第49回日本理学療法学術大会

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市民公開講座

Sun. Jun 1, 2014 1:40 PM - 3:10 PM 第2会場 (1F メインホール)

司会:半田一登(公益社団法人日本理学療法士協会会長)

[2027] iPS細胞が変えるリハビリテーションの未来―臨床応用の可能性―

中畑龍俊 (京都大学iPS細胞研究所副所長/臨床応用研究部門特定拠点教授)

2006年,京都大学の山中教授らはマウス成熟皮膚線維芽細胞にたった4つの転写因子遺伝子を導入することにより,旺盛な自己複製能と多分化能を持った人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS細胞)の樹立に成功した。このiPS細胞は胚盤胞ステージの受精卵に戻すと,生殖細胞を含む全身の細胞に分化することができ,次の世代ではiPS細胞のみに由来する個体も誕生したことから,iPS細胞の持つ多能性は胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)と比べても遜色がないことが示された。翌年彼らは,同様の手法を用いてヒトiPS細胞の樹立に成功した。
この功績,すなわち「成熟細胞が初期化され多能性をもち得ることの発見」に対して,2012年のノーベル医学・生理学賞は山中伸弥教授とイギリスのJohn Gurdon教授に贈られた。
iPS細胞は,旺盛な増殖力とともに,1)すべての細胞・組織に分化できる多能性(pluripotency)を有する,2)成熟した体細胞より誘導できる,という特徴を持っている。ヒトの初期胚から作られるES細胞(embryonic stem cells)は,個体のすべての組織へ分化することができるとされているが,iPS細胞も同等の万能性を持つ。しかし,大きく異なるのは,ES細胞はヒトの受精卵を滅失して作成する必要があるのに対し,iPS細胞は線維芽細胞や血球など,どんな個人の体細胞からでも人工的に樹立することができる点である。
このiPS細胞からは体外で心筋,神経,肝細胞,膵β細胞,様々な血液細胞,骨,軟骨,内分泌細胞など様々な細胞を分化・作出することができることから,再生医療の恰好な材料として期待されている。研究が進展した現在では,皮膚,末梢血液,骨髄,臍帯血などをソースとして,さまざまな方法でiPS細胞が樹立できるようになり,より安全なiPS細胞作製法が確立されてきた。また,多くの患者さんへの移植に使えるような健常人からのHLAホモiPS細胞ストックの構築など実際の再生医療の開始に向けた広範な検討が進んでいる。昨年11月,「再生医療等の安全性の確保などに関する法律」(再生医療新法)と「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保などに関する法律」(改正薬事法)が成立し,社会的にもわが国で再生医療を健全に進めていくうえでの基盤整備が急ピッチで進んでいる。既に加齢黄斑変性,パーキンソン病,脊髄損傷など多くの疾患に対してヒトiPS細胞由来の細胞を用いた動物への前臨床試験が行われ,早ければ本年中には実際の患者さんへの臨床試験が開始されるのではないかと期待されている。
このようなiPS細胞由来の細胞を用いた再生医療を考えると,当然,安全性を担保すると共に移植した細胞がきちんと機能するかどうかが重要である。移植した細胞のできるだけ早期の機能回復のためには,リハビリテーションとの併用の重要性が様々な疾患で指摘されている。特に神経疾患に対しては移植した細胞と残存している神経細胞とのネットワークの構築が重要であり,リハビリテーションがその一助になると期待されている。
iPS細胞の持つ医療におけるもう一つの画期的な点は,さまざまな疾患の患者皮膚や血液から患者固有の疾患特異的iPS細胞を樹立できることである。神経疾患において脳組織や末梢神経細胞を生検で大量に採取することは困難であるが,患者のiPS細胞から様々な神経細胞,グリア細胞に大量に分化させそれを用いて診断や病態解析が可能になることが期待される。このような手法は比較的生検が困難な様々な組織に応用されると思われる。ノックアウトマウスなどの手法を用いては再現できないヒト疾患が数多く知られているが,iPS細胞を用いたこれら疾患のモデル構築が熱望されている。また,疾患特異的iPS細胞から疾患に関係すると考えられる細胞に分化させ,その過程を正常iPS細胞と詳細に比較することにより,今までと全く違った手法で疾患の本体に迫ることが可能となり,病因・病態の解明および新規薬剤や治療法の開発に応用されることが期待されている。その際にも,リハビリテーションを併用することによりより効率的に治療効果を上げる方向が模索されることであろう。
本講演ではわが国におけるiPS細胞を用いた再生医療の現状,我々が行っている疾患特異的iPS細胞を用いた研究を紹介し,リハビリテーションへの応用を含むiPS細胞を用いた今後の医療の可能性について考えてみたい。