第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述8

人工膝関節1

2015年6月5日(金) 11:20 〜 12:20 第8会場 (ガラス棟 G402)

座長:嶋田誠一郎(福井大学医学部附属病院 リハビリテーション部)

[O-0068] 人工膝関節全置換術後患者における階段昇降獲得に関連する術前因子の検討

―交絡因子を含めた多変量解析およびカットオフ値の検討―

山本遼1, 熊代功児1, 田中繁治2 (1.倉敷中央病院, 2.専門学校川崎リハビリテーション学院)

キーワード:人工膝関節全置換術, 階段昇降, 予測因子

【はじめに,目的】
変形性膝関節症(膝OA)は加齢に伴う膝関節の慢性変性疾患であり,有病者数は約2,000~2,500万人と推定され,さらに有症状者数は約600~800万人と推定されている。また,膝OAに対する手術は人工膝関節全置換術(TKA)や単顆人工膝関節置換術(UKA)が施行されており,年間7万件以上も実施されている。米国での需要は2030年までに673%増加するとされており,本邦においても今後さらに増加するとされている。経済協力開発機構(OECD)health date 2013によると,本邦の急性期医療平均在院日数は17.9日と報告されており,在院日数は年々短縮している。在院日数は医療費削減に関与しており,2004年からは診断群分類別包括評価(DPC)が導入され,より一層の在院日数の短縮および,医療の質の向上が求められている。このような社会的背景のなか,個々の機能回復を促進させ在院日数を短縮させるためには,術後経過だけでなく術前因子に着目した機能回復過程の予後予測が必要であると考える。
自宅退院においては病院内での環境とは異なり,段差昇降や階段昇降等の能力が必要とされることが多く,階段昇降能力と自宅退院とは密接な関係があるとする報告もみられる。しかし,先行研究ではTKA後の階段昇降能力に関連する因子の検討は散見されるが,予測因子のカットオフ値や交絡因子を含めて検討した報告はみられない。そこで本研究ではTKAを施行された患者を対象に,交絡因子を含めた上で術後の階段昇降獲得に影響する術前因子を明らかにし,予測因子のカットオフ値を算出し,検査特性を示すことを目的とする。
【方法】
対象は膝OAと診断されTKAが施行された者とした。従属変数として術後の階段昇降獲得日数,独立変数として術前の疼痛,両側の膝屈曲ROM,膝伸展ROM,膝屈曲筋力,膝伸展筋力,快適Timed Up and Go test(TUG),5m歩行速度を計測した。また,年齢,性別,BMI,障害側を交絡因子とした。統計学的解析は①階段昇降獲得日数と各独立変数との関連性についてPearsonの積率相関係数またはSpearmannの順位相関係数を用いて検討。②単相関係数を用いてp<0.25であった独立変数をステップワイズ法にて投入し,交絡因子を強制投入した上で階層的重回帰分析を実施。多重共線性の影響に対しては,相関係数行列表を作成し検討。③本邦の急性期医療平均在院日数である17.9日を参考として,階段昇降獲得日数が18日以下を早期群,19日以上を遅延群として2群に分け,receiver operating characteristic(ROC)曲線を用いて曲線下面積(AUC)およびカットオフ値を求め,各検査の感度・特異度・陽性尤度比(LR+)・陰性尤度比(LR-)を算出。④ベイズの定理および,Fagan nomogramを用いて事後確率を算出。これらすべての検定の有意水準は5%未満とした。
【結果】
対象者は154例(平均年齢75.9±7.1歳)である。階層的重回帰分析の結果,術後の階段昇降獲得日数を決定する独立変数として,非術側膝伸展筋力(β=-0.313,p=0.002)および快適TUG(β=0.247,p=0.008)が選択された。さらにROC分析の結果,術後18日での階段昇降獲得の可否におけるカットオフ値は非術側膝伸展筋力1.02Nm/kg(AUC71.7%,感度53.4%,特異度81.8%,LR+2.94,LR-0.57),快適TUG13.86秒(AUC75.3%,感度68.2%,特異度74.2%,LR+2.65,LR-0.43)であった。また事前確率57.1%とした場合,事後確率は非術側膝伸展筋力79.6%,快適TUG77.9%であった。
【考察】
術後の階段昇降獲得日数には,基本的属性や医学的属性とは独立して,術前の非術側膝伸展筋力と快適TUGが関係することが示唆された。事後確率を求めると,非術側膝伸展筋力検査では,術前の筋力値が1.02Nm/kg以上であれば術後18日目での階段昇降獲得が可能となる確率が79.6%となり,快適TUGでは13.86秒以下であれば77.9%となることが明らかとなった。また,2×2分割表を用いて両カットオフ値を満たした場合の事後確率を求めると89.2%となった。
術前より術後18日目での階段昇降獲得の可否を予測することにより,術前より術後の階段昇降獲得が遅延すると思われる症例に対しては早期より治療方針が考慮可能な利点や,階段昇降獲得が早期に達成可能と思われる症例に対しては更なる早期退院の検討が可能である利点が挙げられる。
【理学療法学研究としての意義】
現在の医療情勢を踏まえると理学療法士の立場としても在院日数短縮に貢献することは望まれることである。そのため術後早期の運動機能に寄与している術前因子を明確にすることは重要である。本研究結果は,術前より術後の階段昇降能力を予測する一根拠となり,EBPTの一助になると考える。