-Functional Assessment Tool(NCGG-FAT)を用いて実施した。記憶検査として単語の遅延再生と物語の遅延再認,実行機能として改訂版trail making test_partB(TMT)とsymbol digit substitution test(SDST)を測定した。神経栄養因子は血清の脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)を測定した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は国立長寿医療研究センターの倫理・利益相反委員会の承認を得た上で,ヘルシンキ宣言を遵守して実施した。対象者には本研究の主旨・目的を説明し,書面にて同意を得た。
【結果】
うつ症状のない群(3695名)は,単語遅延再生とTMTにおいてうつ症状群(570名)よりよい得点を示し,物語遅延再生とSDSTにおいてうつ病群(87名)より高得点であった。BDNFはうつ症状群とうつ群とが,症状なし群より低値を示した。うつ症状なしとあり群との脳萎縮度の比較において,うつ症状がある群は有意に右の内側側頭領域の萎縮が認められた。
【考察】
上記の結果は,記憶や実行機能検査がうつ症状を有する高齢者の認知機能低下を明らかにするために有用であることを示唆している。血清BDNFと右内側側頭領域の萎縮が,うつ症状と認知機能低下の間の介在因子としての役割を果たすのかもしれない。うつ病患者の脳内BDNF mRNAの発現や受容体であるTrkBの低下だけでなく,血中BDNFも健常者と比較して有意に低いことが報告されている。また,成人における血清BDNFとうつ症状との関連も認められており,本研究における高齢者の大規模調査においても同様の結果が得られた。うつ症状の改善のために運動療法の効果は明らかとされているが,そのメカニズムとして運動によるBDNFの発現が神経可塑性に影響し,これがうつ症状の軽減に関与しているかもしれないという従来からの仮説を本研究結果は支持するものである。
【理学療法学研究としての意義】
日本の後期高齢者数の増大は認知症者の増大を引き起こし,その根治的治療法がない現時点において予防対策は重要である。うつは認知症の重大な危険因子であり,うつ症状がある高齢者の認知機能の特徴を知ることは早期介入を可能にし,うつから認知症へと移行する介在因子を明らかにすることで,介入手段を検討する事が可能となる。今回明らかとなったBDNFは運動によって海馬に過剰発現するため,脳萎縮を抑制するために運動の習慣化が効果を持つ可能性がある。障害を有する高齢者は,うつ状態にある場合も多く,理学療法が運動療法を通してうつや認知症の予防に有効である可能性を今回の結果は示唆している。
高齢期におけるうつ症状やうつ病は,認知機能の低下や認知症の危険性を上昇させることが明らかとされている。うつを有する高齢者の認知症予防戦略を企画するためには,どのような認知機能が低下し,その低下の介在因子を明らかにする必要がある。本研究では,地域在住高齢者を対象として,うつ病の診断を受けた者,うつ症状が認められた者,それ以外の者との間で認知機能に差があるかを検討するとともに,神経栄養因子や脳容量の差を検定し,これらがうつと認知機能低下との介在因子となるかを検討した。
【方法】
分析に用いたデータは,国立長寿医療研究センターが2011年8月~2012年2月に実施した高齢者健康増進のための大府研究(OSHPE)によるものである。アルツハイマー病,パーキンソン病,脳卒中の既往歴を有する者,要介護認定を受けていた者,基本的日常生活動作が自立していない者を除外した65歳以上の地域在住高齢者4352名(平均年齢:71.7±5.3歳,65から97歳,男性2085名,女性2267名)を対象とした。調査項目は,対象者を分割するためにうつ病の有無を聴取し,うつ症状を把握するためにgeriatric depression scale-15項目版(GDS-15)を用いて,6点以上の対象者をうつ症状ありとした。また,うつ病の診断を受けたものをうつ病ありとして,それ以外の対象者を症状なしとした。認知機能検査は,National Center for Geriatrics and Gerontology-Functional Assessment Tool(NCGG-FAT)を用いて実施した。記憶検査として単語の遅延再生と物語の遅延再認,実行機能として改訂版trail making test_partB(TMT)とsymbol digit substitution test(SDST)を測定した。神経栄養因子は血清の脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor:BDNF)を測定した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は国立長寿医療研究センターの倫理・利益相反委員会の承認を得た上で,ヘルシンキ宣言を遵守して実施した。対象者には本研究の主旨・目的を説明し,書面にて同意を得た。
【結果】
うつ症状のない群(3695名)は,単語遅延再生とTMTにおいてうつ症状群(570名)よりよい得点を示し,物語遅延再生とSDSTにおいてうつ病群(87名)より高得点であった。BDNFはうつ症状群とうつ群とが,症状なし群より低値を示した。うつ症状なしとあり群との脳萎縮度の比較において,うつ症状がある群は有意に右の内側側頭領域の萎縮が認められた。
【考察】
上記の結果は,記憶や実行機能検査がうつ症状を有する高齢者の認知機能低下を明らかにするために有用であることを示唆している。血清BDNFと右内側側頭領域の萎縮が,うつ症状と認知機能低下の間の介在因子としての役割を果たすのかもしれない。うつ病患者の脳内BDNF mRNAの発現や受容体であるTrkBの低下だけでなく,血中BDNFも健常者と比較して有意に低いことが報告されている。また,成人における血清BDNFとうつ症状との関連も認められており,本研究における高齢者の大規模調査においても同様の結果が得られた。うつ症状の改善のために運動療法の効果は明らかとされているが,そのメカニズムとして運動によるBDNFの発現が神経可塑性に影響し,これがうつ症状の軽減に関与しているかもしれないという従来からの仮説を本研究結果は支持するものである。
【理学療法学研究としての意義】
日本の後期高齢者数の増大は認知症者の増大を引き起こし,その根治的治療法がない現時点において予防対策は重要である。うつは認知症の重大な危険因子であり,うつ症状がある高齢者の認知機能の特徴を知ることは早期介入を可能にし,うつから認知症へと移行する介在因子を明らかにすることで,介入手段を検討する事が可能となる。今回明らかとなったBDNFは運動によって海馬に過剰発現するため,脳萎縮を抑制するために運動の習慣化が効果を持つ可能性がある。障害を有する高齢者は,うつ状態にある場合も多く,理学療法が運動療法を通してうつや認知症の予防に有効である可能性を今回の結果は示唆している。