第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述9

スポーツ・野球・上肢

Fri. Jun 5, 2015 11:20 AM - 12:20 PM 第9会場 (ガラス棟 G409)

座長:青木啓成(相澤病院 スポーツ障害予防治療センター), 千葉慎一(昭和大学藤ヶ丘リハビリテーション病院 リハビリテーション部)

[O-0075] 高校野球における投球障害予防の取り組み

~発症予測を用いた障害予防~

岡田匡史1, 福岡進2, 亀山顕太郎1, 岩永竜也1, 石毛徳之3, 村田亮3, 石井壮郎3 (1.松戸整形外科病院リハビリテーションセンター, 2.せんだメディカルクリニック, 3.松戸整形外科病院MD)

Keywords:投球障害, 障害予防, 高校生

【はじめに,目的】
臨床において,投球障害が発生した選手に対して評価・治療を行うことは一般的であるが,最近は障害が発生する前に,フィジカルチェックを行って障害を予防していく取り組みが行われるようになってきた。しかし,フィジカルチェックを行うだけでは選手の予防意識を高めることは困難であり,有病率の低下につながらないことが多い。そこで,我々は選手の予防意識を高めるために,フィジカルチェックから近未来の投球障害の発症確率を予測するシステムを開発してきた。本研究の目的は,発症予測システムを導入した後に,選手の予防意識と有病率がどのように変容するかを調査することである。
【方法】
対象は県立高等学校の野球部とした。2012年8月に部員全員(部員30名)にフィジカルチェックを実施し,その後に投球障害肩・投球障害肘の発症調査を継続的に行った。
フィジカルチェックは問診と理学検査を行った。問診項目は,①ポジション②野球歴③障害の既往歴④障害予防に関するケアの実施状況⑤パフォーマンス向上に関するトレーニングの実施状況の5項目とした。理学検査項目は①指床間距離②骨盤前方移動距離③Knee to Wall Test④しゃがみ込みテスト⑤片脚スクワットテスト⑥2ステップテスト⑦ファンクショナルリーチテスト⑧挙上位外旋保持機能テスト⑨肩甲帯内転テスト⑩回内外可動域⑪最大握力に対する345指での握力比⑫2nd外旋肢位再現性テスト⑬腋窩神経領域の感覚検査(冷覚)⑭肩甲上腕リズム⑮踵殿部距離⑯3rd肢位での内外旋筋力比(等尺性筋力)の16項目とした。
発症調査は,2012年8月のフィジカルチェック後から2年間,1週毎に定期的に行った。野球に起因する投球肩または投球肘の痛みが軽度でも生じた場合を投球障害の発症と定義した。
フィジカルチェックのデータとフィジカルチェック後から6ヶ月間の発症記録を用いて,ロジスティック回帰分析を行った。この分析によって算出された回帰式を利用することで,フィジカルチェックから近未来の投球障害の発症確率を予測するシステムを開発した。
2013年8月の新チームが発足した直後に,部員全員(部員40名)にフィジカルチェックを行い,開発したシステムを導入して,全員の投球障害の発症確率を予測し,その結果を選手に伝え,危険因子を除去するための施策を指導した。
システム導入直後にアンケートを実施し,障害予防の意識が高まったかどうかを調査した。システム導入前の2012年シーズン(2012年8月~2013年7月)と導入後の2013年シーズン(2013年8月~2014年7月)の投球障害の有病率を比較して,システムの効果を検証した。
なお,統計学的処理はSPSS 17.0 for windowsを使用した。
【結果】
投球障害の発症と有意に関連があった項目は挙上位外旋保持機能テスト(オッズ比:1.10),肩甲帯内転テスト(オッズ比:1.17),踵殿部距離(オッズ比:1.73)の3つであった。また,算出した回帰式の判別的中率は86.7%と高精度な予測が可能であった。システム導入直後の予防意識に関するアンケート調査では96%の選手の予防意識が向上し,79%の選手が弱点に対する自主トレを積極的に始めた。システム導入前と比べ導入後は,投球障害の平均有病率が減少した(相対リスク減少:RRR=21.6%)。中でも特に投球障害肩の発症率が減少した(相対リスク減少:RRR=20.6%)。
【考察】
我々は投球障害の予防における最大の問題点は選手の予防意識の低さにあると考えており,その意識を高めるために,近未来の投球障害の発症を予測するシステムを開発した。このシステムでは,統計学的に投球障害に関連した3つのフィジカルチェックのデータを入力することで,投球障害の発症する確率を瞬時に予測できる。システム導入後,予測結果をその場で選手に伝えることで,障害予防に対する意識は著明に向上し,その後の有病率が低下した。今回は短期成績であるが,今後もひきつづきシステムを導入しつづけることで長期的な効果を検証していきたい。
【理学療法学研究としての意義】
投球障害の発症予測システムを用いた障害予防策は,選手に障害予防に対する関心を高め,有病率を低下させる一手段として有用である。