[O-0112] ヘッドマウントディスプレイを用いた自己運動錯覚様視覚刺激の持続的付与が皮質脊髄路および一次運動野内の興奮性に及ぼす影響
―背景条件依存的な変化の差異と臨床応用への示唆―
キーワード:自己運動錯覚, 視覚刺激, 経頭蓋磁気刺激
【はじめに,目的】
本研究では,自己身体運動の動画による視覚刺激を付与することで安静状態にある被験者が,“四肢の運動実行を意図したように感じる”,“実行したいと感じる”,あるいは“実行したかのように感じる”心理的状況となることを,視覚誘導性自己運動錯覚(kinesthetic illusion induced by visual stimulation(KiNVIS))と呼ぶ。これまでに我々は,皮質脊髄路(CoST)興奮性が増大し,その状態が一定時間継続すること,そしてその際に賦活する脳神経回路網に関する研究結果を報告してきた。さらにこの方法を脳卒中片麻痺症例に適用すると,痙縮が即時的に低減し,運動機能が一時的に向上することを経験し,症例報告してきた。KiNVISは,動画に記録された身体が,現実の自己身体と空間的に一致して見えることで誘起される。他方,自己身体運動による動画で視覚刺激する方法として,ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いることができる。その場合,動画内の身体に対して自己身体所有感が誘起されるものの,運動錯覚感は弱く,KiNVISとは異なる心理状況となる。しかし,この方法で付与される視覚刺激は,被験者が無意識下で筋収縮を発現するほど運動出力系に強く影響するため,その生理学的影響を解明することは臨床的に意義深いものと考える。本研究では,自己身体運動からなる視覚刺激をHMDによって継続的に付与し,それにより生じるCoST興奮性状況および一次運動野皮質内抑制・促通の変化を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は健康な成人男女9名とした。視覚刺激には自身の右手関節掌背屈運動を撮影した動画を用い,HMDにて20分間観察させた(継続的視覚刺激)。実験条件は,手関節中間位の静止画を観察する静止画観察条件と掌背屈運動の動画を観察するKiNVIS様条件とし,継続的視覚刺激の前後にCoST興奮性および一次運動野皮質内抑制・促通を評価した。単発経頭蓋磁気刺激(TMS),二連発TMSにより右橈側手根伸筋から記録した運動誘発電位(MEP)振幅を指標とした。単発TMSの刺激強度は,安静時閾値の1.2倍とし,二連発TMSの刺激間時間間隔は2ms(皮質内抑制)と13ms(皮質内促通)を用いた。KiNVIS様条件における単発TMSのMEPは,静止画観察条件のMEP振幅値で基準化した。さらに二連発TMSのMEPから,各条件における単発TMSを基準とした振幅比を算出した。統計学的解析には継続的視覚刺激前後で対応のあるt検定を実施した(p<0.05)。さらに,自己身体所有感の有無と運動錯覚感(自身の本物の手が動いているように感じたか)を5段階リッカート尺度にて評価した。
【結果】
静止画観察条件では,単発TMS,二連発TMSともに継続的視覚刺激前後でMEP振幅が変化しなかった。KiNVIS様条件における単発TMSのMEP振幅,および皮質内抑制でのMEP振幅比は,継続的視覚刺激後に有意に増大した。動画内の身体に対して8名で自己身体所有感が生じたが,運動錯覚感は最終的に1.1±1.0(1:わずかに感じる)であった。
【考察】
HMDによるKiNVIS様刺激では,動画内の身体像に自己身体所有感は生じたものの,KiNVISは低いレベルであった。そのような内観を反映するかのように,静止画観察条件での単発TMSおよび二連発TMSによるMEP振幅は,視覚刺激を継続的に付与した後であっても明確には変化しなかった。KiNVIS様条件においては,前後で明らかに単発TMSによるMEP振幅が増大し,皮質内抑制が減弱した。これは,HMDを用いてKiNVIS様刺激を20分間付与することで,KiNVIS様条件において特有に皮質内抑制が低下し,CoST興奮性が高まることを示す。したがって,臨床的に脳卒中片麻痺症例の麻痺側を支配するCoST興奮性を増大させ,その増大を運動学習に役立てる効果を得るためには,まずKiNVIS様の刺激を一定時間(本研究からは20分間)継続する必要があり,かつ,KiNVIS様条件で動画を観察させながら運動の練習を行なうパラダイムが効果的であることを示唆する。ただし,これを経日的に継続した場合の結果は異なる可能性がある。
【理学療法学研究としての意義】
我々が提案する視覚刺激方法は,脳卒中症例に限らず広く臨床応用される可能性が潜在している。本実験は,臨床応用を想定した実験パラダイムとなっており,この治療手段を用いた生理学的影響を理解し,より効果的に使用するための知見を得た点で意義深い。
本研究では,自己身体運動の動画による視覚刺激を付与することで安静状態にある被験者が,“四肢の運動実行を意図したように感じる”,“実行したいと感じる”,あるいは“実行したかのように感じる”心理的状況となることを,視覚誘導性自己運動錯覚(kinesthetic illusion induced by visual stimulation(KiNVIS))と呼ぶ。これまでに我々は,皮質脊髄路(CoST)興奮性が増大し,その状態が一定時間継続すること,そしてその際に賦活する脳神経回路網に関する研究結果を報告してきた。さらにこの方法を脳卒中片麻痺症例に適用すると,痙縮が即時的に低減し,運動機能が一時的に向上することを経験し,症例報告してきた。KiNVISは,動画に記録された身体が,現実の自己身体と空間的に一致して見えることで誘起される。他方,自己身体運動による動画で視覚刺激する方法として,ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いることができる。その場合,動画内の身体に対して自己身体所有感が誘起されるものの,運動錯覚感は弱く,KiNVISとは異なる心理状況となる。しかし,この方法で付与される視覚刺激は,被験者が無意識下で筋収縮を発現するほど運動出力系に強く影響するため,その生理学的影響を解明することは臨床的に意義深いものと考える。本研究では,自己身体運動からなる視覚刺激をHMDによって継続的に付与し,それにより生じるCoST興奮性状況および一次運動野皮質内抑制・促通の変化を明らかにすることを目的とした。
【方法】
対象は健康な成人男女9名とした。視覚刺激には自身の右手関節掌背屈運動を撮影した動画を用い,HMDにて20分間観察させた(継続的視覚刺激)。実験条件は,手関節中間位の静止画を観察する静止画観察条件と掌背屈運動の動画を観察するKiNVIS様条件とし,継続的視覚刺激の前後にCoST興奮性および一次運動野皮質内抑制・促通を評価した。単発経頭蓋磁気刺激(TMS),二連発TMSにより右橈側手根伸筋から記録した運動誘発電位(MEP)振幅を指標とした。単発TMSの刺激強度は,安静時閾値の1.2倍とし,二連発TMSの刺激間時間間隔は2ms(皮質内抑制)と13ms(皮質内促通)を用いた。KiNVIS様条件における単発TMSのMEPは,静止画観察条件のMEP振幅値で基準化した。さらに二連発TMSのMEPから,各条件における単発TMSを基準とした振幅比を算出した。統計学的解析には継続的視覚刺激前後で対応のあるt検定を実施した(p<0.05)。さらに,自己身体所有感の有無と運動錯覚感(自身の本物の手が動いているように感じたか)を5段階リッカート尺度にて評価した。
【結果】
静止画観察条件では,単発TMS,二連発TMSともに継続的視覚刺激前後でMEP振幅が変化しなかった。KiNVIS様条件における単発TMSのMEP振幅,および皮質内抑制でのMEP振幅比は,継続的視覚刺激後に有意に増大した。動画内の身体に対して8名で自己身体所有感が生じたが,運動錯覚感は最終的に1.1±1.0(1:わずかに感じる)であった。
【考察】
HMDによるKiNVIS様刺激では,動画内の身体像に自己身体所有感は生じたものの,KiNVISは低いレベルであった。そのような内観を反映するかのように,静止画観察条件での単発TMSおよび二連発TMSによるMEP振幅は,視覚刺激を継続的に付与した後であっても明確には変化しなかった。KiNVIS様条件においては,前後で明らかに単発TMSによるMEP振幅が増大し,皮質内抑制が減弱した。これは,HMDを用いてKiNVIS様刺激を20分間付与することで,KiNVIS様条件において特有に皮質内抑制が低下し,CoST興奮性が高まることを示す。したがって,臨床的に脳卒中片麻痺症例の麻痺側を支配するCoST興奮性を増大させ,その増大を運動学習に役立てる効果を得るためには,まずKiNVIS様の刺激を一定時間(本研究からは20分間)継続する必要があり,かつ,KiNVIS様条件で動画を観察させながら運動の練習を行なうパラダイムが効果的であることを示唆する。ただし,これを経日的に継続した場合の結果は異なる可能性がある。
【理学療法学研究としての意義】
我々が提案する視覚刺激方法は,脳卒中症例に限らず広く臨床応用される可能性が潜在している。本実験は,臨床応用を想定した実験パラダイムとなっており,この治療手段を用いた生理学的影響を理解し,より効果的に使用するための知見を得た点で意義深い。