[1595] 手すりの高さの違いが片麻痺患者の歩行に及ぼす影響について
キーワード:手すり, 片麻痺, 歩行
【はじめに,目的】
自宅廊下などに取り付ける手すりの高さは,大転子や杖の高さに合わせる場合が多く,700~800mmが一般的な高さである。自宅で手すりを設置する場合,物理的制約のため両側壁に設置することが困難な場合が多い。そのため片麻痺患者が健側を手すり側にして歩く事ができない場合,横歩きと健側上肢を体幹の前で交差して手すりを把持し前を歩く方法(麻痺側前歩き)がある。これらの歩き方に対して,手すりの高さが与える影響について検討された研究は少ない。本研究の目的は,片麻痺患者が横歩きや麻痺側前歩きをする場合,手すりの高さの違いが歩行機能に及ぼす影響を検証することである。
【方法】
対象は当院に入院・外来通院している脳卒中片麻痺患者5例(男性4例,女性1例,平均年齢58.2±9.2歳)であった。右片麻痺1例,左片麻痺4例,下肢Brunnstrom Recovery stage(BRS)II・III・V各1例,IV2例,短下肢装着4例,下肢装具装着なし1例であった。また,全症例とも杖歩行が可能であり整形外科疾患や高次脳機能障害の既往・合併症はなかった。4種類の異なる条件(条件1:手すりが大転子の高さで健側にあり前歩き,条件2:手すりが大転子 の高さで横歩き,条件3:手すりが大転子の高さで麻痺側前歩き,条件4:手すりが臍部の高さで麻痺側前歩き)を設定し,各条件の歩行練習を十分に行った後,昇降式平行棒で高さを調整し各条件の歩容にて10m歩行させ中央7mの歩行時間を計測した。歩行条件の順序はランダムに決め,十分な休憩をとりながら施行した。条件1の歩行時間を100%として正規化し,各条件の歩行速度を比較した。条件1~4を1セットとして,三日間に渡り3セット行い各症例について各条件の平均を算出した。また各条件での歩き易さについて,3セット目にVAS法を用い主観的評価を行った。「歩きにくい」を0,「歩き易い」を10とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に従い,対象者には研究参加の前に研究概要を口頭および文書で説明し,理解を得た後,同意書に署名を得た。
【結果】
手すりの高さの平均は大転子部77.5±5.3cm,臍部95.3±6.7cmであった。各症例(BRS,10m歩行時間)の歩行速度・VASの結果を以下に示す。症例1(V,19.3秒)は,条件2:188.1±12.7%・7,条件3:154.5±20.3%・6,条件4:131.2±11.9%・7(以下,同順)。症例2(IV,18.0秒)232.5±23.7%・4,120.6±10.9%・6,116.4±10.8%・7。症例3(III,30.7秒)は140.6±8.8%・5,134.0±16.5%・6,120.8±7.6%・7。症例4(IV,35.6秒)は124.6±5.0%・6,121.3±6.3%・4,119.3±9.9%・8。症例5(II,60.6秒)は,130.8±23.4%・9,176.5±13.8%・7,170.3±16.6%・7。
【考察】
症例1,2(改善群)の歩行速度は横歩きに比べ,麻痺側前歩きの方が向上した。症例3,4(維持群)はほとんど変化がなく,症例5(悪化例)については低下した。改善群は歩行能力が比較的保たれており,悪化例の歩行能力は低い。前歩きにおいて2動作前型歩行が可能な歩行能力の高い改善群にとって,横歩 きは効率的な歩行様式ではない。一方,痺側下肢機能の低い悪化例では,健側上肢を体幹の前で交差して手すりを把持しなければならない麻痺側前歩きでは,歩行に必要な体幹の代償動作が阻害されるため,歩行時間が延長したと考えられる。
麻痺側前歩きの場合,手すりを高く設定した方が,改善群では歩行速度・VAS両方が改善し,維持群においてはVASが向上した。手すりが転子部の高さにある場合の麻痺側前歩きでは,体幹の前傾姿勢や股関節屈曲が強要される。一方,手すりが高い位置にあると,体幹前傾や股関節屈曲は軽度となり歩容が改善される。このことが歩行速度やVASの向上につながったと考えられる。さらに手すり歩行時の歩容の改善は,維持期片麻痺患者の立位姿勢の悪化防止や腰痛予防につながると思われる。
【理学療法学研究としての意義】
麻痺側にある手すりを利用し片麻痺患者が歩行する場合,一般的な手すりの高さより高く設置した方が歩行速度や歩き易さに対する主観評価が向上する可能性が示唆された。しかし,手すりを高くすることで歩行速度が低下する患者も認められた。家屋改修等で手すりを設置する際には,手すりの高さについて十分に評価・検討することで,より安全で快適な生活環境の整備につながると考えられる。
自宅廊下などに取り付ける手すりの高さは,大転子や杖の高さに合わせる場合が多く,700~800mmが一般的な高さである。自宅で手すりを設置する場合,物理的制約のため両側壁に設置することが困難な場合が多い。そのため片麻痺患者が健側を手すり側にして歩く事ができない場合,横歩きと健側上肢を体幹の前で交差して手すりを把持し前を歩く方法(麻痺側前歩き)がある。これらの歩き方に対して,手すりの高さが与える影響について検討された研究は少ない。本研究の目的は,片麻痺患者が横歩きや麻痺側前歩きをする場合,手すりの高さの違いが歩行機能に及ぼす影響を検証することである。
【方法】
対象は当院に入院・外来通院している脳卒中片麻痺患者5例(男性4例,女性1例,平均年齢58.2±9.2歳)であった。右片麻痺1例,左片麻痺4例,下肢Brunnstrom Recovery stage(BRS)II・III・V各1例,IV2例,短下肢装着4例,下肢装具装着なし1例であった。また,全症例とも杖歩行が可能であり整形外科疾患や高次脳機能障害の既往・合併症はなかった。4種類の異なる条件(条件1:手すりが大転子の高さで健側にあり前歩き,条件2:手すりが大転子 の高さで横歩き,条件3:手すりが大転子の高さで麻痺側前歩き,条件4:手すりが臍部の高さで麻痺側前歩き)を設定し,各条件の歩行練習を十分に行った後,昇降式平行棒で高さを調整し各条件の歩容にて10m歩行させ中央7mの歩行時間を計測した。歩行条件の順序はランダムに決め,十分な休憩をとりながら施行した。条件1の歩行時間を100%として正規化し,各条件の歩行速度を比較した。条件1~4を1セットとして,三日間に渡り3セット行い各症例について各条件の平均を算出した。また各条件での歩き易さについて,3セット目にVAS法を用い主観的評価を行った。「歩きにくい」を0,「歩き易い」を10とした。
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に従い,対象者には研究参加の前に研究概要を口頭および文書で説明し,理解を得た後,同意書に署名を得た。
【結果】
手すりの高さの平均は大転子部77.5±5.3cm,臍部95.3±6.7cmであった。各症例(BRS,10m歩行時間)の歩行速度・VASの結果を以下に示す。症例1(V,19.3秒)は,条件2:188.1±12.7%・7,条件3:154.5±20.3%・6,条件4:131.2±11.9%・7(以下,同順)。症例2(IV,18.0秒)232.5±23.7%・4,120.6±10.9%・6,116.4±10.8%・7。症例3(III,30.7秒)は140.6±8.8%・5,134.0±16.5%・6,120.8±7.6%・7。症例4(IV,35.6秒)は124.6±5.0%・6,121.3±6.3%・4,119.3±9.9%・8。症例5(II,60.6秒)は,130.8±23.4%・9,176.5±13.8%・7,170.3±16.6%・7。
【考察】
症例1,2(改善群)の歩行速度は横歩きに比べ,麻痺側前歩きの方が向上した。症例3,4(維持群)はほとんど変化がなく,症例5(悪化例)については低下した。改善群は歩行能力が比較的保たれており,悪化例の歩行能力は低い。前歩きにおいて2動作前型歩行が可能な歩行能力の高い改善群にとって,横歩 きは効率的な歩行様式ではない。一方,痺側下肢機能の低い悪化例では,健側上肢を体幹の前で交差して手すりを把持しなければならない麻痺側前歩きでは,歩行に必要な体幹の代償動作が阻害されるため,歩行時間が延長したと考えられる。
麻痺側前歩きの場合,手すりを高く設定した方が,改善群では歩行速度・VAS両方が改善し,維持群においてはVASが向上した。手すりが転子部の高さにある場合の麻痺側前歩きでは,体幹の前傾姿勢や股関節屈曲が強要される。一方,手すりが高い位置にあると,体幹前傾や股関節屈曲は軽度となり歩容が改善される。このことが歩行速度やVASの向上につながったと考えられる。さらに手すり歩行時の歩容の改善は,維持期片麻痺患者の立位姿勢の悪化防止や腰痛予防につながると思われる。
【理学療法学研究としての意義】
麻痺側にある手すりを利用し片麻痺患者が歩行する場合,一般的な手すりの高さより高く設置した方が歩行速度や歩き易さに対する主観評価が向上する可能性が示唆された。しかし,手すりを高くすることで歩行速度が低下する患者も認められた。家屋改修等で手すりを設置する際には,手すりの高さについて十分に評価・検討することで,より安全で快適な生活環境の整備につながると考えられる。