第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述22

呼吸3

2015年6月5日(金) 13:50 〜 14:50 第12会場 (ガラス棟 G701)

座長:玉木彰(兵庫医療大学大学院医療科学研究科 リハビリテーション科学領域)

[O-0168] スプリンギング手技の換気力学的検討

山根緑1, 村上茂史1, 野添匡史2, 間瀬教史2, 眞渕敏3, 和田智弘1, 内山侑紀4, 福田能啓4, 道免和久5 (1.兵庫医科大学ささやま医療センターリハビリテーション室, 2.甲南女子大学看護リハビリテーション学部理学療法学科, 3.兵庫医科大学リハビリテーション部, 4.兵庫医科大学地域総合医療学, 5.兵庫医科大学リハビリテーション医学)

キーワード:スプリンギング, 呼吸介助手技, 胸腔内圧

【はじめに,目的】
呼吸理学療法手技の一つであるスプリンギング手技(スプリンギング)は,呼気時に徒手的に胸郭を圧迫した後に,吸気開始とともに一気に圧迫を解除し,胸郭の弾性を利用して吸気を促す手技と定義されているが,スプリンギングの換気力学的な変化については検証されていない。本研究の目的はスプリンギング中の換気力学的変化を観察し,その特徴について検討することである。
【方法】
被術者は健常成人男性8名(平均年齢31.7±7.0歳,身長173.8±8.0cm,体重65.8±6.2kg),術者を男性理学療法士1名(呼吸理学療法経験9年)とした。測定は術者を立位,被術者を背臥位とし,呼吸介助法(呼吸介助)と圧迫を一気に解除するスプリンギングを行った。両手技は上部及び下部胸郭に実施した。測定は十分な安静後にそれぞれの手技をランダムに施行した。測定項目は流量変化及び圧変化とした。流量変化は呼気ガス分析器(ミナト医科学社製AE300-s)を用いて,胸腔内圧(preural pressure:Ppl)は圧測定用のトランスデューサー(チェスト社製)を用いて食道バルーン法にてPplの指標とされる食道内圧を測定した。得られたデータはサンプリング周波数100HzでPCに取り込み,安静時と各手技時の安定した3~5呼吸を抽出し分析を行った。肺気量変化の分析は終末呼気肺気量位(end expiratory lung volume:EELV),終末吸気肺気量位(end inspiratory lung volume:EILV)を肺活量に対する比として求め,流量変化から最大吸気流量を求めた。圧変化の分析は,呼気時の最大のPpl(maxPpl),吸気時の最小のPpl(minPpl),吸気時にPplが陰圧方向に変化する間の平均勾配を求めた。また得られた肺気量変化とPplの波形から安静時,呼吸介助時,スプリンギング時のP-V loopを作成した。吸気時のP-V loopより虚脱した気道が開存する圧とされる点の指標としてminimum opening pressure(minPo)を求めた。minPoは吸気初期の低いコンプライアンスを示す区間が終了し,高いコンプライアンスを示す区間が始まる際のPplを視覚的に評価した。安静時,各手技時のパラメーターの変化を検討するために,反復測定による一元配置の分散分析を用い,多重比較としてTukey法を行った。有意水準は5%未満とした。
【結果】
EELVは安静時(26.8±8.8%)に比べ,呼吸介助時(上部14.1±7.3%,下部17.7±6.6%),スプリンギング時(上部15.2±6.3%,下部18.9±7.1%)で有意(p<0.01)に低下したが,両手技間,上部と下部間で有意な差はなかった。また,EILVは各群間に有意な差はなかった。最大吸気流量は安静時(0.57±0.16L/s),呼吸介助時(上部0.75±0.20L/s,下部0.69±0.14L/s)に比べ,スプリンギング時(上部1.13±0.40L/s,下部1.20±0.46L/s)で有意(p<0.05)に増加したが,上部と下部間で有意な差はなかった。吸気のPpl平均勾配は安静時(-2.70±0.96cm H2O/s),呼吸介助時(上部-3.36±1.08cm H2O/s,下部-3.44±1.42cm H2O/s)に比べ,スプリンギング時(上部-5.17±2.08cm H2O/s,下部-5.39±2.78cm H2O/s)で有意(p<0.05)に高くなったが,上部と下部間で有意な差はなかった。maxPpl,minPplでは各群間に有意な差はなかった。minPoは呼吸介助時(上部6.07±2.98cmH2O,下部4.61±3.59cmH2O)に比べ,上部スプリンギング時(4.23±3.22cmH2O)で有意(p<0.05)に低下したが,下部スプリンギング時(3.19±3.59cmH2O)では呼吸介助時と比較して有意な差はなかった。
【考察】
今回の結果よりスプリンギングは吸気時には呼吸介助時以上に急激な陰圧方向への圧変化が生じ,それにより最大の吸気流量は増加することが分かった。しかし,minPpl,EILVは安静時と変わらず,吸気終末における肺の拡張を増加させる変化は認めなかった。また,上部スプリンギング時にはminPoは増加していた。スプリンギングは特に吸気初期に急速なPpl変化が生じ,一時的に肺は急速な拡張を示すが,その際の換気は,時定数の低い肺胞に分配され,呼気終末時に拡張性の悪い時定数の低い肺胞には分配されにくい可能性を示していることが示唆された。下部のスプリンギングでは呼吸介助時と比較してminPoに有意な差がなかった。これは圧迫部位が横隔膜下となり,腹部から横隔膜を介してのPpl変化となるため,上部スプリンギングに比べ吸気Ppl変化が反映されにくい可能性が考えられた。
【理学療法学研究としての意義】
本研究のように呼吸理学療法手技を換気力学的に観察し,その特徴を検討することは,臨床において適切な手技を実施するための一助になると考えられる。