第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述23

身体運動学1

2015年6月5日(金) 15:00 〜 16:00 第7会場 (ホールD5)

座長:市橋則明(京都大学大学院 医学研究科 人間健康科学系専攻)

[O-0180] 荷物持ち上げ動作時の足幅の違いが下肢および体幹の筋骨格系に及ぼす影響

三谷保弘 (関西福祉科学大学保健医療学部リハビリテーション学科)

キーワード:関節モーメント, 関節角度, 筋活動

【はじめに,目的】
荷物の持ち上げ動作は,腰痛予防の観点から体幹を直立位に保持した状態で行うことが推奨されている。しかし,この方法では床に置いた荷物を把持する際に股関節と膝関節の大きな屈曲角度が必要となり,これら関節への負荷が増大すると考えられる。そこで,荷物を持ち上げる際に足幅を増大させることで腰部のみならず膝関節と股関節の負荷を軽減できるとの仮説を立案した。これは,足幅を増大させることにより身体重心を予め低くすることができ,荷物を持ち上げる際の膝関節と股関節の屈曲角度を減少させることができると考えたからである。そこで,本研究では異なる足幅が荷物の持ち上げ動作に及ぼす影響について運動学的,運動力学的,筋電図学的に検討し,体幹と下肢関節に加わる負荷について考察することを目的とした。
【方法】
対象は健常男性8名(全例21歳,平均身長171.5±10.0cm,平均体重60.8±5.5kg)とした。運動課題は,5kgの重りを入れたカゴを持ち上げることとした。このとき,体幹はできる限り直立位とし,足底全面を床に接地させた。また,70bpmに設定したメトロノームの音に合わせて前半の2拍で立位から床に置いた荷物を把持し(第1相),後半の2拍で把持した荷物を持ち上げて再び立位へ戻るように指示した(第2相)。足幅は標準(両肩峰間の距離)と拡大(標準から40%増大させた距離)とした。計測は4台のハイスピードデジタルカメラ(EXLIM-FX1,CASIO社製)と1台の床反力計(9286BA,Kistler社製),アンプ内蔵型表面筋電計(SX230-1000,DKH社製)にて行い,これらの計測開始時間を同期点として一致させた。サンプリング周波数は,それぞれ300Hz,1,000Hz,1,000Hzとした。計測データは動作解析ソフト(FrameDIASIV,DKH社製)と筋電図・床反力解析ソフト(TRIAS,DKH社製)にて処理をした。関節可動域は動作開始から終了までの足関節背屈角度,膝関節屈曲角度,股関節屈曲角度,体幹前傾角度の最大値,関節モーメントは第1相と第2相の足関節底屈モーメント,膝関節伸展モーメント,股関節伸展モーメントの最大値,筋活動は第1相と第2相の腰部傍脊柱筋,大殿筋,大腿直筋,内側広筋,外側広筋,大腿二頭筋,内側腓腹筋,外側腓腹筋の最大筋力発揮時の筋活動に対する割合(%MVC)を算出した。計測側は支持脚側(全例左側)とした。統計解析には,Wilcoxonの符号付き順位検定を行い,有意水準は0.05とした。
【結果】
関節可動域は足幅の違いによる有意差が認められなかった。第1相の大腿直筋の筋活動は標準が30.7±11.5%,拡大が20.5±9.4%,内側広筋の筋活動は標準が39.3±24.4%,拡大が34.2±20.7%であり,足幅の増大により有意な減少が認められた(p<0.05)。また,第2相の膝関節伸展モーメントは標準が0.694±0.414Nm/kg,拡大が0.617±0.383Nm/kg,大腿直筋の筋活動は標準が17.3±6.4%,拡大が14.0±5.4Nm/kgであり,足幅の増大により有意な減少が認められた(p<0.05)。その他の項目は足幅の違いによる有意差が認められなかった。
【考察】
関節可動域は足幅の違いによる有意差が認められなかった。これは,今回設定した足幅の違いでは関節可動域を変化させるに至らなかったと考えられる。ただし,第1相での大腿直筋と内側広筋の筋活動,第2相での膝関節伸展モーメントと大腿直筋の筋活動に減少が認められた。これは,足幅の増大により股関節外転角度が増大したことが要因であると考えられる。股関節外転角度が増大することにより膝関節屈曲の運動面が矢状面から前額面に近づく。これにより前後方向の床反力作用線と膝関節中心との距離が減少するため,膝関節伸展モーメントならびに大腿直筋と内側広筋の筋活動が減少したと考えられる。体幹前傾角と腰部傍脊柱筋の筋活動は足幅の違いによる有意差が認められなかったことから,足幅を増大させた荷物の持ち上げ方は,体幹の負荷を変化させずに膝関節周囲の負荷を軽減できることが示唆された。しかし,足幅を増大させることで股関節外転モーメントや股関節内転筋群の筋活動が増大することも考えられる。また,今回は2つの足幅のみでの検討であった。これらのことから,荷物の持ち上げ動作において腰部と下肢関節の負荷を同時に軽減できる最適な足幅についてさらに検討する必要がある。
【理学療法学研究としての意義】
腰部と下肢関節の負荷を同時に軽減できる荷物の持ち上げ動作を検討した本研究は,適切な動作指導を行うにあたり臨床的かつ学術的意義を有する。