第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述9

スポーツ・野球・上肢

Fri. Jun 5, 2015 11:20 AM - 12:20 PM 第9会場 (ガラス棟 G409)

座長:青木啓成(相澤病院 スポーツ障害予防治療センター), 千葉慎一(昭和大学藤ヶ丘リハビリテーション病院 リハビリテーション部)

[O-0079] 肩関節後方不安定症を有するアーチェリー選手の上肢挙上時の肩甲骨運動

篠原博1, 浦辺幸夫2 (1.サザンクリニック整形外科・内科, 2.広島大学大学院医歯薬保健学研究院)

Keywords:肩関節後方不安定症, 磁気センサー, 肩甲骨運動

【はじめに,目的】
肩関節後方不安定症(Shoulder posterior instability:SPI)は上腕骨頭が後方に脱臼するような感覚,疼痛などを主訴とし,日常生活動作に不安が生じる疾患である(水野,1994)。スポーツ場面では上肢を拳上する動作で不安感が生じ,肩関節周囲筋に力が入りにくくなるといわれている(Norwoodら,1984)。このSPIは前方不安定症に比べ発症はまれで,肩関節不安定症全体の5%に満たないといわれており(Rogerら,1993),SPIの治療にはさまざまな困難がある。アーチェリー選手にはSPIを有する選手が多いという報告がある(Fukudaら,1988)。原因としてアーチェリー競技は張力が強い弓を用いることがあげられる。男性アーチェリー選手は約40lb(約20kg)の張力が発生する弓を使用するため,上肢に相応の筋力が必要な競技である(Hennesyら,1994)。スポーツ選手に対するトレーナーサポートから上肢の筋力が弓の張力に比較し弱い選手は,弓を引く際に肩関節の後方へ伸張ストレスが加わり,このことが結果としてSPIを生じさせている可能性があると考えるが,いまだ予測の範囲内である。SPIは疾患として数は少ないが,アーチェリー選手では大きな問題となる。現在,SPIに関して,不安定性を生じさせる上肢挙上時の肩甲骨運動の動態は不明なまままである。本研究はSPIを伴うアーチェリー選手の上肢挙上時の肩甲骨の運動の特徴を捉えることを目的とした。
【方法】
20名の高校生アーチェリー選手を対象とした。男女の内訳は男性7名,女性13名であり,右側肩関節を対象とした。男性の平均年齡(±SD)は16.8±1.2歳,身長は165.1±4.2cm,体重は54.3±4.7kgであった。女性の平均年齡は16.5±1.0歳,身長は150.1±3.8cm,体重は44.6±4.5kgであった。対象者をSPI群,健常群に分類した。分類方法は3つの肩関節の後方へ伸張ストレスが生じる整形外科的テスト(Norwood stress test,Miniaci test,Jerk test)を用いて2つ以上陽性であった者をSPI群とした。SPI群7名(男性1名,女性6名),健常群13名(男性6名,女性7名)となった。測定課題は安静立位での肩関節屈曲自動運動とし,上腕骨を0°から90°屈曲位まで運動させ,0°に対する30°,60°,90°時の肩甲骨の角度,位置を計測した。測定には三軸磁気センサーを用いた(Polhemus FASTRAK)。センサーをC7,肩峰,上腕に貼付した。測定項目は肩甲骨挙上量(mm),肩甲骨上方回旋角度(°),前傾角度(°)とした。測定は1回の拳上を3秒間とし,2回実施し,平均値を分析した。統計学的分析は各角度での測定変数をSPI群と健常群で対応のないt検定で比較した。危険率5%未満を有意とした。
【結果】
上肢挙上30°の肩甲骨の拳上量はSPI群が健常群に対して有意に大きくなった(p<0.05)。しかし,上肢挙上60°,90°時では両群に有意な差を認めなかった。肩甲骨の上方回旋角度は,SPI群が健常群に対して上肢挙上30°で有意に小さくなった(p<0.05)。上肢挙上60°,90°時では両群に有意な差を認めなかった。肩甲骨の前傾角度はSPI群が健常群に対して上肢挙上30°で有意に小さくなった(p<0.05)。上肢挙上60°,90°時では両群に有意な差を認めなかった。上肢挙上30°までにSPIの肩甲骨の運動が健常者と異なっているという結果となった。
【考察】
本研究では肩関節の後方に対する不安定感を有する対象の肩関節屈曲時の肩甲骨を捉え,上肢挙上30°までにSPIの肩甲骨の運動が健常者と異なっていることが示唆された。肩関節を屈曲する際,上腕骨骨頭は肩甲上腕関節の後方関節包を後方へ押し出すようにストレスを与えるといわれている。当然SPIでは後方関節包を押し出す運動が大きくなるため,上腕骨が30°の位置で肩関節屈曲初期に肩甲骨を拳上させ,上方回旋角度を小さくすることで後方への不安定性を制御していると考えられる。この結果はSPIの特徴を表しているのではないか。SPIを有する者の運動療法は屈曲初期において肩甲骨の拳上量を低下させるような方法を考えていく必要がある。本研究の結果から特に上肢挙上30°付近における肩関節,肩甲骨の運動に関連する筋の活動を明らかにする必要があると考える。また,60°,90°の時点で健常者と同様の角度に戻っていることも興味深い。これらのことを詳細にすることでSPIの評価や治療の一助となることを願う。
【理学療法学研究としての意義】
肩甲骨の運動がSPI群と健常群の間で有意な差があり,上肢挙上30°付近においてSPIの治療を行うことに必要性が見出されたことに意義がある。