第50回日本理学療法学術大会

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口述

口述10

予防理学療法2

Fri. Jun 5, 2015 11:20 AM - 12:20 PM 第10会場 (ガラス棟 G602)

座長:小松泰喜(東京工科大学 医療保健学部)

[O-0083] 運動習慣を有する地域在住中高齢者における3年後の精神的健康の維持,向上には複数の運動実施が影響する

井上誠1, 植田拓也2,3, 前田悠紀人4, 畠山浩太郎5, 柴喜崇1,2 (1.北里大学医療衛生学部, 2.桜美林大学加齢・発達研究所, 3.医療法人社団涓泉会山王リハビリ・クリニック, 4.港北整形外科, 5.社会福祉法人農協共済中伊豆リハビリテーションセンター)

Keywords:精神的健康度, 地域在住高齢者, 運動習慣

【はじめに,目的】
高齢期には,身体機能の低下,職業からの引退などの社会的役割の変化,配偶者や友人の死別などが影響し,精神的健康低下が生じやすいとされている。精神的健康が低いことは,閉じこもりとの関連(椛,2011)や,将来に基本的および手段的日常生活活動能力障害の生じるリスクが高まること(Iwasa, 2009)が報告されており,精神的健康低下が健康寿命低下につながると考えられた。健康寿命延伸のためには,精神的健康低下を防ぐとともに,良好な精神的健康を維持するための予防策が必要となる。本邦では精神的健康が高いことに関連する因子として,健康度自己評価が良いこと(岩佐,2007)や,週2回以上の運動習慣を有すること(谷口,1993)が報告されている。しかし,これらの先行研究では対象が一般地域在住中高齢者であり,運動習慣のある地域在住中高齢者に着目した報告は少ない。そこで本研究では,運動習慣のある地域在住中高齢者における,3年後の精神的健康状態と,その変化に影響を与える因子の検討を目的とした。
【方法】
対象は,神奈川県内のラジオ体操会会員から募集し,ベースライン調査(2011年)とフォローアップ調査(2014年)に参加した地域在住中高齢者58名(男性31名,女性27名,ベースライン時平均年齢72.2±4.7歳)とした。対象者には体力測定および質問紙調査を実施した。調査項目は運動機能として握力,膝伸展筋力,開眼片脚立位時間,5m最大および通常歩行時間,円背指数,精神的健康の指標としてWHO-5精神的健康評価表(以下,WHO-5),転倒自己効力感の指標として国際版転倒関連自己効力感尺度,ラジオ体操以外の定期的な運動実施(以下,運動)の有無,身体における疼痛の有無を調査した。WHO-5は25点を満点とし,得点が高いほど精神的健康が良好であることを意味する尺度である。なお,分析にあたり,性別(男性:0,女性:1),運動・疼痛の有無(有:1,無:2)では,それぞれダミー変数を用いた。統計解析では,まず3年後のWHO-5得点増加・維持群,低下群の2群に分類し,両群のベースライン時WHO-5得点をStudentのt検定を用いて比較した。次にフォローアップ時からベースライン時のWHO-5得点を減じた変化量として⊿WHO-5得点を算出し,⊿WHO-5得点とベースライン時の各調査項目との相関をPearsonの積率相関係数を用いて分析した。⊿WHO-5得点を従属変数,⊿WHO-5得点と相関を示した上位3項目を独立変数とし,重回帰分析を行った。なお,有意水準は5%未満とした。
【結果】
3年後のWHO-5得点増加・維持群は35名(60.3%),低下群は23名(39.7%)であった。ベースライン時WHO-5得点は,増加・維持群で17.6±4.0点,低下群で19.3±3.2点であり,両群間に有意差はみられなかった。⊿WHO-5得点と相関を示した上位3項目は,運動の有無(r=-0.271,p<0.05),疼痛の有無(r=0.264,p<0.05),5m最大歩行時間(r=0.180,p=0.176)であった。
⊿WHO-5得点と相関を示した運動の有無,疼痛の有無,5m最大歩行時間を独立変数,ベースライン時の年齢,性別,WHO-5得点を調整変数,⊿WHO-5得点を従属変数とし,重回帰分析を行った結果,⊿WHO-5得点に寄与していたのは,運動の有無(標準化係数β=-0.319)であった(重決定係数R2=0.326)。
【考察】
本研究では対象者の6割において,3年後の精神的健康が維持,向上し,その要因としてラジオ体操以外の定期的な運動の実施が挙げられた。地域在住中高齢者において,3年後の精神的健康低下の防止には,ベースライン時の最大歩行速度が速いことが影響している(井出,2010)と報告されているが,本研究では歩行速度を含め,身体機能において⊿WHO-5得点に寄与する項目はなかった。高齢者におけるグループ活動への参加は,健康度自己評価が良いこと,信頼できる人間関係量が多いことと関連している(安田,2007)。今回ラジオ体操以外の運動実施がグループ活動であるかについては言及できないが,運動実施時に周囲の人との交流が生じ,健康度自己評価改善や,信頼できる人間関係量増加につながり,3年後の精神的健康に好影響を与えた可能性が考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
健康寿命延伸のためには,精神的健康低下の予防が重要である。本研究では運動習慣のある地域在住中高齢者における,3年後の精神的健康の変化に関連する因子を検討したことで,今後予防的介入を検討するための一助となると考えられ,理学療法学研究としての意義は高いと考えられた。