[2028] 関節可動域制限の発生メカニズムとその治療戦略
公益社団法人日本理学療法士協会がまとめている理学療法白書をみると,関節可動域(range of motion;ROM)の障害は常に理学療法の対象障害の上位にあがっており,これは臨床においてROM制限の発生頻度の高く,しかも理学療法士がその対処に苦慮していることを物語っている。事実,臨床におけるROM制限の発生状況の実態を調査した結果によれば,対象となった144名のすべての患者に何らかのROM制限を認め,しかもそれは多関節におよび,平均すると四肢・体幹の16関節中11関節(約7割)にROM制限が認められている。したがって,理学療法の対象者には必ずといっていいほどROM制限が存在し,しかもそれは多関節におよんでいるといえよう。
では,なぜこのようにROM制限が頻発するのであろうか。ROM制限の発生要因には加齢といった生物学的影響に加え,痛みや痙縮などといった他の症候あるいは罹病期間などが関与するとされており,これらは身体の不活動を惹起するという点においては共通している。つまり,ROM制限を引き起こす直接的な要因は関節の不動ということができ,その期間が長くなるほどROM制限が著しくなることは経験的にもよく知られている。そして,この点に関しては実験動物モデルを用いた縦断的な観察結果でも明らかにされていることであり,具体的には,ラット足関節を最大底屈位で不動化すると,1週間でROM制限が発生し,しかも不動期間を延長すると,それに準拠してROM制限も進行することが明らかになっている。
次に,ROM制限を引き起こす原因には,拘縮や強直,筋収縮,脱臼偏位,関節内遊離体など様々なものがあげられるが,その中で,理学療法によって改善が期待できるものは拘縮と筋収縮である。周知のように,筋収縮に関しては理学療法の様々なテクニックによって即時に軽減させることが可能で,これに由来したROM制限に難渋することはそれほど多くない。これに対し,拘縮は皮膚,骨格筋,関節包,靱帯などの関節周囲軟部組織が器質的に変化し,その柔軟性・伸張性が低下したことで生じたROM制限と定義でき,このことからも明らかなように拘縮に関与する病巣部位は多岐にわたるため,治療に難渋することが多い。ただ,先行研究を概観すると関節周囲軟部組織の中でも骨格筋と関節包は関節運動の生理的制限として寄与が高いことが明らかとなっており,これらの組織が拘縮の責任病巣の中心となっている可能性は高い。実際,ラットの実験では膝関節を屈曲位で不動化すると2週後まで,足関節を底屈位で不動化すると4週後まで,骨格筋が拘縮の責任病巣の中心であることが明らかとなっており,それ以上の不動期間になると,関節包が拘縮の責任病巣の中心になるとされている。また,上記のいずれの実験モデルにおいても各不動期間のROM制限の約1割は皮膚の変化に由来することも明らかになっている。一方,靱帯に関しては,関節の不動によって力学的に脆弱になることから,拘縮の責任病巣としての関与については否定的である。
このように,骨格筋と関節包が拘縮の責任病巣の中心ではあるが,皮膚もその一部として関与している可能性がある。そこで,われわれの研究室では現在,ラットの膝関節あるいは足関節を不動化した実験モデルを用いて,これらの組織の網羅的解析を進め,骨格筋,関節包,皮膚においては共通してコラーゲンの増生に伴う線維化の発生が認められること,ならびにこの病態が拘縮の発生メカニズムに深く寄与することを明らかにしてきた。そして,骨格筋に関しては線維化発生の分子メカニズムの解明にも着手しており,これまでのところ以下のような結果が得られている。具体的には,骨格筋を1~2週間という短期の不動状態に曝すと,マクロファージの増加と炎症性サイトカインの一つであるIL-1βの発現が増加し,このことが線維化促進に関与するとされるサイトカインのTGF-βの発現増加ならびに線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化を促し,コラーゲンの増生が引き起こされる。そして,骨格筋を4週間以上の長期の不動状態に曝すと,これらの変化に加え,低酸素状態が惹起され,このことが線維化をさらに促進することが見いだされている。
一方,このような分子メカニズムの解明を進めることは,拘縮に対する理学療法の生物学的効果としてのエビデンス構築に貢献するのみならず,これまで介入が困難であった状況下における新たな治療戦略の開発につなげるねらいがある。実際,臨床においては骨折などの治癒促進をねらってギプス固定などが施されるが,この状況下においては患部周辺の関節周囲軟部組織には介入することは困難で,結果的に拘縮の発生を許してしまうことが多かったように思われる。しかし,不動がもたらす骨格筋の低酸素状態の惹起が拘縮の発生メカニズムに寄与するという上記の結果に基づけば,これを軽減する治療戦略が考案でき,現在われわれはこの点の検証を目的にギプス固定下で電気刺激を用いた治療介入実験を行っている。そして,これまでのところ頻回な筋ポンプ作用を誘発できる低周波通電による単収縮の誘発が高周波通電による強縮の誘発よりも骨格筋の線維化の発生抑制には有効であることが明らかになってきている。
以上,今回の教育講演では自験例の結果に基づいてROM制限,特に拘縮の発生メカニズムとそれに基づいた新たな治療戦略の可能性について概説する予定である。
では,なぜこのようにROM制限が頻発するのであろうか。ROM制限の発生要因には加齢といった生物学的影響に加え,痛みや痙縮などといった他の症候あるいは罹病期間などが関与するとされており,これらは身体の不活動を惹起するという点においては共通している。つまり,ROM制限を引き起こす直接的な要因は関節の不動ということができ,その期間が長くなるほどROM制限が著しくなることは経験的にもよく知られている。そして,この点に関しては実験動物モデルを用いた縦断的な観察結果でも明らかにされていることであり,具体的には,ラット足関節を最大底屈位で不動化すると,1週間でROM制限が発生し,しかも不動期間を延長すると,それに準拠してROM制限も進行することが明らかになっている。
次に,ROM制限を引き起こす原因には,拘縮や強直,筋収縮,脱臼偏位,関節内遊離体など様々なものがあげられるが,その中で,理学療法によって改善が期待できるものは拘縮と筋収縮である。周知のように,筋収縮に関しては理学療法の様々なテクニックによって即時に軽減させることが可能で,これに由来したROM制限に難渋することはそれほど多くない。これに対し,拘縮は皮膚,骨格筋,関節包,靱帯などの関節周囲軟部組織が器質的に変化し,その柔軟性・伸張性が低下したことで生じたROM制限と定義でき,このことからも明らかなように拘縮に関与する病巣部位は多岐にわたるため,治療に難渋することが多い。ただ,先行研究を概観すると関節周囲軟部組織の中でも骨格筋と関節包は関節運動の生理的制限として寄与が高いことが明らかとなっており,これらの組織が拘縮の責任病巣の中心となっている可能性は高い。実際,ラットの実験では膝関節を屈曲位で不動化すると2週後まで,足関節を底屈位で不動化すると4週後まで,骨格筋が拘縮の責任病巣の中心であることが明らかとなっており,それ以上の不動期間になると,関節包が拘縮の責任病巣の中心になるとされている。また,上記のいずれの実験モデルにおいても各不動期間のROM制限の約1割は皮膚の変化に由来することも明らかになっている。一方,靱帯に関しては,関節の不動によって力学的に脆弱になることから,拘縮の責任病巣としての関与については否定的である。
このように,骨格筋と関節包が拘縮の責任病巣の中心ではあるが,皮膚もその一部として関与している可能性がある。そこで,われわれの研究室では現在,ラットの膝関節あるいは足関節を不動化した実験モデルを用いて,これらの組織の網羅的解析を進め,骨格筋,関節包,皮膚においては共通してコラーゲンの増生に伴う線維化の発生が認められること,ならびにこの病態が拘縮の発生メカニズムに深く寄与することを明らかにしてきた。そして,骨格筋に関しては線維化発生の分子メカニズムの解明にも着手しており,これまでのところ以下のような結果が得られている。具体的には,骨格筋を1~2週間という短期の不動状態に曝すと,マクロファージの増加と炎症性サイトカインの一つであるIL-1βの発現が増加し,このことが線維化促進に関与するとされるサイトカインのTGF-βの発現増加ならびに線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化を促し,コラーゲンの増生が引き起こされる。そして,骨格筋を4週間以上の長期の不動状態に曝すと,これらの変化に加え,低酸素状態が惹起され,このことが線維化をさらに促進することが見いだされている。
一方,このような分子メカニズムの解明を進めることは,拘縮に対する理学療法の生物学的効果としてのエビデンス構築に貢献するのみならず,これまで介入が困難であった状況下における新たな治療戦略の開発につなげるねらいがある。実際,臨床においては骨折などの治癒促進をねらってギプス固定などが施されるが,この状況下においては患部周辺の関節周囲軟部組織には介入することは困難で,結果的に拘縮の発生を許してしまうことが多かったように思われる。しかし,不動がもたらす骨格筋の低酸素状態の惹起が拘縮の発生メカニズムに寄与するという上記の結果に基づけば,これを軽減する治療戦略が考案でき,現在われわれはこの点の検証を目的にギプス固定下で電気刺激を用いた治療介入実験を行っている。そして,これまでのところ頻回な筋ポンプ作用を誘発できる低周波通電による単収縮の誘発が高周波通電による強縮の誘発よりも骨格筋の線維化の発生抑制には有効であることが明らかになってきている。
以上,今回の教育講演では自験例の結果に基づいてROM制限,特に拘縮の発生メカニズムとそれに基づいた新たな治療戦略の可能性について概説する予定である。