第50回日本理学療法学術大会

講演情報

口述

口述28

呼吸4

2015年6月5日(金) 15:00 〜 16:00 第12会場 (ガラス棟 G701)

座長:山下康次(市立函館病院 中央医療技術部リハビリ技術科)

[O-0211] 胸・腹部手術前後の咳嗽力の変化について

高重治1,2, 永井智貴1, 正木信也1, 鈴木静香1, 蔦本由貴1, 田平一行2 (1.ベルランド総合病院理学療法室, 2.畿央大学大学院健康科学研究科)

キーワード:咳嗽力, 咳嗽時流量加速度, 胸・腹部手術

【はじめに,目的】
周術期の呼吸リハビリテーションの目的は,無気肺・肺炎などの術後合併症を予防することである。咳嗽は,気道クリアランスに重要な防御機構であり,咳嗽力低下により気道分泌物が貯留すると,肺合併症を引き起こす。咳嗽の評価には,咳嗽時最大呼気流量(Cough Peak Flow:CPF)と咳嗽時流量加速度(Cough Volume Acceleration:CVA)が提唱されており,CPFは流量のみ,CVAは流量に声帯機能を含んだ咳嗽力の指標と考えられている。最近では,CPFよりもCVAの方が喀痰能力を反映するという報告もあるが,胸・腹部手術後のCVAに関する報告はない。また術後は疼痛,肺活量の低下などにより咳嗽力が低下するとされているが,それらが術後どの程度低下し,咳嗽力低下に関与しているかは明らかにされていない。そこで本研究では,咳嗽力およびその関連因子の術後変化を調査し,手術がこれら咳嗽機能に与える影響について検討する事を目的とした。

【方法】
胸・腹部手術を待機的に施行され,術前呼吸リハビリテーションを実施した患者19例(年齢74.8±9.4歳)を対象とした。診断名は肺癌3例,胃癌6例,膵臓癌2例,肝臓癌1例,十二指腸癌1例,結腸癌3例,直腸癌3例であった。対象に,CVA,CPF,咳嗽時呼気上昇時間,努力肺活量(Forced Vital Capacity:FVC),安静時痛,咳嗽時痛を術前および術後7日目まで測定した。疼痛はvisual analog scale(0点:痛みなし~100点:これまでに経験した最も激しい痛み)を用いて,それ以外の項目はスパイロメーター(Pneumotrac Model 6800:Vitalograph)を用いて測定した。スパイロメーターでの測定はマウスピース,ノーズクリップを装着し,測定肢位は端座位とした。咳嗽力の測定は対象者に可能な限り深吸気をさせた後に強い咳嗽をするように指示をし,またFVCの測定は可能な限り深吸気をさせた後に最大呼気努力し最後まで呼出するように指示をして測定した。測定は3回行い,最高値を採用した。咳嗽時の流量波形よりCPF,CVA,咳嗽時呼気上昇時間を算出した。解析には,疼痛を除き全て変化率{(測定値―術前値)/術前値×100(%)}を使用した。経時的変化の比較は,一元配置分散分析反復測定法を行い,多重比較はtukey法を用いた。同一日におけるCVA・CPFの変化率の比較には,対応のあるt検定を用いた。CVA・CPFと各測定項目との関連は,Pearsonの相関分析を用い,いずれも有意水準は5%とした。解析ソフトはSPSS Version20を使用した。

【結果】
CVAは術後1日目に-76%まで低下し,7日目まで有意に低下(p<0.01)していた。CPFは術後1日目に-59%まで低下し,2日目まで有意に低下(p<0.05)していた。CVAはCPFより術後1~7日目で有意に低下(p<0.05)していた。術後1日目において,咳嗽時呼気上昇時間は109%増加,FVCは-46%低下し,疼痛は安静時44点,咳嗽時75点と増加していた。CVAは咳嗽時呼気上昇時間(r=-0.68,p<0.01),安静時痛(r=-0.62,p<0.01)・咳嗽時痛(r=-0.47,p<0.01)との間に有意な負の相関を認めた。また,CPFはFVC(r=0.55,p<0.01)との間に正の相関,安静時痛(r=-0.60,p<0.01)・咳嗽時痛(r=-0.64,p<0.01)との間に有意な負の相関を認めた。

【考察】
咳嗽の関連因子の術後変化は,変化率では咳嗽時呼気上昇時間,FVCの順で大きかった。また,疼痛では咳嗽時,安静時の順で大きかった。術後の咳嗽力低下は,咳嗽時呼気上昇時間と咳嗽時痛の影響が大きいと考えられた。CVAはCPFよりも有意に低下しており,CVAの方が手術の影響を強く受けていた。咳嗽時呼気上昇時間はCPFに達するまでの時間であり,声帯機能の指標である。相関分析の結果から,CVAは術後の声帯機能,CPFは肺活量の影響を受けやすく,両者とも咳嗽能力の指標であるが特徴が異なることが明らかになった。胸・腹部手術後は手術時の挿管による声門浮腫や声帯麻痺などが生じ,咳嗽時呼気上昇時間は延長するため,これらの要因を含んだCVAはCPFよりも優れた咳嗽力の指標である可能性が示唆された。

【理学療法学研究としての意義】
有効な咳嗽は肺炎などの術後肺合併症のリスクを軽減し,生命予後にも関与すると考えられ,客観的な喀痰能力評価は,術後肺合併症予防にとって重要と考えられる。CVAは声帯機能も含んだ咳嗽力の指標であり,術後変化も大きいことから,術後にCVAを評価することで術後肺合併症予防の一助となる可能性が考えられた。