第49回日本理学療法学術大会

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特別講演Ⅱ

2014年6月1日(日) 10:35 〜 11:35 第5会場 (3F 303)

司会:神津玲(長崎大学病院リハビリテーション部)

専門領域 内部障害

[2057] 国民の呼吸器の健康に対する理学療法士の役割呼吸理学療法の歴史を踏まえて

千住秀明 (長崎大学大学院医歯薬学総合研究科医療科学専攻リハビリテーション科学講座内部障害系リハビリテーション学分野)

呼吸理学療法の歴史
わが国の理学療法士の養成は,1963年の国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院の設立から始まった。1963年6月29日には理学療法士および作業療法士法(法律137号第2条)が制定,布告され,1966年には180名の理学療法士が誕生した。
呼吸理学療法の歴史は,1955年代から九州労災病院や全国の国立療養所などで結核後遺症,じん肺,慢性肺気腫などを対象に行われていた。当時は,理学療法士の国家資格がなく,医療機関では,理学療法士を理療師,作業療法士を職能師が使用されていた。1962年には,長沢ら1)が「肺機能療法:Lung Physiotherapyの理論と実際」が出版していた。当時,わが国に理学療法士の国家資格がないため,Lung Physiotherapyが肺機能療法と訳されていた。リハビリテーション料が認められるまでの長い間,「肺機能療法」が使用されてきたが,この著書名が強く影響を与えたのは言うまでもない。
呼吸分野ではじめてリハビリテーションの論文が掲載されたのは,1965年,津田らの「慢性肺気腫のリハビリテーションの実際」である。この論文には,下畑RPT,米倉OTRが共同研究者に加わっている。論文によると呼吸リハビリテーションの実際には,呼吸訓練,排痰法,運動療法および作業療法が実施され,現在の呼吸リハビリテーション(以下呼吸リハ)の原型が確立されており,その効果も検証されていた。驚くことに運動療法には,歩行訓練が行われ,坂道での運動負荷や動作と呼吸法の協調の重要性が示されていた。
1960年代から米国と英国を中心に在宅酸素療法(HOT)が行われてきた。わが国でもHOTによる慢性呼吸不全患者の生命予後改善効果などが明らかになり,1985年に健康保険に適用された。それを契機に在宅酸素療法が急速に普及した。この在宅酸素療法を適応するに当たっては,呼吸リハを行うことが明記されていたが,多くの患者は呼吸リハを適応されることなく,自宅復帰した。呼吸理学療法の普及の貴重な好機を逃している。
理学療法の分野では,他の分野に先駆けて開始された呼吸理学療法が,長い間わが国の理学療法の分野で普及・発展しなかったのは何故か?それは,日本の死亡原因の第1位が結核から脳血管障害にダイナミックに移行した時代であったこと,呼吸理学療法の診療報酬が,長い間スウェーデン体操や肺機能療法,理学療法簡単に位置づけられ,呼吸理学療法を行えば行うほど病院経営を悪化させる診療体系にあったことに他ならない。

呼吸理学療法の夜明け
2000年以降呼吸器分野では,感染症による死亡者は減少し,肺がん,慢性閉塞性肺疾患(COPD),間質性肺疾患などの非感染症患者が増加してきた。中でもCOPDは,世界の死亡原因の第4位,近い将来には第3位になると推定され,世界の潜在患者は,40歳以上で約10%と推定されている。わが国においてもCOPDによる死亡原因は第9位となり,男性だけでみると7位と増加し,ここ10年で30%も増加している。
このCOPDに対してWHOが中心となって診断,管理,予防のグローバルストラテジーが報告され,その中で薬物療法と同様に呼吸リハの科学的根拠が次々と示されてきた。日本呼吸器学会もCOPDの診断と治療のガイドラインを提示し,呼吸リハを治療の第一選択と位置づけた。また,患者団体からも呼吸リハに対するニーズが高まった。本学会においても,日本呼吸ケア・リハビリテーション学会や日本呼吸器学会,日本リハビリテーション学会と共に,呼吸リハビリテーションマニュアル-運動療法,同-患者教育の考え方と実践などを出版した。このような取り組みにより,2006年の診療報酬改定時に「呼吸リハビリテーション料」が新設され,急速に呼吸リハへの関心が高まった。
Nishimuraら2)は呼吸困難と予後の関係から従来の1秒量より息切れの重症度が予後を規定している。また,Garcia-Aymerichらは身体活動を高活動と無活動では,5年生存率が20%,10年生存率が30%と異なる。そしてWaschkiら3)は,身体活動量がCOPD患者に対する死亡原因の最大の予測因子であるとそれぞれ報告している。このように2000年以降に呼吸リハがCOPDの重要な予後因子となる可能性を示した論文が次々と報告されている。
呼吸リハは,呼吸理学療法の運動療法が中核であり,その効果は,息切れを軽減,運動耐容能を改善など多くの科学的根拠を示している。
このようにわれわれ理学療法士は,COPD患者の機能を改善するだけでなく,予後にも関係する重要な役割を担っていることが示されるようになってきた。
われわれは,医師会,行政などと協力し,地域住民のCOPD検診を行い,早期発見・治療,地域での病診連携などの取り組みを行い,200名以上のCOPD患者を早期の段階で治療に結びつけてきた。早期発見したCOPD患者には地域リハビリテーションによる包括的なケアを行い,COPDの進行を予防する試みを行っている。呼吸理学療法は,予防医学,治療医学,リハビリテーション医学の分野まで,また小児から老人,内科から外科,ICUから在宅まで理学療法の活動の場は広がり,国民の理学療法士に対する期待は大きくなっている。
その期待にどのように応えるのか,それは一人一人のこれからの理学療法士の活動にかかっている。

参考文献
1)長沢誠司,古賀良平:肺機能療法:lung physicotherapyの理論と実際,克誠堂出版,東京,1962:
2)Nishimura K, Izumi T, Tsukino M, Oga T:Dyspnea is a better predictor of 5-year survival than airway obstruction in patients with copd. Chest, 121:1434-1440, 2002.
3)Waschki B, Kirsten A, Holz O, Muller KC, Meyer T, Watz H, Magnussen H:Physical activity is the strongest predictor of all-cause mortality in patients with copd:A prospective cohort study. Chest, 140:331-342, 2011.