第49回日本理学療法学術大会

講演情報

専門領域研究部会 生活環境支援理学療法 » 生活環境支援理学療法 特別講演

特別講演

2014年6月1日(日) 09:30 〜 10:30 第6会場 (3F 304)

司会:鈴木英樹(北海道医療大学リハビリテーション科学部理学療法学科)

専門領域 生活環境支援

[2061] 生活環境支援のための着眼点を教育する~これまでの教育実践から

對馬均 (弘前大学大学院保健学研究科健康支援科学領域)

1996年,日本理学療法士協会での専門部会制が開始され,7つの専門部会の内の一つとして生活環境支援理学療法部会がスタートしました。以来18年間,領域の確立を目指して積極的な取り組みが行われてきました。今回の学会組織の分科学会化に当たっては,生活環境支援理学療法部会においても概念枠組みの見直しが行われ,新たなスタートが切られることとなりました。このような新しい組織体制の下で開催される学術大会の分科会特別講演において「これからの生活環境支援系理学療法領域の発展に不可欠な“教育”の方向性について,これまでの教育実践から再確認する」というコンセプトでお話しする機会を頂きました。そこで,このテーマに沿って筆者の理学療法教育との関わりを振り返り,わが国に理学療法が導入されてから半世紀近い時が流れ,理学療法士10万人の時代となった今だからこそ,ややもすると忘れがちな原理的事柄を見つめ直す機会にしたいと思います。
筆者の所属する弘前大学医学部保健学科理学療法学専攻では,前身である医療技術短期大学部(以下,医療短大)が開設された1980年以来,地域リハビリテーション活動(以下,地域活動)を正規のカリキュラムに取り入れ,積極的に取り組んできました。その目的は,学内の講義や実習だけでは得られない教育の場を地域に求め,障害を持っている人たちが医療施設から自宅退院後どのように暮らしているのか,また一緒に暮らす家族が抱えている問題や悩みはどのようなものなのか,あるいは障害を受容している人達とそうでない人達とはどのように違うものなのか,などについて考える機会とすることにありました。
医療短大開設時から35年間,カリキュラム改正や4年制医学部保健学科への移行による科目名や時間数の変更はありましたが,地域活動実習の内容は堅持されてきました。この実習のフィールドとなったのは,近隣自治体で在宅脳卒中後遺症者を対象に開催されていた老人保健法による機能訓練事業でした。3年制医療短大時代のカリキュラムでは,2年次後期の科目の一部と3年次後期の科目にそれぞれ設定され,2年次では機能訓練事業の1日体験実習が,3年次では地域理学療法の体系的講義・演習に加えて,機能訓練事業と訪問指導実習がそれぞれ1日ずつ組まれていました。2年次地域活動実習の目的は,地域で生活している脳卒中後遺症者の機能状態,障害観,障害との闘いの歴史に触れることで,学生の持つ障害観や患者観,理学療法観に揺さぶりをかけることに置かれました。そして,地域活動における保健師の役割や理学療法士の果たすべき役割を広い視点から考えさせることが実習目標とされていました。3年次の地域活動実習は長期の臨床実習終了後に実施され,在宅障害者とその家族に対して必要な指導を行うことができることと,地域リハビリテーションにおける保健担当者と理学療法士の役割についてより実践的に理解することに目標が置かれていました。2年次の実習との相違点は,機能訓練事業での活動に加えて,対象者の自宅への訪問活動を組み入れていることにありました。
地域活動実習の最大のねらいは単に地域活動のハウツーを学ばせるというのではなく,理学療法士の仕事が,知識や技術,“病院”という場だけでは計り知れない,ヒューマンな世界で行われているということに気付かせることにありました。その根底に流れているのは,常に対象者や家族の目線で障害を見つめ,知識のみにとらわれることなく対象者や家族から学ぶ姿勢を持ち,地域に戻った際の生活に目を向けた理学療法を展開していこうという「地域理学療法マインド」であります。こうした精神が卒業生に引き継がれ,卒業後も地域活動に抵抗なく取り組む原動力となっています。1998年に医療短大卒業生280人を対象として行なった,在学中の地域活動実習に対する評価アンケートからは,「変化する社会情勢の中,学校で学んだ知識だけでは追いつかなくなっていますが,地域活動実習を通して学んだ地域へ出ることの意味と大切さは,PTを続けていく限り忘れてはならないと思っています。」という卒業生の声に代表されるように,地域活動実習を通して体験した様々な事柄が,卒業後の業務全般に役立っていると感じている卒業生の多いことがうかがわれました。
こうした背景でスタートし,20年間継続されてきた医療短大での地域活動実習も,1999年の指定規則大綱化,2000年の介護保険制度の開始,2001年の医学部保健学科への移行を契機に,新たな局面を迎えました。それは改正された指定規則に「地域理学療法」が加わったことや4年制教育が開始されたこともさることながら,機能訓練事業の対象者であった在宅脳卒中後遺症者のほとんどが介護保険下の“ケアサービス”に吸収されたため,自治体での機能訓練事業が中止となり,地域活動実習のフィールドを確保できなくなったことが大きな要因でした。現在,実習の場をデイケアセンター等に切り替えて継続し,創成期に培われてきた地域理学療法マインドを継承する努力がはらわれています。
以上,生活環境支援のための着眼点の教育について,弘前大学での教育実践を通して述べてきました。時代の変化や医学・医療の進歩に伴い,教育すべき知識体系は膨らむ一方ですが,創成期の熱い取り組みは時の流れと共に忘れ去られがちです。温故知新,新しい課題を解決するためのカギはそれまで蓄積されてきた歴史の中にあります。そこで育まれて来た精神を,これからも教育を通して受け継いでいきたいものだと考えます。