第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 口述 » 基礎理学療法 口述

人体構造・機能情報学7

Sun. Jun 1, 2014 11:20 AM - 12:10 PM 第4会場 (3F 302)

座長:時田幸之輔(埼玉医科大学保健医療学部理学療法学科)

基礎 口述

[1488] 運動方法の違いがラットヒラメ筋の筋性拘縮におよぼす影響
―ストレッチと歩行運動の比較―

田中美帆1, 中村早紀1, 本田祐一郎2, 近藤康隆3, 坂本淳哉4, 中野治郎1, 沖田実2 (1.長崎大学大学院医歯薬学総合研究科保健学専攻理学・作業療法学講座理学療法学分野, 2.長崎大学大学院医歯薬学総合研究科医療科学専攻リハビリテーション科学講座運動障害リハビリテーション学分野, 3.日本赤十字社長崎原爆諫早病院リハビリテーション科, 4.長崎大学病院リハビリテーション部)

Keywords:筋性拘縮, ストレッチ, 歩行運動

【はじめに,目的】
臨床においては,ギプス固定などによる関節の不動によって骨格筋の伸張性低下が惹起され,この影響で関節可動域が制限されることが度々ある。このような病態は筋性拘縮と呼ばれ,その発生メカニズムにはコラーゲンの過剰増生に起因した骨格筋の線維化が関与しているといわれている。そして,筋性拘縮の治療として臨床で頻繁に行われている方法にストレッチがあり,概ね理学療法士が行う他動運動として実践されることが多い。また,その効果に関しても臨床ならびに基礎研究の双方から検証されているが,骨格筋の線維化に対する効果は明らかになっていないのが現状である。一方,最近のリハビリテーション医療では早期離床の考え方が浸透し,たとえ下肢の運動器外科術後であっても早期から歩行運動を理学療法プログラムに取り入れ,実践されている。そして,このことは全身の廃用症候群の予防などといった観点から考えても,理学療法士が行う他動運動よりも効果的ではないかと推測されるが,このことを明確に示した報告はない。そこで,本研究ではラットの実験モデルを用いて,ストレッチと歩行運動による骨格筋の線維化の進行抑制効果を比較し,これらの運動方法の違いが筋性拘縮におよぼす影響を検討した。
【方法】
実験動物には8週齢のWistar系雄性ラット22匹を用い,無処置の対照群(n=5)と両側足関節を最大底屈位で2週間ギプスを用いて不動化する実験群(n=17)に振り分け,実験群は1)不動化のみを行う群(不動群;n=6),2)不動化の過程で足関節を0.9 Nの張力で背屈させることで下腿三頭筋に持続ストレッチを負荷する群(ストレッチ群;n=6),3)同様に毎分10mの条件でトレッドミルを用いた歩行運動を負荷する群(歩行群;n=5)の3群を設けた。なお,持続ストレッチと歩行運動はそれぞれ1日10分間,週3回の頻度で実施した。実験期間終了後は麻酔下で両側足関節の背屈可動域(ROM)を測定し,その後,ヒラメ筋を採取し,real time RT-PCR法にて以下に述べる線維化関連分子を検索した。具体的には,線維化の発生に関わるサイトカインのTGF-β1,線維化を促進するとされる筋線維芽細胞のマーカーとなるα-SMA,線維化の指標となる骨格筋内の主要なコラーゲンであるタイプI・IIIコラーゲンで,これらのmRNA発現量を定量化した。なお,統計処理には,一元配置分散分析とその事後検定にScheffe法を適用し,危険率5%未満をもって有意差を判定した。
【倫理的配慮】
本実験は所属大学の動物実験委員会で審査・承認を受けた後,同委員会が定める長崎大学動物実験指針に準じて実施した。
【結果】
ROMは,実験群の3群すべて対照群より有意に低値であったが,実験群間では歩行群が不動群やストレッチ群より有意に高値で,不動群とストレッチ群の間には有意差を認めなかった。次に,TGF-β1,α-SMA,タイプIコラーゲンのmRNA発現量はすべて対照群に比べ不動群,ストレッチ群は有意に高値であったが,歩行群はこの2群より有意に低値で,対照群との有意差も認められなかった。また,タイプIIIコラーゲンmRNA発現量は対照群に比べ不動群とストレッチ群は有意に高値であったが,歩行群は不動群より有意に低値で,対照群とストレッチ群とは有意差を認めなかった。
【考察】
今回の結果,ストレッチ群はROMならびにすべての線維化関連分子のmRNA発現量が不動群のそれらと有意差を認めず,このことは筋性拘縮の進行をストレッチで抑制できなかったことを意味している。一方,歩行群はROMが不動群のそれより有意に高値で,すべての線維化関連分子のmRNA発現量も不動群のそれらより有意に低値を示した。したがって,今回設定した実験条件に限ったことではあるが,歩行運動は骨格筋の線維化の進行を抑制する効果があるといえ,ROMの結果を踏まえると,歩行運動はストレッチよりも筋性拘縮の予防手段として有用であると推察される。そして,運動方法の違いでこのように効果が異なることを先行研究の知見を基に考えると,骨格筋に対する機械的刺激の負荷頻度がストレッチより歩行運動が頻回であることが影響しているのではないかと推測される。ただ,本研究ではその詳細については明かにできておらず,今後の検討課題である。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は筋性拘縮の発生メカニズムに関与する骨格筋の線維化に焦点をあて,その進行抑制効果をストレッチと歩行運動といった運動方法の違いで比較した基礎研究である。結果として,今回の実験条件に限ったことではあるが,歩行運動のみで筋性拘縮の進行抑制効果を認め,その有用性が明らかとなった。つまり,本研究の成果は理学療法のエビデンス構築に寄与する基礎データとして意義あるものと考える。