第49回日本理学療法学術大会

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専門領域研究部会 運動器理学療法 » スポーツ部門企画シンポジウム

スポーツ復帰に向けての客観的な理学療法評価

Sat. May 31, 2014 9:30 AM - 10:50 AM 第12会場 (5F 502)

司会:坂本雅昭(群馬大学大学院保健学研究科リハビリテーション学領域応用リハビリテーション学分野), 浦辺幸夫(広島大学大学院医歯薬保健学研究院総合健康科学部門保健学分野スポーツリハビリテーション学研究室)

専門領域 運動器

[2051] 疫学調査結果の活用

竹村雅裕, 大垣亮, 永井智, 芋生祥之, 古川拓生, 向井直樹, 宮川俊平

この約10年の間に,Sports Injury Surveillance(スポーツ外傷・障害の調査,以下SIS)が盛んに実施され,その成果をスポーツ医・科学の専門雑誌で頻繁に目にするようになった。多くの調査結果がスポーツ外傷・障害を予防するためのエビデンスとして利用されてきた,あるいはこれから利用されるだろう。しかしながら,スポーツ復帰の判断のために利用できるシステムを構築するためには,様々な問題をクリアしていく必要がある。
van Mechelen(1995)はスポーツ外傷・障害の予防を実践していく際に,4段階のステップ(Sequence of Injury Prevention)を踏むことやSISを実施する際の方法論について言及している。最近では,特定されたリスクファクターに介入を行い,その効果を評価して介入が十分な成果に到達したかどうかの判定をしたり,新たな介入方法を見つけだす試みをしている研究もある。数年先には,調査結果を元にしてスポーツ復帰の判断を可能にするシステムへと変化する可能性が生まれてくるかもしれない。
ここではスポーツ外傷・障害予防あるいは再発予防に向けて,SISの実施や分析をどのように行い,どのように利用しているかを提示する。またSISの方法の利点・欠点について触れ,スポーツ復帰の判断ができるようなシステムの構築へのヒントとしたい。
一般的に,スポーツ外傷・障害予防のために理学療法の世界では,筋・腱の柔軟性,筋力の発揮・筋出力などと動作を関連させて分析が行われてきた。しかしながら,ある内的因子に着目してその内的因子を適切な状態に改善しても,その状態=“スポーツ外傷・障害の予防ができた”というわけではない。こうした従来から行われてきたミクロな視点からのアプローチに関して,理学療法士の果たす役割は大きく欠かすことができない。一方で,予防を“目に見える化”するためにはマクロな視点が必要とされる。言い換えればミクロな視点からアプローチした際の効果判定に,客観的な値で示すことが可能なSISのアウトカム,つまりスポーツ外傷・障害の発生率などが減少したことを示すことが,唯一のエビデンスとなる。
海外のSISでは,このマクロな視点から理学療法士がかかわる機会も多い。van Mechelenが示した外傷・障害の予防の流れでも,SISの重要性が強調されている。この流れの中でどのフェイズにおいても,疫学手法や収集されたデータの分析方法などの理解が求められる。データがどのように集められ,理学療法というよりはスポーツ医・科学の中でどのように各フェイズで活用されるのか,実際の研究成果を元に紹介したい。
スポーツ外傷・障害予防の成否の判断材料として,唯一のエビデンスである疫学手法を用いた研究あるいはそれによって導き出された結論といえども,その方法や結果の分析・解釈に利点や欠点がある。手順のファーストステップはスポーツ外傷・障害の発生数や発生率を把握することである。厚生労働省は厚生統計の中で死亡率,死亡原因,国内の罹患率などを公表している。国民皆保険制度の中では,こうしたデータを収集することは容易であろう。一方でスポーツ外傷・障害は,スポーツを原因とするものであるので,スポーツを実施しなければ発生数は0である。そのようなバイアスを取り除くために,選手がそのスポーツに費やした時間や回数(exposure)を記録することは調査の上では欠かせない。また,スポーツ外傷・障害の定義がSISごとに異なると外傷・障害としてカウントする発生数にバイアスが入る。Time-loss injuryやmedical attentionといった定義を用いたデータ収集が統一して用いられる傾向にある。
重症度は,従来の外傷・障害の損傷程度に応じた分類ではなく,外傷・障害発生日から完全にスポーツへ復帰する日までの日数で分類される。復帰日数が短いほど軽度,長いほど重度としてとらえることができる。この分類法にはリハビリテーションなどの期間も含まれる。したがって,復帰までの期間が重要視されるスポーツ現場向きと感じる方もいれば,我々の努力の成果が目に見える形となると不安に感じる方もいるかもしれない。いずれにしても,外傷・障害が発生した時点で重症度が分からないという点,損傷程度と重症度の関連性について幅広い意見がある点を考え合わせると,スポーツ外傷・障害そのものの重症度を用いることが適切かという問題はまだ議論の域を出ない。
このように調査方法の1つ1つをとってみても,バイアスが少なく比較が可能なデータを収集するとなると,様々なことに注意を払う必要のあることが分かる。ここまで述べたSISの特徴をまとめると以下のようになる。
利点 ・スポーツ外傷・障害の予防の成否を“目に見える化”できる
・リスクの大きさを示すことができる
・原因を明確にするために,可能性を持つファクターを特定できる
・具体的な予防手段を提示することに結びつく
・単一チームや単一競技種目で実施する際には利用しやすい
欠点 ・バイアスを最小限にするために手間暇を要する
・結果を得るのに時間がかかる
・異なる方法で収集されたデータを単純に比較することができない
・介入の際にエビデンスが高いとされるRCTが組み込みにくい
・同じバックグラウンドを持つ対象者の大規模なリクルートが難しい
スポーツ外傷・障害の発生原因や関連因子を特定し,介入手段のエビデンスを構築し,実際に実行する流れに入る前に,アウトカムとして使用する疫学データを蓄積するだけでも大きな労力を必要とする。こうしたデータベースの蓄積が将来,スポーツ外傷・障害から復帰をする際の判断材料となるように,いわゆる“スポーツ現場における臨床研究”の発展を期待したい。