第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述16

予防理学療法3

2015年6月5日(金) 12:30 〜 13:30 第10会場 (ガラス棟 G602)

座長:高野賢一郎(関西労災病院 勤労者予防医療センター)

[O-0127] 妊娠関連腰部周囲痛を有する妊婦の運動恐怖感が産後1ヶ月の抑うつ傾向に与える影響

海老名葵1, 澤龍一2, 近藤有希1, 高田昌代3, 藤井ひろみ3, 奥山葉子3, 谷川裕子4, 総毛薫5, 田中幸代5, 白方路子5, 小野玲2 (1.神戸大学医学部保健学科, 2.神戸大学大学院保健学研究科地域保健学領域, 3.神戸市看護大学助産学専攻科, 4.関西国際大学保健医療学部, 5.なでしこレディースホスピタル)

キーワード:妊娠, 腰痛, 抑うつ

【はじめに,目的】
周産期の女性には短期間で非常に大きな身体的・社会心理的変化が生じる。その様々な変化に伴いストレス負荷が増大し,抑うつ傾向になることが報告されており,中でも産後の抑うつ傾向は母親の育児への不安の増大だけでなく,出生児の発達障害,夫の抑うつ傾向等,家族にまで影響を与えると問題視されている。産後の抑うつ傾向の関連因子として,睡眠障害,社会支援の不足,夫婦関係の不良,産前の抑うつ傾向等に加えて,近年,妊娠期の腰部周囲痛が報告されている。腰痛においては,fear-avoidance model(以下,FAM)の概念が確立されつつあり,痛みに対する不安と回避の悪循環の中で痛みが維持されてしまう。この悪循環を構成する一つに運動恐怖感があり,一般成人の腰痛患者においては運動恐怖感と抑うつ傾向の関連が報告されている。しかし,妊娠関連腰部周囲痛を有している妊婦の産後の抑うつ傾向に運動恐怖感が影響しているかどうかについては明らかではない。本研究の目的は,妊娠末期に妊娠関連腰部周囲痛を有している女性の運動恐怖感が産後1ヶ月の心理面に与える影響について縦断的に調査することである。

【方法】
対象者は,産婦人科クリニックにおいて,同意が得られた妊婦のうち,妊娠関連腰部周囲痛を有する妊娠43名で,妊娠末期および産後1ヶ月に自記式質問紙に回答してもらった。妊娠末期には一般情報に加え,腰部周囲痛の有無・強度,痛みの部位数,運動恐怖感,抑うつ傾向を聴取し,産後1ヶ月に再度抑うつ傾向を聴取した。痛みの強度はVisual Analog Scale(以下,VAS)を用いた。痛みの部位数は,痛みのある部位を腰部周囲の図に丸で記入してもらい,その数を集計した。運動恐怖感は日本語版Tampa Scale for Kinesiophobia(以下,TSK)を用いて評価した。TSKは痛みによる運動恐怖を評価する尺度で,合計得点は17-68点となり,得点が高いほど運動恐怖感が強いことを示している。抑うつ傾向は日本語版Self-rating Depression Scale(以下,SDS)を用いて評価した。SDSの合計点数から,本研究は40点以上の場合を抑うつ傾向有り,39点以下の場合を抑うつ傾向無しとした。統計解析は,産後1ヶ月での抑うつ傾向の有無と,妊娠末期の運動恐怖感との関連を検討するために対応のないt検定を用いた。他因子を考慮するために従属変数を産後1ヶ月の抑うつ傾向の有無,独立変数を妊娠末期のTSK合計得点,交絡変数を年齢,妊娠末期の質問紙回答時の妊娠週数,出産経験の有無,妊娠前BMI,妊娠末期のVAS・痛みの部位数,妊娠末期の抑うつ傾向の有無として,強制投入法による多重ロジスティック回帰分析を行った。統計学的有意水準は5%未満とした。

【結果】
妊娠末期のTSK合計得点は,産後1ヶ月の抑うつ傾向有り群(TSK平均得点36.85±1.24点)において,抑うつ傾向無し群(TSK平均得点33.57±0.82点)よりも高い値を示した(p=.03)。ロジスティック回帰分析において,妊娠末期のTSK合計得点が高いことは産後1ヶ月に抑うつ傾向があることと,他因子に独立して有意に関連していた(オッズ比=1.99,95%信頼区間1.22-4.81)。一方,VASや痛みの部位数は産後1ヶ月に抑うつ傾向と明らかな関係を認めなかった。

【考察】
本研究結果より,妊娠期に運動恐怖感の軽減にアプローチすることが,産後の抑うつ傾向のリスクの軽減に繋がる可能性が示唆された。頸部・腰背部痛を有する成人を対象とした先行研究では,痛みによって生じた不安が,痛みを生じる可能性のある行動の回避や,過剰な警戒を生み,抑うつ傾向になるという悪循環がFAMとして報告されている。TSKには痛みの悲観的な解釈も反映されるが,妊婦の場合は,妊娠経過に伴い痛みをより有害なものととらえるようになるために,先行研究と同様の結果が得られたと考えられる。本研究結果はFAMが妊娠女性にも適応できる可能性を示唆しており,先行研究結果を支持,拡大する内容であると考えられる。今後,運動恐怖感の増強に関連している因子の詳細を明らかにし,理学療法士として運動学的視点からアプローチしていくために更なる研究が行われるべきであると考える。
【理学療法学研究としての意義】
本研究結果は,産後の抑うつ傾向のリスク軽減に,腰部周囲痛および運動恐怖感への介入が有効である可能性を示唆した。将来的に,理学療法士が妊婦の腰部周囲痛に介入する際の一助となると考えられる。