○野村卓生1, 浅田史成2, 高野賢一郎2, 川又華代3, 佐藤友則2, 坂本和志4, 廣滋恵一5, 明崎禎輝1, 松平浩3
(1.関西福祉科学大学, 2.治療就労両立支援センター, 3.東京大学, 4.労災病院, 5.九州栄養福祉大学)
キーワード:産業理学療法, 腰痛予防, 勤労者
【はじめに】日本における職場の業務上の疾病について,休業4日以上の疾病のうち腰痛が6割を占め,対策が強く望まれている勤労者の身体的問題の一つである。本研究では,まず,1)理学療法士(以下PT)による継続的な個別介入,指導状況の一括管理,データ収集および管理を実現できる産業理学療法指導システム「Consulting system for physical therapy in occupational health,以下Compo」の基盤開発を第一の目的とした。ついで,2)WebメールによるPTの腰痛予防への指導効果を検証することを第二の目的とした。
【方法】1)Compoの開発:日本理学療法士協会の研究助成を受け,教育機関向けICTの開発に長けた企業の協力を得て,Compoの開発を行った。2)Webメールによる指導効果の検証:経済産業省地域ヘルスケア構築推進事業の助成を受けて,新日鉄住金株式会社(千代田区),NTN株式会社(大阪市)の協力を得た。まず,2社の従業員計40名に対して,職域における腰痛の問題点およびPT介入による腰痛予防への期待を中心とした70分間の講習会を開催した。また,講習会においては,データを収集するという前提でWebメールを用いたPTによる無償での腰痛予防を主とした指導を説明した。講習会に参加した従業員40名中20名がPTの指導を希望し,それぞれの対象にPTが個別担当することとした(20名の従業員に対して計20名のPT)。20名中,現在特異的腰痛により通院中の2名を除き,非特異的腰痛を有する18名を研究対象として採用した。主要評価項目は,慢性腰痛に強く影響する恐怖回避思考(Fear-avoidance beliefs questionnaire,以下FABQ)とした。腰痛予防の指導方法は,「非特異的腰痛のニューコンセプトと職域での予防法(産業医学振興財団)」を参考とし,腰痛予防の指導に関して経験の深いPT2名が指導内容の統一化を図るようにした。介入プロトコールは,最初にPTから対象者へメールを送信し,返信(相談)内容に応じて指導を行うこととした。PTからのメール送信の頻度は,初回,2週間後,1ヶ月後,2ヶ月後,3ヶ月後,4ヶ月後,5ヶ月後,6ヶ月後(最終)の計8回を標準とした。
【結果】1)Compoの開発:システムの概要について,特定のURLを入力し,割り振られたIDとパスワードを入力することで,PTあるいは勤労者用の個人画面に進むことができる。個人画面まで進むことで,勤労者は担当のPTへテキストで相談を送ることができ,PTも同様にそれを確認し勤労者からの相談に対する指導(返信)を行うことができる。このやり取りには種々のファイルの添付が可能であり,アンケートなども多人数に対して一斉に実施可能である。2)Webメールによる指導効果の検証:対象者18名中,「現在,勤務中に腰痛を感じる」と回答したのは13名であった。対象者とのメールの送受信(PTからの指導→対象者からの相談→相談に対してのPTからの指導)が行われたのは18名中10名であった(全体の55%,その他はPTからのメールに対して,メール受信の確認を伝えるのみ等であった)。Webメールによる腰痛予防を目的とした介入後,FABQは17.3から13.8へと有意に改善し(p<0.05),6カ月間の介入期間中,勤務中に腰痛を感じる者の増加は認めなかった。
【考察】Compoについては,今後,より使用しやすいシステムとするには改良が必要なこと,システムの維持・管理には相応の費用が必要であり,システムの改良・維持・管理費用の捻出については大きな課題である。Webメールによる指導効果の検証については,FABQの有意な減少と共に,勤務中に腰痛を感じる者の増加は認めなかったことから,メールによるPTの指導効果があったと考えられた。しかしながら,本研究では対照群を設定できておらず,これは,結果を解釈する上での主要な限界点である。さらに,PT介入による費用対効果,生産性に与える効果の分析が必要不可欠であり,これらの結果をもって如何に雇用者・保険者にPT介入の有効性・必要性を理解・納得して頂き,実際のサービス導入(職域におけるPTの活用)に繋げていくかが一番の課題である。
【理学療法学研究としての意義】日本において,産業衛生領域へPTが介入していくには,法制度上の問題等をふまえて多くの課題がある。本研究成果は,日本が目指す社会システムの姿(三次予防から一次予防への大胆なシフト),日本が進める再興戦略(総務省:スマートプラチナ構築事業,経済産業省:国民の健康寿命の延伸(ヘルスケア関連市場の創造)等)を前提に,産業衛生領域における理学療法士の活用可能性に一定の示唆を与えるものである。