第49回日本理学療法学術大会

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専門領域研究部会 神経理学療法 » 神経理学療法 特別講演

特別講演

Sun. Jun 1, 2014 9:30 AM - 11:45 AM 第13会場 (5F 503)

司会:大畑光司(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻)

専門領域 神経

[2036] 歩行・姿勢の適応制御における小脳の役割

柳原大 (東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系)

はじめに
小脳において,片葉と虫部の第X小葉は前庭系の情報を強く受けることから,前庭小脳とも区分される。この部位のプルキンエ細胞はその軸索を前庭神経核へ送り,そして前庭神経核からの軸索は眼球運動関連の諸核や脊髄へと連絡している。片葉や小節が傷害されると,眼球反射の異常や前庭脊髄反射,立位姿勢の障害などが生ずる。一方,虫部の第I小葉から第V小葉まで,即ち虫部前葉は脊髄由来の体性感覚系の情報を強く受け,出力としてプルキンエ細胞の軸索は室頂核,外側前庭神経核,脳幹網様体を介して脊髄に連絡している。この小脳虫部前葉の傷害は,抗重力筋の活動に影響を及ぼし,立位姿勢や歩行の障害を生ずる。また,小脳外側半球部は頭頂連合野などから入力を受け,出力系としては1次運動野に連絡し,視覚的に認知した障害物を跨ぎ越したりする際の歩行調節に重要な役割を果たしている。本講演では,姿勢および歩行の適応制御における小脳の役割について最新の知見を紹介しながら概説する。

姿勢の適応制御と小脳
立位姿勢を維持している際の床反力などの解析から,小脳疾患患者においては立位姿勢が不安定化していることが古くから報告されている。立位姿勢時の足圧中心の変位に対する影響としては,小脳虫部前葉の萎縮を呈する患者では動揺の方向が比較的前後方向に限局されるのに対して,片葉など前庭小脳の傷害を有する患者においては,全方向的な動揺の増大が観察される。小脳疾患患者は,立位姿勢の制御においても,小脳機能障害の代表的所見の1つである測定過大(hypermetria)を呈することが報告されている。中枢神経系が関与する姿勢の制御としては,立位時の外乱に対する姿勢応答における外乱に伴う体性感覚あるいは前庭感覚などの感覚情報に基づくフィードバック制御機構のみならず,フィードフォワード制御機構の存在も示唆されている。例えば,ヒトが立位時にテーブルに置かれた物に手を伸ばして掴もうとする際,中枢神経系は手を伸ばす主動作によって引き起こされる内乱および重心動揺を事前に予測し,姿勢を安定化するメカニズム,すなわち,予測的姿勢調節(anticipatory postural adjustments:APA)が機能していると考えられ,フィードフォワードによる姿勢制御の1つと考えられている。姿勢制御における小脳機能の研究は,現在までそのほとんどがヒトにおける脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)あるいは小脳腫瘍などの小脳疾患の患者と健常者との比較によるもので,動物を用いてその機能を神経生理学的,運動学的に詳細に調べた研究は非常に少ない。脊髄小脳変性症は,小脳あるいはその線維連絡の変性・脱落により運動失調を来す疾患の総称であり,孤発性と遺伝性に大別されるが,優性遺伝性SCDとして,本邦ではMachdo-Joseph病としても称される脊髄小脳変性症3型(spinocerebellar ataxia type 3:SCA3)の頻度が高い。SCA3では常染色体優性Ataxin-3遺伝子の変異が認められ,小脳プルキンエ細胞の細胞死が生じる。我々は,随意運動に随伴した姿勢制御における小脳機能について調べるため,小脳皮質のプルキンエ細胞特異的にCAGリピート伸長を生じているSCA3遺伝子を発現させたSCA3Tgマウスを作製して,それらの姿勢課題時の運動学的解析および筋電図解析を行った。その結果から,SCA3Tgマウスは随意運動に随伴した姿勢制御に関わる筋活動を適切に発現することができないことが示唆された。本講演では,APAsが必要だと考えられる運動において,小脳は筋緊張を生成するタイミングをどのように適切に制御し,姿勢調節に寄与しているのかについて概説する。

歩行の適応制御と小脳
歩行において,1つの肢の運動はいくつかの関節を含む多関節運動であり,さらにその多関節運動は複数の肢で実行される。1つの関節の動きといえども,主働筋,協働筋,さらに拮抗筋の協調した活動(筋シナジー)によって実現されることを考慮すれば,多数の筋活動の時間・空間的パターンを同時並列的かつ協調的に制御してはじめて,円滑な歩行運動が遂行されるといえる。小脳は歩行時における筋緊張・筋シナジーの制御と肢運動の位相制御に関与し,それらを統合した結果の肢間協調(interlimb coordination)に中心的役割を果たしている。さらに特筆すべきは,小脳プルキンエ細胞におけるシナプス可塑性を利用して外乱や外部環境の変化に対する適応制御に重要な役割を果たしているという,歩行の神経生理学的研究の中では比較的新しくかつ重要な知見である。本講演では,小脳特異的変性マウスにおけるデータを起点として,ラットやマウスにおける歩行中の障害物回避動作における小脳機能,split-belt treadmillにおける歩行の適応制御に関わる小脳機能について概説する。