第49回日本理学療法学術大会

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専門領域研究部会 基礎理学療法 » 基礎理学療法 教育講演

教育講演Ⅱ

Sat. May 31, 2014 10:35 AM - 11:35 AM 第3・4会場 (3F 301+302)

司会:伊橋光二(山形県立保健医療大学理学療法学科)

専門領域 基礎

[2029] 関節可動域制限に対する運動療法―ストレッチングのエビデンスと実際―

市橋則明 (京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻)

ストレッチングは,理学療法領域だけでなく,スポーツ現場での傷害予防や高齢者の健康維持等,一般的に広く行われている。ストレッチングの目的としては,関節可動域(柔軟性)の改善の他に,筋緊張の低下,疲労回復,血流増加,傷害予防,スポーツパフォーマンスの向上などがあげられている。しかし,ストレッチングにこのような効果があるかどうかに関してのエビデンスは不十分である。本講演ではストレッチングのエビデンスとして,近年注目されているストレッチングが筋力に与える影響,パフォーマンスに与える影響,傷害予防に与える影響,遅発性筋肉痛に与える影響,柔軟性に与える影響に関して述べる。さらに,効果的なストレッチングの方法に関して我々の研究を紹介する。

1.ストレッチングにより筋力は変化するのか?
スタティックストレッチング(SS)はエクササイズの前や競技前に頻繁に行われ,一般的には傷害予防やパフォーマンスの向上に有効であると言われてきた。しかし,近年の研究ではSSが即時的な筋力や筋瞬発力の低下を招くという報告もされている。Behmらが2011年にまとめたレビューによると,過去15年間の,SSが筋力や筋パワーに及ぼす影響を調べた42論文(総計1606人)の大多数が,筋力が低下すると報告しており,“有意差なし”や“改善”を報告しているものよりはるかに多かった。
一方,ダイナミックストレッチングにおいては,SSの場合とは異なり,有意な改善が見られたとしている報告が多い。

2.ストレッチングによりパフォーマンスは変化するのか?
パフォーマンスへのSSの即時的な影響については,SSが垂直跳びのパフォーマンスを低下させるとしている報告が多い。一方,短距離走やランニングについては,変化なしとしている報告が多く,SSが悪影響であるとはいえない。このように,パフォーマンスによってSSのパフォーマンスに与える影響は異なるようである。

3.ストレッチングは傷害予防に効果があるのか?
SSの傷害予防効果についても,近年では否定的な報告が多い。12週のトレーニング時に20秒×2回の下腿三頭筋のSSを実施した場合の足関節周囲~下腿の障害の発生について調べた研究では,期間中48の下腿の傷害のうち,SS群(549名)中の発生が23,コントロール群(544名)中の25と統計的な有意差は見られなかったとしている。一方で,足関節背屈制限と傷害発生率については有意な関係が見られたとする報告もある。足関節背屈可動域の平均が45°である対象者の中で,背屈可動域が34°のものは傷害発生率が2.5倍高く,特に足関節捻挫の発生は5倍高かったと報告されている。

4.ストレッチングは遅発性筋肉痛を防止するのか?
SSと遅発性筋痛の関係についてのコクランレビューでは,運動の前か後にSSを行い遅発性筋痛の発生について調査した12の研究が取り上げられている。これらの研究はほぼ同様の傾向を示しており,運動前のSSは運動1日後の痛みを100point scaleで0.5ポイント低下,運動後のSSは1日後の痛みを1ポイント低下させるという。しかし,このレビューでは,SSによる痛みの軽減効果はわずかであり,臨床的に意味のある差ではないと結論づけている。

5.ストレッチングにより柔軟性は向上するのか?
関節可動域に与える即時効果や継続的実施効果に関しては,SSが効果的であることが数多く報告されている。ただし,SSの効果を示したそれらの報告のほとんどは,徒手による他動的な関節可動域テストの結果をアウトカムとしており,信頼性が低いという指摘がなされている。すなわち,他動的関節可動域が関節を動かす際の圧迫力(トルク)を計測せずに患者の痛みや測定者の感覚を指標にして角度を測定するものである以上,患者の痛みの感覚の変化(耐性の変化)や測定者の感覚の変化に影響されるため,柔軟性を評価するには不適切であるといえる。そこで,関節可動域に代わる柔軟性の評価の指標として,他動的に関節を動かした時の受動的トルクの測定が推奨されている。この受動的トルクと関節角度との関係は,トルク角度曲線として描くことが可能であり,その傾きを筋腱複合体全体のスティフネスとして定義する方法が考案されている。受動トルクやスティッフネスの変化を指標としてSSの効果を調べた研究報告では,関節可動域を調べた結果ほど統一した結論になっていない。
本講演では,受動トルクやスティッフネスの変化を指標としてSSやホールドリラックスの効果を検討した我々の研究を紹介する。

6.効果的なストレッチング方法はあるのか?
SSの方法に関しての本は数多くあるが,どの方向に動かすのが最も筋を伸張するのかについて,生体で証明しているものはほとんどない。本講演では,せん断波エラストグラフィーを使い効果的なSSの方向を検討した我々の最新の研究を紹介する。