第49回日本理学療法学術大会

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大会長基調講演

Fri. May 30, 2014 10:45 AM - 11:30 AM 第1会場 (2F 国立大ホール)

司会:内山靖(名古屋大学大学院医学系研究科・医学部保健学科),講師:長澤弘(神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部リハビリテーション学科)

「生活を支える理学療法とは何か!」

[2002] 生活を支える理学療法とは何か!

長澤弘 (神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部リハビリテーション学科)

我が国に初めての理学療法士が誕生したのは1966年であり,第1回目の国家試験に合格した183名の内,110名の先達により日本理学療法士協会が設立された。その当時の日本では高度経済成長の時代であり,いわゆるバブル絶頂期であった。当時の障害を持った方々にとっては,差別や偏見の対象としての立場を余儀なくされたことも決して否定できない時代であった。当時の障害の種類としては,脊髄性小児麻痺や脳性麻痺,切断や脊髄損傷が対象の多くを占め,骨関節疾患や脳卒中がその次に多いという医学的時代背景があった。理学療法士が誕生する3年前の1963年には日本リハビリテーション医学会が発足し,同年には東京大学病院にリハビリテーション部が誕生した。日本におけるリハビリテーションおよび理学療法士の夜明けと言える頃であった。
理学療法士は現在でこそ,その名称が世に受け入れられ医療系や福祉系の専門職業人として認識されている。しかし,現在に至るまでには,理学療法士としてどんな変遷をたどってきたのか,学会や全国研修会のテーマを追ってみると,その流れが把握できる。1966年からおよそ10年間は,疾患別の理学療法内容にかかわる検討を模索した時期であり,「理学療法」「理学療法士」自体の啓蒙活動も大切な役割であった。1976年からの10年間では,理学療法における評価法の標準化を目指した時期であった。この頃には,大学病院の数だけそれぞれ独自のADL評価表が存在していたと言っても過言ではない。1986年からは,理学療法の専門性とは何かという観点で理学療法内容が深化し,理学療法の領域が拡大していき,さらに高齢化への理学療法対応も求められる時代に入っていった。1999年には,この神奈川の地で世界理学療法連盟学会(WCPT)を開催し,「分化を超えて」国際的な理学療法士の学術交流がなされた。2000年前後からは,医学・工学系の歩み寄りにより,Information and Communication Technologyの発達も拍車をかけ,学際分野としての理学療法も発展していった。その様な中でEvidence based medicineの概念が世界的気運とともに日本の理学療法界にも押し寄せ,エビデンスに基づいた理学療法の提供が,当たり前に求められる時代になっていった。この流れの中で,理学療法士協会主導による理学療法診療ガイドラインの策定もなされた。現在および近未来では,医療の飛躍的進歩と発展を基盤として,理学療法自体もその質を問われる時代になるとも言えよう。山中伸也教授らによるiPS細胞の臨床応用が進めば,理学療法も新天地が待っていることになる。
ただし,残念ながら前向きな部分だけではない。急速な理学療法士の養成校・大学の増加は,理学療法士の質の担保に疑問が投じられていることも事実であろう。教育を振り返れば,詰め込み主義とゆとりの時代,甘えの構造と恥の文化,高校生の大学全入時代の到来,経済成長からバブル崩壊に引き続く景気低迷と生活不安定,医療経済基盤の揺らぎ,政治的不安定さからもたらされる診療報酬や介護報酬の落ち込みによる理学療法士の冬の時代,等々の問題も山積している。政治経済社会文化的な変動により,常に対応が求められ,適応・変化しうる存在でなければ,理学療法士としての存在の危機にもつながりかねない。これらの多くの問題解決のためには,社会の中で必要とされる専門職業人として,如何にふるまうべきか,今一度それぞれの理学療法士が自らに問いかける態度が必要である。
種々の背景を考慮しながら,約50年間の理学療法の足跡を踏まえて,「生活を支える理学療法」とは何かということになる。温故知新となるが,患者・対象者の個々のQOLを高めるために,驚異的な医学の進歩と展開に対して必要に応じた知識技術の取捨選択が必須である。それらの医学的知識を基盤として,標準化された理学療法評価を実施し,エビデンスの高い理学療法を選択して,一症例ごとに組立て提供してこそ,目的が達成されることにつながる。どのような患者・対象者であっても,病期による理学療法内容に差があるとしても,急性期におけるICU・CCU・SCU入院患者であっても,回復期や維持期生活期であっても,今後職域拡大が望まれる「予防」の分野であっても,それぞれに理学療法のエビデンスを最大限に取り入れた展開が必要である。そのためには,生涯学習を通じて,専門・認定理学療法士制度へ挑戦し,高度な専門職として自他ともに認められるように日頃のたゆまぬ努力を積み上げていくことが必要であろう。今更ながらであるが,対象となる「人」を相手に「全人的アプローチ」をしなければならない理学療法士は,自分自身で人間として幅広い価値観を身に着けるように努力すべきであり,人生観までをも高めていくことが求められる専門職業人である。理学療法士としての基盤である「豊かな人間性」を磨き続けることを並行して努力していくことが,「生活を支える理学療法」の提供ができ,国民からの尊敬と信頼性とが得られることに繋がる。10万人の理学療法士が,全ての対象者のために「生活を支える理学療法」を提供していこうではないか。