第49回日本理学療法学術大会

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人体構造・機能情報学9

2014年6月1日(日) 12:15 〜 13:05 ポスター会場 (基礎)

座長:荒川高光(神戸大学大学院保健学研究科リハビリテーション科学)

基礎 ポスター

[1585] 牽引は下肢の柔軟性にどの程度影響を与えるのか

楠孝文1, 佐野敬介2 (1.愛媛県立子ども療育センター機能訓練グループ, 2.愛媛県立子ども療育センター整形外科)

キーワード:下肢牽引, 関節可動域, 柔軟性

【はじめに,目的】
当センターは,愛媛県内でPerthes病と診断された児の多くを治療している病院である。Perthes病は,大腿骨近位骨端部の阻血性壊死が本態の骨端症で,当センターでは保存療法として患側下肢の免荷と両側下肢の牽引を施行し骨の修復を促している。理学療法(physical therapy:以下,PT)は下肢筋の廃用性萎縮予防のため入院直後より施行しているが,PTの経過の中でPerthes病患児のほとんどが入院時に比べて下肢の柔軟性が徐々に向上している事をよく経験していた。そこで今回我々は,Perthes病患児で柔軟性を向上させるプログラムを施行していない健側下肢の関節可動域(range of motion:以下,ROM)を入院時から経時的に評価し,どの運動方向がいつからどの程度向上するのか調査したので報告する。
【対象】
対象は当センターに入所しているPerthes病と診断された児童で,入院時からベッド上で安静と下肢の牽引を行っている男児9名,平均年齢6.0±2.3歳であった。健側下肢は右側3名,左側6名であった。
【牽引方法】
ベッド上で長坐位または仰臥位になり,足底から下腿の両側面にかけてTRAC-BAND(アルケア株式会社)という牽引バンドを覆うようにし包帯で固定。足底のバンドに取り付けた金具に,ベッドの端から滑車を介して1kgの砂のうを紐で吊りさげ,両下肢を長軸方向に牽引した。牽引を中断するのは,1日3回牽引バンドの巻き替え時,入浴時,トイレでの排泄時,車椅子での移動時,週2回のPT時だけで,それ以外は牽引をしていた。
【測定方法】
対象9名の健側下肢のROMを,入所時から4週間経過する度に計測し,28週後までの合計8回計測した。計測した運動方向は,股関節屈曲・伸展・外転・内旋・外旋,下肢伸展挙上テスト(straight leg raising test:SLR),足関節背屈(膝伸展位)の7方向である。統計学的分析は,9名の各期におけるROMの平均値を,1元配置分散分析とScheffe’s F testによる多重比較検定を行ない,有意水準は5%未満とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究は対象者と両親に研究の趣旨を十分に説明し同意を得て行った。
【結果】
入院時とそれ以降の期の平均値(以下,mean±SDで示す)に有意差を示したのは股関節屈曲,外旋,SLRであった。その他の運動方向には有意な差は認められなかった。股関節屈曲は,入院時119.4±3.0°と8週後126.7±2.5°以降で有意差を認め(P<0.05),12週127.8±3.6°以降はより有意差を認め,最終計測期の28週後は130.6±4.6°となった(P<0.01)。股関節外旋は入院時53.9±6.0°と16週67.8±7.1°以降で有意差を認め,28週後は68.9±6°となった(P<0.05)。SLRは入院時76.7±6.1°と8週後99.4±9.5°以降で有意差を認め,28週後は111.1±10.2°になった(P<0.01)。
以下に有意差が認められなかった運動方向の入所時と28週後の平均値を示す。股関節伸展は16.11±3.3°が17.22±4.4°。外転は46.11±4.9°が54.4±7.3°。内旋は40.6±10.7°が51.7±10.6°。足関節背屈は13.9±4.2°が18.3±4.3°であった。
【考察】
今回の研究では,当センターで実施しているPerthes病の治療である牽引により生じた下肢の柔軟性の変化について,各運動方向のROMを測定し柔軟性を定量化したことにより,一部の運動方向で有意に柔軟性が向上したことがあきらかになった。
柔軟性を向上するためにはストレッチングを行うのが一般的とされているが,今回行った下肢の長軸方向への牽引は股関節を構成する筋腱複合体の伸長に影響を与えたと考える。特に股関節屈曲,外旋,SLRでROMの増加が著しく,殿筋群,大腿筋膜張筋,ハムストリングスの伸長性が高まったと考えられる。その理由として,これらの筋群は,筋の走行が股関節の垂直軸方向に近いためより効果的に伸長されたと思われる。
今まで下肢の柔軟性の向上に関しては,各種ストレッチングによる効果の報告は多く散見されるが,下肢の牽引で柔軟性が向上したという報告はない。今回は1日の大半の時間下肢の牽引を行った結果だが,牽引で下肢の柔軟性が向上するという事実は明らかになった。スポーツ界では,下肢の柔軟性を向上させるために,痛みを伴う特殊なトレーニングをメディアの画像で目にすることがある。それに対して下肢の牽引は時間を要するが痛みを与えないで筋腱複合体を伸張することが可能と考える。
【理学療法研究としての意義】
下肢の長軸方向の牽引で下肢の柔軟性が向上するということはあまり知られておらず,今後,研究の対象者や牽引の方法,時間などの設定を変えることで,スポーツやトレーニングの分野で柔軟性を向上させる手段の一つになる可能性を示唆する研究であったと考える。