[1407] 心理的ストレス環境下における運動パフォーマンス
Keywords:ストレス, 歩行速度, 動作戦略
【はじめに,目的】
慎重さが求められる課題や人前で何かをするなどの心理的ストレス環境下では,パフォーマンスが変化し,本来の力が発揮できない状況を頻繁に経験する。例えば臨床において理学療法士が患者の歩行分析を行う場面も,患者にとっては心理的ストレスが高い環境と考えられる。本研究では心理的ストレス環境下におけるパフォーマンスの変化と個人の性格の影響について明らかにすることとした。
【方法】
実験参加者は課題動作を行う対象者として,健常成人13名(男性7名,女性6名:平均年齢20.1歳,平均身長164.5cm,平均体重58.8kg),対象者の歩容や表情を観察する観衆として,対象者と面識の少ない健常成人が計測日ごとに10名参加した。
対象者が行う課題動作は,グラス(水もしくは同量の粘土)を乗せたトレーを持ち,3mの歩行路を往復する課題とした。対象者には課題の遂行に際して,「水もしくは粘土をこぼさずになるべく速く運ぶ」ことを指示した。さらにこの2つの課題動作を,観衆がいる場合と観衆がいない場合とで実施し,計4条件を2日間に分けて実施した。また観衆には,対象者が課題を遂行する様子を観察し,歩容や表情の特徴を記録するよう指示した。
計測項目は各課題の実施前後に心理的ストレスの指標として唾液アミラーゼ(NIPRO CM-21)および心拍数(オキシガールS-105)を計測し,課題終了後には主観的な緊張度を10段階で聴取した。また課題遂行中にはこぼれた水の量,歩行の指標(歩行時間,歩数)を計測した。さらに,矢田部・ギルフォード性格検査(YG検査)にて対象者の性格を評価した。
データ解析は,対象者を観衆の前で歩行速度が速くなった群(7名)と遅くなった群(6名)とに分け,それぞれの特性を比較した。各計測項目について,水課題と粘土課題との差分を求め,課題の慎重さに要した値を求めた。これらの値について,群(速くなった群,遅くなった群)と観衆の有無(あり,なし)を要因とする2要因分散分析を用いて検定した。また各群の性格の特性も踏まえて考察した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は所属機関の倫理委員会の承認を受け(No.13-Io-108),対象者には研究の目的,方法,個人情報の取り扱いについて事前に説明し,同意を得た上で研究を実施した。
【結果】
心理的ストレスの指標では,主観的な緊張度のみで群の要因に主効果を認め(F=16.8,p<0.05),遅くなった群よりも速くなった群で有意に小さな値となった。唾液アミラーゼと心拍数では要因の主効果および交互作用は認められなかった(F>1)。
こぼれた水の量では,要因の有意な主効果および交互作用は認められなかった(F<1)。
歩数については,有意な交互作用が認められ(F=6.0,p<0.05),下位検定の結果,速くなった群は観衆がいる場合に歩数が有意に多くなっていた(p<0.05)。
各群のYG検査の結果をみると,遅くなった群ではA値,速くなった群ではR値が高い傾向が見られた。
【考察】
観衆の前で慎重にグラスを運ぶという,心理的ストレスの高い環境でのパフォーマンスを分析するために,観衆がいる場合に歩行速度を速くする戦略の群と遅くする戦略の群に分け,比較した。その結果,速くなった群は遅くなった群よりも主観的緊張度が低く,YG検査におけるR値が高い傾向にあった。R値が示す性格の傾向としては,のんき性が高く,慎重さに欠けるという特徴がある。そのためこの群の対象者は,慎重さよりもスピードを選択し,歩行時間が短縮したと考えられる。またこの群は観衆ありの条件で有意に歩数を増加させるという歩行の戦略に変化させていた。一方で観衆がいる場合に遅くなった群では,YG検査におけるA値が高い傾向にあった。A値が示す性格の傾向として,自己防衛本能が強く,人の意見よりも自身の意見を尊重するという特徴がある。そのためこの群の対象者は,「速く」という指示よりも自身のペースを保持した結果,歩行時間の延長が見られたと考えられる。
このように,心理的ストレスの環境下において歩行速度を速くするか遅くするかといった戦略の違いは,主観的な緊張度や性格の影響を受けることが明らかとなったが,こぼれた水の量には差が認められなかったため,どちらの戦略を用いても正確性には影響を与えないことが明らかとなった。
【理学療法学研究としての意義】
本研究から,人前を意識することでパフォーマンスの変化がみられることが分かった。そのため,人の目が患者に集中する動作分析時において,患者は普段のパフォーマンスとは異なる可能性が高いことが推測され,動作分析を行う理学療法士は普段のパフォーマンスと異なる可能性が高いことを考慮すること,また普段の生活に近い環境を設定することが必要であると考える。
慎重さが求められる課題や人前で何かをするなどの心理的ストレス環境下では,パフォーマンスが変化し,本来の力が発揮できない状況を頻繁に経験する。例えば臨床において理学療法士が患者の歩行分析を行う場面も,患者にとっては心理的ストレスが高い環境と考えられる。本研究では心理的ストレス環境下におけるパフォーマンスの変化と個人の性格の影響について明らかにすることとした。
【方法】
実験参加者は課題動作を行う対象者として,健常成人13名(男性7名,女性6名:平均年齢20.1歳,平均身長164.5cm,平均体重58.8kg),対象者の歩容や表情を観察する観衆として,対象者と面識の少ない健常成人が計測日ごとに10名参加した。
対象者が行う課題動作は,グラス(水もしくは同量の粘土)を乗せたトレーを持ち,3mの歩行路を往復する課題とした。対象者には課題の遂行に際して,「水もしくは粘土をこぼさずになるべく速く運ぶ」ことを指示した。さらにこの2つの課題動作を,観衆がいる場合と観衆がいない場合とで実施し,計4条件を2日間に分けて実施した。また観衆には,対象者が課題を遂行する様子を観察し,歩容や表情の特徴を記録するよう指示した。
計測項目は各課題の実施前後に心理的ストレスの指標として唾液アミラーゼ(NIPRO CM-21)および心拍数(オキシガールS-105)を計測し,課題終了後には主観的な緊張度を10段階で聴取した。また課題遂行中にはこぼれた水の量,歩行の指標(歩行時間,歩数)を計測した。さらに,矢田部・ギルフォード性格検査(YG検査)にて対象者の性格を評価した。
データ解析は,対象者を観衆の前で歩行速度が速くなった群(7名)と遅くなった群(6名)とに分け,それぞれの特性を比較した。各計測項目について,水課題と粘土課題との差分を求め,課題の慎重さに要した値を求めた。これらの値について,群(速くなった群,遅くなった群)と観衆の有無(あり,なし)を要因とする2要因分散分析を用いて検定した。また各群の性格の特性も踏まえて考察した。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は所属機関の倫理委員会の承認を受け(No.13-Io-108),対象者には研究の目的,方法,個人情報の取り扱いについて事前に説明し,同意を得た上で研究を実施した。
【結果】
心理的ストレスの指標では,主観的な緊張度のみで群の要因に主効果を認め(F=16.8,p<0.05),遅くなった群よりも速くなった群で有意に小さな値となった。唾液アミラーゼと心拍数では要因の主効果および交互作用は認められなかった(F>1)。
こぼれた水の量では,要因の有意な主効果および交互作用は認められなかった(F<1)。
歩数については,有意な交互作用が認められ(F=6.0,p<0.05),下位検定の結果,速くなった群は観衆がいる場合に歩数が有意に多くなっていた(p<0.05)。
各群のYG検査の結果をみると,遅くなった群ではA値,速くなった群ではR値が高い傾向が見られた。
【考察】
観衆の前で慎重にグラスを運ぶという,心理的ストレスの高い環境でのパフォーマンスを分析するために,観衆がいる場合に歩行速度を速くする戦略の群と遅くする戦略の群に分け,比較した。その結果,速くなった群は遅くなった群よりも主観的緊張度が低く,YG検査におけるR値が高い傾向にあった。R値が示す性格の傾向としては,のんき性が高く,慎重さに欠けるという特徴がある。そのためこの群の対象者は,慎重さよりもスピードを選択し,歩行時間が短縮したと考えられる。またこの群は観衆ありの条件で有意に歩数を増加させるという歩行の戦略に変化させていた。一方で観衆がいる場合に遅くなった群では,YG検査におけるA値が高い傾向にあった。A値が示す性格の傾向として,自己防衛本能が強く,人の意見よりも自身の意見を尊重するという特徴がある。そのためこの群の対象者は,「速く」という指示よりも自身のペースを保持した結果,歩行時間の延長が見られたと考えられる。
このように,心理的ストレスの環境下において歩行速度を速くするか遅くするかといった戦略の違いは,主観的な緊張度や性格の影響を受けることが明らかとなったが,こぼれた水の量には差が認められなかったため,どちらの戦略を用いても正確性には影響を与えないことが明らかとなった。
【理学療法学研究としての意義】
本研究から,人前を意識することでパフォーマンスの変化がみられることが分かった。そのため,人の目が患者に集中する動作分析時において,患者は普段のパフォーマンスとは異なる可能性が高いことが推測され,動作分析を行う理学療法士は普段のパフォーマンスと異なる可能性が高いことを考慮すること,また普段の生活に近い環境を設定することが必要であると考える。