第49回日本理学療法学術大会

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教育講演(疼痛管理)

2014年5月31日(土) 16:30 〜 17:30 第8会場 (4F 411+412)

司会:川村博文(甲南女子大学看護リハビリテーション学部理学療法学科)

専門領域 物理療法

[2070] 慢性疼痛の病態と最新の治療

柴田政彦 (大阪大学大学院医学系研究科疼痛医学寄附講座)

はじめに
腰痛を経験するかたは非常に多く,厚労省有訴率調査第1位の座は長い間定位置となっている。しかしながら,腰痛の約85%は非特異的腰痛とよばれ,その原因を特定することはできない。治療法は,手術,神経ブロック,薬物治療,運動療法,物理療法,装具,心理療法,補完代替医療等,非常に多岐にわたり,系統だった診療の実施は困難である。2012年日本整形外科学会と日本腰痛学会が腰痛診療ガイドラインを策定し,ようやく腰痛治療の標準化にむけて取り組みが始まっている。しかしながら,ガイドラインにおいて推奨度の高い運動療法や認知行動療法の普及は進んでおらず,今後,より強力な取り組みが必要である。腰痛を初めとする慢性疼痛は,有効な治療法が確立していない上に有効性が確かめられている治療法が普及していない。その病態も未解明な部分が多い。まさに「ないないずくし」である。一方,痛みによる社会的コストは膨大であり,慢性痛の治療や予防は社会にとって喫緊の課題である。

慢性疼痛のさまざまな病態
痛みにはさまざま分類がある。「急性痛と慢性痛」,「侵害受容性痛と非侵害受容性痛」,「体性痛と内臓痛」などである。分類すると初学者が学ぶ際に理解しやすいが,これは概念上の分類であって,実際の診療では分類することが困難な場合も多く,複数の因子を考慮に入れて治療法や対応法を検討する。痛みを対象とした医療は,その原因となる疾患よりもむしろ痛みの病態に応じた治療が重要である。特に理学療法士が個々の患者の診療にあたる際には,介入に応じた患者の反応を観察し,病態を再評価して治療計画を修正するという柔軟な対応も重要である。講演では,痛みの病態理解の基礎となる痛覚の伝達や修飾,炎症や神経損傷など病態生理学的な痛み,痛みと関連した情動系,報酬系を司る脳機能について解説し,実臨床における具体例を示して解説する。

病態に応じた治療戦略
すべての痛みに有効な治療は存在しない。もっとも強力な鎮痛薬とされるモルヒネにも長期使用による痛覚過敏という副作用がある。理学療法においては,外傷後急性期に必要な安静は,痛みの遷延化に寄与することを銘記しておかなければならない。鎮痛薬として代表的な非ステロイド性消炎鎮痛薬は,炎症が関与した痛みには有効であるが,神経障害性痛や回避学習によって形成された慢性痛に対してはあまり効果が期待できない。神経障害性痛の場合はプレガバリンなどの作用機序の異なる薬剤が効果的である。薬,注射,物理療法などの「施す医療」は,痛みを緩和し生活の質を改善することが多い一方で,不適切に施行すると痛み行動を強化し生活の質の低下につながり,ひいては社会的コストの増大につながることも懸念される。非特異的腰痛に運動療法や認知行動療法が推奨されている所以である。

当院での取り組み(図)
当院ではH25年6月より理学療法士と共同で,慢性痛患者を対象とした特殊診療を開始した。医師による詳細な問診の後,理学療法士は,身体機能と日常の活動度を評価する役割を担う。現在までに62症例を診療し,うち運動療法を施行した症例は23例であった。うち16例は治療3か月後の評価を行い,うち13例において疼痛関連行動の改善が見られた。この診療の内容を紹介し治療成績を示す。

慢性痛治療における理学療法の役割
上記の診療の運動療法適応として,①可動域制限や筋力低下の改善によって日常生活動作の改善が期待できること ②全身運動による自己効力感の増進,疼痛抑制効果が期待できること ③環境を変え生活のリズムを修正すること などが挙げられる。

痛み治療における物理療法の功罪
慢性痛に広く行われている物理療法に関して有効性を示すエビデンスは少ない一方,諸外国の研究で有効性が確認されている運動療法や認知行動療法はほとんど普及していない。社会の慣習,一般市民の常識,経済原理,政策,研究面での遅れ等その原因は多岐にわたるのであろう。エビデンスは少ないものの実際のところ物理療法は広く行われている。理由として,患者の希望,運動療法の導入を円滑にする効果があると考えられているからであろう。物理療法は将来においてもリハビリテーションにおいて重要であることには変わりはない。ただ,今後その位置づけを再検討する必要性がある。