[O-0109] 高齢者における軽量物体の精密把握力調節
キーワード:高齢者, 軽量物体, 精密把握運動
【はじめに,目的】
加齢により指先の皮膚特性や感覚受容器の感受性が変化するため,高齢者では精密把握運動と称される母指と示指を用いた「摘まみ動作」での日常的な物体操作能力が低下していることが数多く報告されている(Diermayr et al., 2009)。一方,精密把握運動が日常的に多用される100g以下の軽量物体における精密把握力制御についての知見は,我々の健常者を対象とした報告に限られている(Hiramatsu et al., 2014)。本研究では,加齢変化が,軽量物体における精密把握運動時の力調節に与える影響を明らかにすることを目的とした。
【方法】
被験者は,15名の健康成人(22.6±5歳,男性8名,女性7名)および15名の高齢者(73.0±4歳,男性7名,女性8名)とした。計測装置には,健康成人を対象とした実験のために開発した力覚センサー内蔵型の超軽量把握装置(6g)を用いて,母指と示指による把握力,持ち上げ力を独立に計測した。実験課題として,前方のテーブルに置かれた計測装置を母指および示指での精密把握運動にて持ち上げ,空中で約10秒間保持した後に,ゆっくりと手指の力を緩めることにより計測装置を滑り落とさせた。条件設定として,計測装置の底部に追加重量を吊り下げることにより4段階(6,50,110,200g)に変化させた。また,把握面に滑りやすいレイヨンまたは滑りにくいサンドペーパ(No.320)を貼付することにより摩擦係数を変化させた。各重量において8試行,4段階の重量変化,2種類の把握面変化を条件として,各被験者で計64回の試行を実施した。計測装置より得られた力信号は,応力アンプにて増幅し,各チャンネル600Hzの取り込み周波数でコンピュータに記録した。
得られた力データからは,母指および示指の摘み力,把握器の持ち上げ力から,(1)把握開始から5秒後の7秒間における安定保持中の摘み力の平均値(安定把握力,N),(2)滑り発生直前の摘み力(最小把握力,N),(3)安定把握力と最小把握力の差分である余剰な摘み力(安全領域値,N),(4)安定把握力に対する安全領域値の割合(安全領域相対値,%),(5)安定把握力に対する持ち上げ力の比率(把握面の摩擦係数),(6)持ち上げ力に対する把握力の比率(把握力/持ち上げ力比)を評価指標として算出した。統計処理には3要因のANOVA,Tukey多重比較法を用いた。また,Semmes-Weinstein monofilamentsを用いて指腹部の感覚検査を実施した。
【結果】
各重量,把握面において高齢者は健康成人に比べて,大きな安定把握力,安全領域値を利用していた。特に,レイヨン素材での6g条件では,健康成人が0.17Nであるのに対して高齢者は0.37Nと2倍の安定把握力を発揮していた。実際,持ち上げ力に対する安定把握力の比率は,年齢,把握面,物体重量において主効果を認め(p<0.01),物体重量および年齢の交互作用を認めた(p<0.05)。
また,摩擦係数においては年齢,素材,物体重量において主効果を認め,健康成人に比べて高齢者は小さな値を示した。さらに,健康成人(母指=0.02g,示指=0.02g)に比べて,高齢者(母指=0.25g,示指=0.23g)では感覚閾値の上昇を認めた。
【考察】
高齢者では健康成人に比べて大きな安定把握力を利用していたものの,物体重量,把握面素材に応じた適切な力調節が行われていた。このような大きな安定把握力は,指腹部の滑りやすさの増大,指腹部からの感覚情報量の減少により生じることが報告されており(Kinoshita and Francis, 1996),本研究結果は同様の要因が関与したことを示唆していた。
一方で,持ち上げ力に対する安定把握力の比率において年齢と物体重量の交互作用を認めた理由は,50g以下の軽量物体における両年齢群の差が,重量物体での差に比べて大きいためであった。指腹部の有する粘弾特性により,重量物体と比べて軽量物体では,指腹部からの感覚情報量の減少を補償するめの把握力調節が要求される(Hiramatsu et al., 2014)。つまり,感覚感受性の低下した高齢者は,軽量物体において,より顕著に手指の物体操作運動障害が生じることを示していた。
【理学療法学研究としての意義】
高齢者について全く情報の存在しなかった軽量物体における精密把握力調節の方略についての基礎データを確立した。この情報は,加齢により障害された手指の物体操作能力の低下に対する理解を深め,治療介入のための背景知識,神経疾患を対象とした実験を進める上で有意義な情報となる。
加齢により指先の皮膚特性や感覚受容器の感受性が変化するため,高齢者では精密把握運動と称される母指と示指を用いた「摘まみ動作」での日常的な物体操作能力が低下していることが数多く報告されている(Diermayr et al., 2009)。一方,精密把握運動が日常的に多用される100g以下の軽量物体における精密把握力制御についての知見は,我々の健常者を対象とした報告に限られている(Hiramatsu et al., 2014)。本研究では,加齢変化が,軽量物体における精密把握運動時の力調節に与える影響を明らかにすることを目的とした。
【方法】
被験者は,15名の健康成人(22.6±5歳,男性8名,女性7名)および15名の高齢者(73.0±4歳,男性7名,女性8名)とした。計測装置には,健康成人を対象とした実験のために開発した力覚センサー内蔵型の超軽量把握装置(6g)を用いて,母指と示指による把握力,持ち上げ力を独立に計測した。実験課題として,前方のテーブルに置かれた計測装置を母指および示指での精密把握運動にて持ち上げ,空中で約10秒間保持した後に,ゆっくりと手指の力を緩めることにより計測装置を滑り落とさせた。条件設定として,計測装置の底部に追加重量を吊り下げることにより4段階(6,50,110,200g)に変化させた。また,把握面に滑りやすいレイヨンまたは滑りにくいサンドペーパ(No.320)を貼付することにより摩擦係数を変化させた。各重量において8試行,4段階の重量変化,2種類の把握面変化を条件として,各被験者で計64回の試行を実施した。計測装置より得られた力信号は,応力アンプにて増幅し,各チャンネル600Hzの取り込み周波数でコンピュータに記録した。
得られた力データからは,母指および示指の摘み力,把握器の持ち上げ力から,(1)把握開始から5秒後の7秒間における安定保持中の摘み力の平均値(安定把握力,N),(2)滑り発生直前の摘み力(最小把握力,N),(3)安定把握力と最小把握力の差分である余剰な摘み力(安全領域値,N),(4)安定把握力に対する安全領域値の割合(安全領域相対値,%),(5)安定把握力に対する持ち上げ力の比率(把握面の摩擦係数),(6)持ち上げ力に対する把握力の比率(把握力/持ち上げ力比)を評価指標として算出した。統計処理には3要因のANOVA,Tukey多重比較法を用いた。また,Semmes-Weinstein monofilamentsを用いて指腹部の感覚検査を実施した。
【結果】
各重量,把握面において高齢者は健康成人に比べて,大きな安定把握力,安全領域値を利用していた。特に,レイヨン素材での6g条件では,健康成人が0.17Nであるのに対して高齢者は0.37Nと2倍の安定把握力を発揮していた。実際,持ち上げ力に対する安定把握力の比率は,年齢,把握面,物体重量において主効果を認め(p<0.01),物体重量および年齢の交互作用を認めた(p<0.05)。
また,摩擦係数においては年齢,素材,物体重量において主効果を認め,健康成人に比べて高齢者は小さな値を示した。さらに,健康成人(母指=0.02g,示指=0.02g)に比べて,高齢者(母指=0.25g,示指=0.23g)では感覚閾値の上昇を認めた。
【考察】
高齢者では健康成人に比べて大きな安定把握力を利用していたものの,物体重量,把握面素材に応じた適切な力調節が行われていた。このような大きな安定把握力は,指腹部の滑りやすさの増大,指腹部からの感覚情報量の減少により生じることが報告されており(Kinoshita and Francis, 1996),本研究結果は同様の要因が関与したことを示唆していた。
一方で,持ち上げ力に対する安定把握力の比率において年齢と物体重量の交互作用を認めた理由は,50g以下の軽量物体における両年齢群の差が,重量物体での差に比べて大きいためであった。指腹部の有する粘弾特性により,重量物体と比べて軽量物体では,指腹部からの感覚情報量の減少を補償するめの把握力調節が要求される(Hiramatsu et al., 2014)。つまり,感覚感受性の低下した高齢者は,軽量物体において,より顕著に手指の物体操作運動障害が生じることを示していた。
【理学療法学研究としての意義】
高齢者について全く情報の存在しなかった軽量物体における精密把握力調節の方略についての基礎データを確立した。この情報は,加齢により障害された手指の物体操作能力の低下に対する理解を深め,治療介入のための背景知識,神経疾患を対象とした実験を進める上で有意義な情報となる。