第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 口述 » 基礎理学療法 口述

人体構造・機能情報学6

Sun. Jun 1, 2014 10:25 AM - 11:15 AM 第4会場 (3F 302)

座長:肥田朋子(名古屋学院大学リハビリテーション学部)

基礎 口述

[1416] 母指外転筋の3Dモデル作成とその部位別パラメータ解析

荒川高光1, Castanov Valera2, Li Zhi2, Roberts Shannon2, Agur Anne2 (1.神戸大学大学院保健学研究科, 2.Department of Surgery University of Toronto)

Keywords:骨格筋, 母指外転筋, 足部アーチ

【はじめに,目的】母指外転筋はヒトの足の内側縦アーチ動的支持に働く重要な筋である(Wong, 2007)。母指外転筋と母指内転筋の間の緊張度のバランスが崩れると外反母趾を引き起こすことも知られている。よって,母指外転筋の機能を正しく理解することは,足のアーチの維持や外反母趾後の対処だけでなく,変形の予防を考える上でも重要である。母指外転筋は基節骨に直接停止するだけでなく,内側種子骨を介して基節骨へ付着する。また,短母指屈筋の内側頭が母指外転筋の腱へと停止する。よって,母指外転筋はその部位ごとに機能が異なる可能性がある。演者は第48回日本理学療法学術大会において,足底の全ての筋群の3Dモデル作成に成功したこと,さらに得られた3Dモデルから筋の機能的パラメータを算出することが可能であったことを報告した。今回は対象を母指外転筋に絞り,母指外転筋の筋パラメータをその部位ごとに求めることで,母指外転筋の部位ごとの機能を考察することとした。
【方法】解剖学実習用遺体5体5側の足底の筋群を用いた。3Dモデル化にはMicroscribe G2DX digitizer(Immersion Corporation, San Jose, CA)を用いた。皮膚を剥離した後に,ボルトとプレートを用いて関節を固定し,三次元空間を定位した。続いて足底の筋群を底側から順に剖出した。筋を筋束レベルで1つの層として剥離し,その1つの層に観察される筋束を3D上の点と線としてデジタル化して記録した。記録した筋束を表層から順次除去し,深層の筋束に進んでいった。ある程度筋束を除去した後に腱の表面をデジタル化して記録した。得られた筋の3DデータはAutodesk® Maya®を用いて3Dモデル作成に使用した。得られた母指外転筋の3Dモデルの各筋束を,腱に付着する方向によって部位分けした。得られた3Dデータから筋束長/筋長,羽状角,筋ボリューム,生理学的横断面積(筋ボリューム/筋束長)を算出し,母指外転筋の部位ごとのデータも求めた。
【倫理的配慮,説明と同意】本研究で使用した遺体はUniversity of Torontoに寄贈されたものであり,研究に使用する際に問題はない。解剖およびデジタル化作業は,全て定められた解剖実習室内にて行った。
【結果】母指外転筋は全例において,内側種子骨へと付着しながら基節骨へとその腱を伸ばした。種子骨に付着する腱の最内側の一部が,種子骨を介さずに基節骨に直接停止することもあった。母指外転筋は筋束の方向により,浅部,深部,内側部,外側部の4部に部位分けすることができた。浅部は母指外転筋を覆う腱膜性の筋膜や,踵骨隆起の内側面から起こり,停止腱の浅層面へ停止した。踵骨隆起の内側面から載距突起,底側踵舟靱帯の間に張る腱膜が深層の長指屈筋,長母指屈筋,後脛骨筋を覆っており,母指外転筋の深部はその腱膜の底面に広く起始を持っていた。深部の起始は踵骨隆起の内側から舟状骨の底面にまで広く渡り,停止腱の裏側へ付着した。内側部は上記した屈筋腱の腱膜から起こるが,停止腱の内側面に付着していた。外側部は短指屈筋と母指外転筋の間の筋間中隔から起こっていた。筋束長/筋長,羽状角は部位ごとによる差は認められなかった。筋ボリュームと生理学的横断面積は他の部に比べ,深部が2倍以上の値を呈した。外側部の筋ボリュームが非常に小さくなる例もあったが,その場合は短母指屈筋内側頭が発達し,母指外転筋腱に多く付着していた。
【考察】母指外転筋の深部は他の部に比べて大きい生理学的横断面積を持ち,広い起始部を持つことが分かった。母指外転筋深部の起始範囲はちょうど内側縦アーチの頂点から後方である。3Dモデルから母指外転筋深部の収縮方向を類推すると,種子骨を介して基節骨を若干底面へと引きながら,中足骨へ引き寄せて圧縮させる方向にあるとわかった。すなわち,母指外転筋は内側縦アーチ維持において,基節骨を伸展方向へ逸脱させないように保持している筋であり,中でもその深部の筋束が重要な役割を果たしている可能性が示唆された。今後さらに標本数を増やし,母指外転筋各部の特徴をさらに詳細に明らかにしたい。
【理学療法学研究としての意義】母指外転筋のトレーニングは,臨床で遭遇する足の変形などに対処するときよく行われるものである。すなわち,本研究により,母指外転筋の機能を正しく理解することができるようになれば,理学療法学の基盤を形成することができると考える。