[O-0058] Wallenberg症候群後の側方方向の姿勢制御障害に対する運動療法とGalvanic Vestibular Stimulationの併用治療の効果
―シングルケースデザインによる検討―
Keywords:Wallenberg症候群, 姿勢制御障害, 直流前庭電気刺激
【はじめに,目的】
Wallenberg症候群後には眼振や温痛覚障害の他に姿勢制御障害が出現し,特にLateropulsionなど片側へ倒れるような側方方向の姿勢制御障害がよく表れる。Lateropulsionの責任病巣としては前庭脊髄路(阿部,2011)や前庭神経下核(Eggers, 2009)が報告されていることから,この側方方向の姿勢制御障害にも前庭機能障害が関与していると考えられる。直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation:GVS)の両耳両極法は陰極側の前庭脊髄路を刺激する方法であり,側方への姿勢偏移をもたらすとされている(Kennedy, 2004)。これらのことから,患者が倒れる方向と拮抗する方向にGVSを加えることで側方方向の姿勢制御障害の改善が見込めるのではないかと考えた。今回,延髄外側部の脳梗塞後,閉脚立位で閉眼すると右側方へ転倒する症例を担当した。この症例に対し運動療法にGVSを併用した場合の治療効果をABAデザインを用いて検討した。
【方法】
症例は右延髄外側部梗塞発症後,Wallenberg症候群を呈し70日が経過した40歳代男性である。介入初期の理学療法所見は,下肢のMMTは左右ともに4-5,SIASの運動scoreは上下肢ともに5,運動覚・位置覚は5/5,触覚は反対側と比較して左上下肢で9/10点,温痛覚障害は右顔面と左上下肢で認めた。眼振は右へ眼球を向けた際に認めた。運動失調の評価はSARAを用い4/36点(歩行2,立位2点)であった。また症例は開眼閉脚立位や独歩は可能であったが,閉眼閉脚立位では右へ倒れ立位保持が困難であった。運動麻痺,体性感覚障害がほぼなく,眼球運動障害があり,開眼立位や独歩は可能にも関わらず閉眼すると障害側へ倒れることから,本症例の姿勢制御障害の原因を前庭機能障害と推察し,陰極を右乳様突起とし,1.2mAでGVSを実施し続けながら閉眼閉脚立位をとらせたところ,右への傾きは改善され,2分間の立位保持が可能となった。このことから症例への介入として,運動療法だけでなく,GVSの併用がバランス能力の改善に寄与すると考え,その効果をシングルケースデザインのABAデザインを用いて調べた。A1期,A2期はGVSと運動療法を併用し,B期は運動療法のみを実施した。運動療法は閉眼立位,バランスクッション上立位保持の練習などを実施した。GVSにはIntelect Advenced Combo(chattanooga社製)を用い,陰極を右乳様突起として,運動療法実施の前に閉眼閉脚立位で1.2-1.5mAの強度で3分間実施した。A1期,B期,A2期は各1週の計3週間とし,平日の5日間のみ介入を実施した。姿勢制御の評価は,閉脚立位でthe modified clinical test of sensory integration for balanceの4条件,30秒間を2回ずつ実施し,その際の矩形面積(cm2),X方向動揺平均中心変位(cm)を重心動揺計(ANIMA社製キネトグラビコーダG7100)で測定した。
【結果】
SARAは初期からA1期で歩行と立位の項目で各1点ずつ改善を認めたが,MMT,感覚検査に3週間での変化はなかった。
矩形面積とX方向動揺平均中心変位を,初期評価→A1期→B期→A2期の順で記載し,転倒した場合は,転倒した回数/実施した回数Fallで表記した。固い床面と開眼の条件で9.8→8.9→10.3→8.2,1.0→0.6→0.36→0.40,固い床面と閉眼の条件で79.1→27.2→25.3→12.6,4.0→1.0→0.42→0.36,フォームと開眼の条件で28.1→28.8→20.8→14.6,3.9→1.3→0.7→-0.6,フォームと閉眼の条件で2/2Fall→143.1→68.2→51.4,2/2Fall→1.4→2.3→0.03となった。Fallは右側へ20秒程度で転倒した。
【考察】
初期評価からA2期の間で見ると,矩形面積とX方向動揺平均中心変位の値は減少している。矩形面積の減少はCOP動揺の動揺範囲の減少を示しており,姿勢制御が改善したことを示している。また左右方向の動揺の平均的な中心点を表すX方向動揺平均中心変位は0に近づいている。この結果は右側重心での立位保持からより中心での立位保持が可能になったことを示しており,当初の側方方向の姿勢制御障害が改善されていることを示している。
今回,フォームと閉眼の条件のX方向動揺平均中心変位でB期と比較してA1,A2期でより大きな改善が見られている。フォームと閉眼の条件は前庭入力が唯一正確な入力となる(Peterka, 1990)ため,この条件での改善は運動療法にGVSを併用することが前庭機能障害による側方方向の姿勢制御障害を改善させる可能性を示唆している。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,Wallenberg症候群発症後,姿勢制御障害を呈した患者に対する運動療法とGVSの併用が立位バランス能力の改善に有効であることを示した初の報告であり,類似した症例に対する介入の一助になると考えられる。
Wallenberg症候群後には眼振や温痛覚障害の他に姿勢制御障害が出現し,特にLateropulsionなど片側へ倒れるような側方方向の姿勢制御障害がよく表れる。Lateropulsionの責任病巣としては前庭脊髄路(阿部,2011)や前庭神経下核(Eggers, 2009)が報告されていることから,この側方方向の姿勢制御障害にも前庭機能障害が関与していると考えられる。直流前庭電気刺激(Galvanic Vestibular Stimulation:GVS)の両耳両極法は陰極側の前庭脊髄路を刺激する方法であり,側方への姿勢偏移をもたらすとされている(Kennedy, 2004)。これらのことから,患者が倒れる方向と拮抗する方向にGVSを加えることで側方方向の姿勢制御障害の改善が見込めるのではないかと考えた。今回,延髄外側部の脳梗塞後,閉脚立位で閉眼すると右側方へ転倒する症例を担当した。この症例に対し運動療法にGVSを併用した場合の治療効果をABAデザインを用いて検討した。
【方法】
症例は右延髄外側部梗塞発症後,Wallenberg症候群を呈し70日が経過した40歳代男性である。介入初期の理学療法所見は,下肢のMMTは左右ともに4-5,SIASの運動scoreは上下肢ともに5,運動覚・位置覚は5/5,触覚は反対側と比較して左上下肢で9/10点,温痛覚障害は右顔面と左上下肢で認めた。眼振は右へ眼球を向けた際に認めた。運動失調の評価はSARAを用い4/36点(歩行2,立位2点)であった。また症例は開眼閉脚立位や独歩は可能であったが,閉眼閉脚立位では右へ倒れ立位保持が困難であった。運動麻痺,体性感覚障害がほぼなく,眼球運動障害があり,開眼立位や独歩は可能にも関わらず閉眼すると障害側へ倒れることから,本症例の姿勢制御障害の原因を前庭機能障害と推察し,陰極を右乳様突起とし,1.2mAでGVSを実施し続けながら閉眼閉脚立位をとらせたところ,右への傾きは改善され,2分間の立位保持が可能となった。このことから症例への介入として,運動療法だけでなく,GVSの併用がバランス能力の改善に寄与すると考え,その効果をシングルケースデザインのABAデザインを用いて調べた。A1期,A2期はGVSと運動療法を併用し,B期は運動療法のみを実施した。運動療法は閉眼立位,バランスクッション上立位保持の練習などを実施した。GVSにはIntelect Advenced Combo(chattanooga社製)を用い,陰極を右乳様突起として,運動療法実施の前に閉眼閉脚立位で1.2-1.5mAの強度で3分間実施した。A1期,B期,A2期は各1週の計3週間とし,平日の5日間のみ介入を実施した。姿勢制御の評価は,閉脚立位でthe modified clinical test of sensory integration for balanceの4条件,30秒間を2回ずつ実施し,その際の矩形面積(cm2),X方向動揺平均中心変位(cm)を重心動揺計(ANIMA社製キネトグラビコーダG7100)で測定した。
【結果】
SARAは初期からA1期で歩行と立位の項目で各1点ずつ改善を認めたが,MMT,感覚検査に3週間での変化はなかった。
矩形面積とX方向動揺平均中心変位を,初期評価→A1期→B期→A2期の順で記載し,転倒した場合は,転倒した回数/実施した回数Fallで表記した。固い床面と開眼の条件で9.8→8.9→10.3→8.2,1.0→0.6→0.36→0.40,固い床面と閉眼の条件で79.1→27.2→25.3→12.6,4.0→1.0→0.42→0.36,フォームと開眼の条件で28.1→28.8→20.8→14.6,3.9→1.3→0.7→-0.6,フォームと閉眼の条件で2/2Fall→143.1→68.2→51.4,2/2Fall→1.4→2.3→0.03となった。Fallは右側へ20秒程度で転倒した。
【考察】
初期評価からA2期の間で見ると,矩形面積とX方向動揺平均中心変位の値は減少している。矩形面積の減少はCOP動揺の動揺範囲の減少を示しており,姿勢制御が改善したことを示している。また左右方向の動揺の平均的な中心点を表すX方向動揺平均中心変位は0に近づいている。この結果は右側重心での立位保持からより中心での立位保持が可能になったことを示しており,当初の側方方向の姿勢制御障害が改善されていることを示している。
今回,フォームと閉眼の条件のX方向動揺平均中心変位でB期と比較してA1,A2期でより大きな改善が見られている。フォームと閉眼の条件は前庭入力が唯一正確な入力となる(Peterka, 1990)ため,この条件での改善は運動療法にGVSを併用することが前庭機能障害による側方方向の姿勢制御障害を改善させる可能性を示唆している。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は,Wallenberg症候群発症後,姿勢制御障害を呈した患者に対する運動療法とGVSの併用が立位バランス能力の改善に有効であることを示した初の報告であり,類似した症例に対する介入の一助になると考えられる。